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3.猫足の白いバスタブ

 アイはフミヒコ、アキラ、シンヤの三人を手にして飛んだ(・・・)

 どこか緑の香りを含む空気。やわらかな新緑がまぶしい山々に囲まれた未舗装の道に四人は立っていた。

 シンヤが空を照らす二つの太陽を眩しげに見ながらつぶやいた。

「なるほど。『地球じゃない星』に来たってわけか……」

「地球とすごく似てるけどな」

 山にぽつぽつ建っている家や人影を見つけてアキラ。アイは周囲を見まわすフミヒコにウィンクする。

「うふふ。ここってちょっと約束事にうるさい所なんだけど、フミヒコ向けなのよ~」

「え……?」

「ついてきて」

 不安そうなフミヒコをよそに、軽い足取りでアイは先頭に立って歩いていく。キャンプ場や別荘が見える手前に小さな受付があった。アイは慣れた様子で受付に話しかけている。早口な会話を聞き取れず、シンヤはアキラに聞いた。

「なんて言ってるんだ?」

「『夜まで借りたい。一泊しないから安くならないか』って」

「受付の人もすごいね。値切るアイに負けてないよ」

 シンヤにはさっぱり聞き取れないが、どうやらアキラとフミヒコには状況がわかるらしい。しばらく値段の交渉をしていたアイが振り返り、手のひらでバレーボールくらいの大きさを示しながら小声で言った。

「フミヒコ、このくらいちょうだい」

「あ……うん」

 フミヒコはズボンのポケットに手を突っ込んでテニスボールくらいのチョコレートを五つ取り出すとアイに渡した。それと交換にアイは鍵をもらう。

「ここの通貨は『甘い物』なのか?」

 目ざといシンヤにアイは笑う。

「そうなの。フミヒコがいるからバッチリだと思って。これなら贅沢し放題も夢じゃないわ~」

「フミヒコ~。気を付けないと『すねかじられる』ぞ!」

 アキラが背中を叩くと、フミヒコはせきと一緒に乾いた笑いをもらした。シンヤがやれやれとため息をつく。

「それを言うなら『骨の髄までしゃぶられる』だろ」

 四人は細い山道をのぼって、鍵の合う家に向かった。

 まるで山にはえているかのように建っている『貸別荘』は大きかった。まだ新しい白い壁は周りの緑に映えてとてもきれいで、貸し出し用だとは思えない。

「わ……」

「広い!」

 中に入った途端四人は目を丸くした。

しっかりとした玄関の向こうには、吹き抜けの階段が二股に別れている。

「すご~い」

 アイがさっそく入り口近くの部屋にチェックに入る。フミヒコもその後に続いた。

「二階が気になる!」

「勝手に行くなよ」

 子犬のように階段をのぼるアキラをシンヤが追いかける。

 部屋は一部屋ひとへやが大きく、一階はキッチン、ダイニング、リビングだけだった。

「アイ、フミヒコ、ちょっと来てくれ!」

 アキラの呼び声に二階の部屋に入った二人が見たのは、映画に出てくるような金の猫足の付いた白いバスタブだった。なぜか部屋の中央にぽつんとあるので変に目立つ。

「ここってお風呂場なの? それにしてはシャワーもないのね」

 部屋を見まわしながらアイ。

バスタブを押してみるフミヒコ。

「……重い。床にくっついているのかな? ぴくりともしない」

「俺この部屋気にいった! ここで昼飯食べようぜ!」

 まん中にバスタブがあるとはいえ部屋は充分広い。無邪気なアキラの言葉に反論する理由もなく、うなずくアイ。

「じゃあ私フミヒコと買い出しに行って来るわ」

 きょろきょろと部屋を見ながらフミヒコ。

「あれ……シンヤは?」

「シンヤなら隣の部屋。なんでもすごい機械があるんだって入ったっきり出てこないんだ。俺にはさっぱりわかんないんだけど」

 どっちが宇宙人だかわからないよと息をつくアキラに部屋の用意を頼むと、アイとフミヒコは買い出しに出かけた。

 店がある所までは山を降りて少し歩くので、フミヒコに『空間移動』してもらって早々と町に着く。店に入るとアイは手あたり次第品物を入れ、すぐに大きなカゴをいっぱいにした。

