93話 汚れた魔力
「アルじぃ、お久しぶりですね」
私は今、砂漠のド真ん中に来ている。目の前には和装の老人。
「おお、お主、前と比べてヤバさが増したのぅ。キリエはどうした?」
ヤバさって何だ…。
「今回はちょっとワケありです」
私はアルじぃに今まであったことを話す。
「ふむ。奴隷化計画…のぅ…。物騒なもんじゃ…。で、お主の進むべき未来じゃったな…」
「ええ。詳しく言えば、皆と合流すべきか、このまま1人で行くか。モーガイを殺したのはすぐバレるだろうし、雫あたりは色々言っていたけど、やっぱり人殺しには抵抗あると思う。その辺も加味してお願いします」
「了解した。ならば、少しそこに突っ立っておれ」
アルじぃは私の前に立つと、目を閉じ、意識を集中し始めた。それと同時に、私もなんだか変な感じを覚える。
しばらくして、アルじぃが目を開ける。
「ううむ…数パターン見えたが…何というか…」
「何です?はっきりしませんね…ズバッと言って貰っていいですよ?」
少し考え込むアルじぃ。私の未来、何があるんだ…?逆に不安になってきた…
「うむ。ならば言うとしよう。お主の未来は…」
「未来は?」
「よう分らんかった」
……今何て?
「この先お主がどう進んでも、必ず一定の所で見えるビジョンが途切れてしまうのじゃ。合流しても、しなくても、それは同じ事。強いて言うなら合流しない方がキリエのためにはなるじゃろう。どうせすぐに合流するがな」
なに?私死ぬの?ちょー怖いんですけど…
「そうですか…なら合流しないことにします。ありがとうございました」
私は再び転移石でモーラウッドへ帰る。このまま向かうのは宗教国家ラネシエルだ。インビジブルがあれば、潜入もそこまで難しくは無いだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昨日はツボミが帰ってこなかった…。もしかすると掴まっているのかもしれないねぇ…。いや、ツボミに限ってそんなことは無いだろうけど…。
まぁとにかく、様子を見に行ったレイモンド君の帰りを待つとするかねぇ。
「……ツバキ…」
ベッドに腰掛ける僕の袖を、寝起きのキリエが引っ張る。この子、ちょっとした仕草がいちいち可愛いんだよねぇ…。ツボミが変態性を発揮するのもなんとなく分るよ…。
「……ツボミの…反応が…近くに無い」
いつもは寝起きに弱いキリエだが、なんだか泣きそうになっている。
「……昨日までは……モーガイの家に…居たのに……寝てる間に…何処にも居なくなった…」
何だって?夜の内にどこかへ消えたって事かい?
「キリエはどのくらいの範囲までレーダーで捕らえられてるんだい?」
「……そこまで…広くは無いけど……モーガイの家との距離の…2倍くらい…」
ここからモーガイ宅までは約2キロ半と言ったところだ…。つまりだいたい半径5キロか…。
直径なら10キロの円だぞ?なんでツボミは居なくなった?どうしてそんなに遠くへ行ったんだ…?
「……掴まって…殺された…?」
「まさか。あのツボミだよ?そんなわけは無いさ。」
目尻に涙を浮かべるキリエをなんとか慰める。
だが……そうか、死んでしまった可能性もあるのか…?そういえば魔狩りがどうとか言っていた…。ツボミ自身もかなりの手慣れだと言っていたなぁ…。それが3人…。
いや、まさかね。都合良くモーガイの周りに奴らがいるとも考えにくい。ならば何故…?
「ただいま戻りました」
ちょうど僕が他の可能性を考え始めた辺りで、レイモンド君が帰ってくる。レイモンド君の後ろを見ると、朝ご飯を買いに行っていた雫もちょうど戻ってきたようだ。
「食事時に言う話では無いので…食べてから話しましょう……いかがなさいましたか?」
レイモンドと雫は半ベソのキリエを見て、何があったの?みたいな顔をする。
「ツボミが、5キロ圏内の何処にも居ないんだ。」
キリエの代わりに私が答えると、2人とも表情を変える。
「……食事の前ですが…話しましょう」
椅子に座るレイモンド。雫も習って座る。僕達はベッドに腰掛けたままだ。
「……死体が…ありました」
何だって…?
「誰のだい?」
「恐らく…モーガイかと」
「はっきりしないねぇ。どういうことだい?」
ツボミでは無いか…と安心する。だが、次に出た言葉に絶句することになった。
「…頭部が…ありませんでした。…肉片や脳髄…眼球などが……飛び散っていました…。争いあった形跡は無く…地下牢で……一方的に抵抗を許さず殺されたようです」
……そうか…まず考えるべき事はそこでは無かったのだ…。何故モーガイが死んだのか…だ。
モーガイに恨みを持つ人物?その中で痕跡を残さずに侵入し、一方的な殺害が出来る人物…。
魔狩り連中か?ツボミが手慣れと言うんだ。出来ないことは無いだろう。だが、理由が見当たらない。奴らは協力関係にあったはずだ。
用済みになったから切り捨てた…にしてはタイミングがおかしい。
他に可能な人物なんて………ツボミしか居ないじゃ無いか…。
「辺りには原形をとどめていない鉄格子があり、奴隷にされていたと言う少女達は居ませんでした。何者かが屋敷内を漁った痕跡がありましたが…重要な書類は持ち出されたようで、残ってはいませんでした」
「持ち出したのは蕾ちゃんだろうね…。でも…」
雫も薄々気づいてはいるようだが、どうにも認めたくないらしい。
原形をとどめていない鉄格子。ツボミなら可能だ。書類も同じく可能。そして…奴隷にされていた少女達か…。
だが、それだけならツボミは解放するだけで、命まで奪いはしなかったかもしれない。まぁそれは私の見解だが。
ツボミは一体何を見た?ツボミは何にそこまで怒った?そして…ツボミは今何処で、次に何をする…?