「ちょ、ちょっと、こんなにいらないんじゃ……」

 あわてるフミヒコにアイはにっこり笑う。

「男の子が3人もいるのよ? このくらい軽いでしょ?」

 つられて笑顔になりながらフミヒコ。

「なんだか高級そうなものばかりカゴにあるような気がするのは、僕の気のせいかな?」

「なんでわかったの?」

 結局、フミヒコはレジでバレーボール三つ分くらいのチョコレートを出すことになった。袋に品物をつめながらアイ。

「あんなに出しても体型に変化はないのね~」

「見た目は変わらないように気をつけているけど、服の中はすかすかだよ……って、まさかそれを確認するためだけにこんなに買ったってことはないよね?」

「もっちろんよ。値札を見ずに買ってみるってどんな気分か味わってみたかったの」

 笑顔満面のアイにフミヒコは苦笑するしかない。

 大きな荷物を抱えて戻ってくると、シンヤが部屋にイスを運んでいた。テーブルに用意されたお皿に食べ物を乗せながらアイが聞く。

「もう機械はいいの? シンヤ」

「うん。だいたいわかったから……」

 涼しげな答えにアキラが真顔で言う。

「フミヒコ。シンヤって実は宇宙人ってことないか?」

 困惑するフミヒコ。シンヤはアキラをにらむ。

「そんなわけあるか! まったくアキラは地球人をバカにしすぎなの!」

「まぁまぁ。ほら用意もできたことだし食べましょ?」

 みんなイスに座った。小さなテーブルの上には、味が想像できないほど複雑な色のこの星独特の料理が埋め尽くすように並んでいる。

 『いただきます』を合唱したものの誰もすぐには手を出さない。その様子に一人だけ手を出したアイが不思議そうな顔で聞く。

「あら? どうしたの? 食べていいのよ? 今回は特に奮発してきたんだから~」

 それでも互いに様子を見ながら、三人は自分の取り皿に少しだけよそった。そうしてほんの少し口に入れる……。

「おいし~!」

 笑顔でアキラ。

「……美味しい」

 複雑な顔でシンヤ。

「さすが高級品……」

 感心した風にフミヒコ。

「でしょでしょ?」

 アイが得意げに笑う。

 おいしいとわかるとめいめい手が伸びる。お腹がすいていたこともあり、しばらく会話をすることも忘れて味わっていると、料理はあっと言う間になくなった。

「あー、も~入らないや」

 満足そうなアキラを冷ややかに見つめながらシンヤがチクリとさす。

「最近食べ過ぎだよアキラ。太ったんじゃないか?」

「おいしいと、ついつい食べちゃうよね」

 フミヒコのフォローもむなしく、アキラがシンヤをとがめた。

「なんだよ、シンヤはさっきから怒ってばっかりだ。文句があるなら俺につきあわなくても良かったのに」

「なに言ってんの! オレはアサヒ兄さんからも君のこと頼まれてるんだよ! 目を離したら君が勝手にどっか行っちゃうんじゃないかって心配なんだ」

「心配してくれなんて頼んでない」

 迷惑そうなアキラの顔にカチンとくるシンヤ。

「ああ、オレは君の心配なんてしてない。その体の心配をしてるだけだ!」

「俺だって好きでこの身体にいるんじゃないぞ!」

「話が見えな~い!!」

 アイの大きな声に、にらみ合っていたアキラとシンヤが我に返る。

「アイも宇宙人なんだよね? ……今の自分は本当の自分?」

 シンヤの問いの意味がわからないアイはアキラを見た。仕方なくアキラが説明を始めた。

「……俺は本当の『アキラ』じゃないんだ。俺は『無形宇宙人』……なんにでも姿を変えられる気ままな存在。でも一年ほど前に『アキラ』に吸い込まれてしまって」

「その瞬間をアキラの兄貴、アサヒ兄が見ていたらしい。その時声をかけなかったら黙って逃げていただろうって……」

「当たり前だろ? 俺は『アキラ』じゃないんだから、あの場に留まる理由なんて無い」

 また言い合いになりそうな二人にアイが割ってはいる。

「『無形宇宙人』で『何にでも姿を変えられる』んでしょ? それでも『アキラ』の身体から出られないの?」

 アキラはやれやれと首をふる。

「できるんならとっくにそうしてるさ! 吸い込まれた時もそうだったけど、俺の意志は関係ないんだ。この身体と分離できないのは『アキラ』の意志なんだよ」

「どうだか」

 疑わしい目つきのシンヤに、アキラは再び声を荒げた。

「なにが腹立つって、シンヤの態度にはもうウンザリなんだよ! 学校では仲のいい友達のふりしてべったり側にいるけど、それは俺が逃げないように監視してるだけだ! 今日だって……」

「じゃアキラもチョコレート出せるの?」

「はぁ?」

 唐突なアイの問いに、アキラは思わず素っ頓狂な声を出した。

「フミヒコも『無形宇宙人』って聞いたから、同じように出せるのかなぁって思ったんだけど」

「フミヒコが『無形』?」

 アキラの視線にフミヒコはうなずく。

「チョコレート……もしかして」

 アキラの身体が急にゴム人形のように伸びた。かわいい顔がくずれる様子に思わず声をあげるシンヤ。

「アキラっ!?」

「そうだよ、なんで気づかなかったんだ? 分離できないなら俺が侵食すれば良かったんだ」

 伸びた身体は金色のメタリックな輝きをおび、徐々にアキラの形を失っていく。

「やめろ! やめてくれ!」

 シンヤの必死の叫びにも、アキラはどこ吹く風だ。

「嫌だね。ここで俺はしばらく眠るよ。百年も眠ればうるさいアサヒもシンヤもいなくなるだろ? それなら分離できなくても問題ない」

 すっかり金属の液体のようになったアキラがバスタブに流れ込む。

「あ、フミヒコ家賃頼んだぞ」

 一言残すと金色の輝きは消え始めた。目の前で液体が固体に変化していく。

「アキラ!?」

「……」

「おいアキラ! 答えろよ!」

「…………」

 呼んでも叫んでもアキラはもう答えなかった。残ったのはバスタブ半分を埋める暗褐色の塊だけだ。

「くそっ。こんなことって……アサヒ兄さんになんて言えばいいんだ!」

 バスタブをつかむシンヤの手は白くなるほどきつく力が入っている。

「これだからわけのわからないモノは嫌いなんだ! 理屈や常識が通じない……まさか、まさか本当に宇宙人だったなんて」

 大きく息をつくシンヤに、フミヒコが遠慮がちに声をかけた。

「あの……さ。お茶でも飲もうよ。一度地球に戻って……ね?」

 シンヤはこくりとうなずいた。


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