「……!…いま…一瞬だけ……ツボミを捉えた…」
キリエが立ち上がって、方向を示す。
「……あっちから…向こうへ…」
キリエが指さしたのは魔物領の方角から、ラネシエルの方向。
ツボミ…。まさか1人で…。
「ラネシエルへ行こう。蕾ちゃんを追いかけて…いろいろ聞かなきゃ」
「……ツボミ…」
「では、私はお別れですね」
レイモンド君は僕達と別れた後、何をするんだろうか。ツボミに脅されてるし、バカなことはしないと思うけど…。いや、今はツボミだ。
「なかなか楽しかったよ。また会おうじゃ無いか。」
なぜか顔を真っ赤にするレイモンドに別れを告げ、僕達はラネシエルへと向かう。
ツボミの馬鹿者め…。こんなにキリエを心配させるなんて…。でも、正しかったのかもしれないねぇ…。もしツボミが戻ってきていたら、複雑な空気になっていただろうし…。僕達が探しに行った方が色々都合が良いかもねぇ…。
ソレイジとラネシエルの国境が見えてきた。フリードの時と違って、警備が薄く、なかなかザルである。これなら僕達でもスニーキング出来そうだ。というか、お金は全部ツボミが持ってるからそれしか無いんだけどね。
森の中を静かに、音を立てないように進んで行く。途中で見回りの兵士がいたが、隠蔽フードがなんとか私達を隠してくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
森を抜けると、そこはすぐに町だった。まだ町外れなのか、人間はあまり居ないが、いまは好都合である。見つかる前に町中へ入ってしまおう。
町中に近づいてくに連れ、教会が所々にちらほら見られるようになってきた。対魔教の本山だけあって、数もなかなかある。
ちらっと見える教会内部では、お祈りしている人が多数見られ、見る度に腹が立つ。しかし、いちいち反応しても居られまい。
「キリエ、ツボミは範囲に入った?」
ふるふると、首を横に振るキリエ。まだダメか…。全く、何処に居るんだツボミ…。
僕達はこの町でフードを取るわけにはいかないねぇ…。雫は人間だから良いけど、僕達魔物はこの町では迫害の対象だからねぇ。
しばらく探して回る。だが、キリエの探索範囲内にツボミが入ることは無かった。
「今日はもう遅いし、宿でも探さない?ツバキも疲れたでしょう?」
まだまだ探したい気持ちはあるが、今は雫の言うとおりだ。今は休んで、明日また探そう。
「キリエ、宿探し頼めるかい?」
「………ん」
キリエが探し出したときだった。
「……!…何かが…おかしい!」
雫は気づかないようだったが、僕とキリエはある変化に気づく。
赤い。大気中の魔力に、チリチリと、赤く焼けるような、汚染された魔力が混ざっている。いや、変化している、が正しいか?
「キリエ!発生源はどっちの方角か分るかい!?」
「……分んない…でも…濃いのは…向こう」
キリエはある方角を指さす。暗くなってきているせいでよく分らないなぁ…。目だけ龍化するか。
視力を数十倍にまで引き上げ、その方角を見る。高い建物が見えた。大きなステンドグラスが目を引き、他の建物とは風格が異なる。
「雫、あっちの方の馬鹿でかい建物、心当たりあるかい?」
「……中央教会…かな?この国の教皇が居る場所だよ。この国で一番大事な場所、かな」
中央教会…?教皇…?対魔教の発信源って事か?
でも、なんでそんなところからこんな危ない魔力が流れてくるんだ?体内に魔石を持つ魔物ならなんとかなるかもしれないけど、生身の人間が浴び続けるには危険な魔力だ。
教皇達の仕業と考えるには不自然だ。ならば何だ。発生源は何だ。この赤黒い魔力は一体何だ。
「雫は離れた方が良い。僕達が様子を見てくる。」
「私も行く!よく分らないけど、焦り方が普通じゃ無いよ!私だって、足手まといにはならない!」
「人間が近づくのは危険すぎるんだ!………あっ。」
「………ツバキ…許されないミス…」
ヤバイヤバイ。これ、ツボミに殺されるかもしれない。
「とにかく、行こうキリエ。」
僕達は何事か叫ぶ雫を無視して走り出す。
もっと速く走らないと。どんどん濃度が増している。このままでは魔物ですら危険だ。
「キリエ、僕に掴まって!」
キリエが背中にしがみついたのを確認して、翼を顕現させる。今更なんだかんだ言ってられない。見られなければ良いのだ。見られないスピードで飛べば良いのだ。
「キリエ、気絶するのは早いよッ!」
悲鳴を上げるキリエに構わずフルスピードまで加速。数秒でたどり着いた教会前で着地し、翼をしまう。
「………!…ここに…ツボミが居る!!」
なんとなく感じていたけど…やっぱりか…。この汚れた魔力はツボミの奥底に眠るモノと同じ匂いがしていた…。
諦め、絶望、怒り、そして、憎しみ。雫も気づいていたようだが、本質は見抜けなかったらしい。僕には分っていた。僕なら、もっと早くツボミをなんとか出来たかもしれないのに…!
「キリエ、行こう。ツボミを止めないと!」
「……ん!」
教会内部に入るにつれ、汚れた魔力は濃度を増し、色が視認できるほどになっていた。
赤くなった視界の中、僕達は走り続ける。ツボミ、待っていて欲しい。そして…これ以上踏み込んではいけない。
僕達が止めるんだ。