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「ねえ、私のマーガレット。私を見ておくれ」


サイラスの言動にアメリアは目を見開いて固まった。


「アメリア様?」「マーガレット様ではなくて?」「殿下の想い人はマーガレットと言うのでしょう?」「アメリア様へ向けて殿下は、何故マーガレットと呼びかけられるの」


周囲では、一瞬静まり返った後すぐによく分からないと囁き合う声がする。


周囲から、何よりサイラスからの熱い視線を一身に受けたアメリアは我に帰ると、シャーロットを、次いで横のマーガレットを見てから、再びシャーロットにその視線を向けた。困惑に泣きそうになっている。

シャーロットは、そんなアメリアの視線を受け、思わず眉を下げた。

そこで助けを求めるようにこちらを見る行動は、適切とは言えない。


「アメリア」


案の定、不服そうに眉を寄せたサイラスが名前を呼び、アメリアの手を引いた。それに促され視線をサイラスへ戻したアメリアだが、動揺で目線が定まっていない。それでもサイラスはアメリアの意識が自身へ戻ったことに満足気に口角を上げた。


「アメリア。私のマーガレット。もう、離さないよ」

「…あの、え?」

サイラスの声が弾んでいる。喜びが溢れているサイラスの一方で、戸惑いを隠せないアメリアが助けを求めるように再び縋るような顔をシャーロットへ向けた。


あらあら。混乱して可哀想に。


シャーロットは内心で苦笑しながらも、そんなアメリアを素知らぬ顔で受け流した。


以前、シャーロットがベンジャミンや子爵家令嬢たちに囲まれた時のアメリアにされたように。シャーロットは我関せずの表情を貫く。

因果応報。自業自得。

そう思いながらも、頑張って欲しい気持ちは視線に軽く乗せているのだから、アメリアよりも自分は甘いくらいだと、そう思う。


アメリアはシャーロットのその顔を見て表情を凍らせたが、すぐにサイラスから不服の言葉が紡がれ、慌てて彼へ顔を向け直していた。


「さあ、行こうか。両親に君を紹介しなくては」


その言葉に腰が抜けそうになったのか、アメリアの力がふっと抜けた。その瞬間を見逃さず、サイラスはアメリアの腰を引き寄せると、そのまま彼女を促し、颯爽と歩き始めた。


すれ違うその時、サイラスから目礼を受けた。

サイラスから今貰える最大の感謝の意に、シャーロットは目を細め頷くことで答える。


お幸せになってくださいまし。


音を出さず告げれば、サイラスは破顔し頷いた。



シャーロットが去っていく二人を見ていると、マーガレットから囁くように名を呼ばれた。視線を動かせば、マーガレットが隣に移動してきていた。

彼女の視線はシャーロットと同じように二人に注がれているが、顔には呆れや同情の表情を浮かべている。


「本当にアメリア様は自身が王子殿下の想い人だとご存知なかったのですね。あのように囲い込まれて、なんだか少し可哀想な気も致します」


シャーロットはそれに否定も肯定もせず、パタと軽く音を立て扇を広げた。


「サイラス殿下は情熱的でいらっしゃるのですわ」

「…それは、ご自身の想いを表した花言葉で、アメリア様を呼んでいたことを仰っているのかしら」



マーガレットの花言葉。

それは、『真実の愛』『秘密の恋』だ。


「恋焦がれる女性の名前を言葉にできない代わりの呼び名に、花言葉をお選びになるのは悪くない選択だと思われませんこと?」

「私には気障としか思えませんわ」

きっぱりとした物言いに、シャーロットは扇で口元を隠し微笑む。

その扇を彼女の耳へ持っていきと、シャーロットはそっと耳元へ口を寄せた。


「ーー七年越しの恋の相手に、『私の真実の愛』と呼びかけられるなんて、情熱的でいらっしゃるでしょう?」


囁きに目を見開いたマーガレットに、さらに言葉を続ける。


「七年かけて、逃げられないように外堀を埋めてこられたのです」

「…まあ、それは」


マーガレットは素早く扇で口元を隠した。空いた口が塞がらないといったところだろう。シャーロットはそう思い、内心苦笑する。



サイラスがアメリアを見初めたそのきっかけが何であったのかは、シャーロットも知らない。

とにかく、度々催されていた幼い貴族の子供たちを集めた王妃の園遊会の内の一つでサイラスはアメリアを見初めた。

そして、考えたそうだ。

彼女を手に入れるには、どうすべきか。


王位継承権一位のサイラスには、それこそ、国内の高位貴族令嬢、諸外国の王女たちなど山のような婚約者候補がいた。

伯爵位ではあるものの平民の母を持つアメリアでは不相応だと反対する声や彼女を害するものが出てきてもおかしくない。さらに、そのことに恐れをなして、アメリアや彼女の両親がサイラスの婚約者となることを受け入れてくれないかもしれない。


幼いながらも彼は一生懸命考え、そして決めた。

まずは、外堀を埋めようと。


サイラスは、留学していることもあり外堀を七年かけてようやく埋めるに至った。

そして、アメリアを囲い込むための行動を開始したのだ。




先月の訪問時、告げられたサイラスの言葉を、シャーロットは思い出す。


「正直、最後の決め手に悩んでいた。だが、シャーロットの婚約破棄の騒動を聞いてこれだと俺は確信した」


ベンジャミンが大勢の前でシャーロットに婚約破棄を申し出たように。

アルフレードが大勢の前で、シャーロットに婚約を申し入れたように。


「大勢の前で俺のマーガレットーーいや、アメリアの手を取れば、周囲へ俺の意思を知らしめすことも、彼女を逃すこともない」


鋭い瞳の光を湛えたサイラスはまさしく虎だった。しかも、獲物を前に舌舐めずりしている虎だ。


応援するとは言ったものの、こんな彼に大切な友人を渡して良いだろうか。


そんな気持ちが湧き上がりさえしてしまう。だが、それも隣に座るアルフレードを見てあっさり霧散した。

彼は、サイラスとは反対に満腹の獅子のように満ち足りた表情でシャーロットを見つめていた。


その表情に、シャーロットは決めたのだ。


アメリアが幸せになるなら良いか、と。


そして、どうせならとシャーロットは自身の思惑を密かに追加した。それが、先程の騒動の顛末だ。




「…サイラス殿下は粘着質そうですわねえ」

「まあ、マーガレット様」

憐れみが込められたマーガレットの言葉に、シャーロットは苦笑しつつも嗜めるように名を呼ぶ。

それに対して彼女は肩をすくめて見せたが、ふと気付いたかのようにシャーロットを見る。

「あとひとつ、教えてくださいませ」

「あら、何かしら」

「シャーロット様のことを殿下が薔薇と例えられていらっしゃった理由ですわ。薔薇は愛を示す花言葉であったはず。

マーガレットの花言葉を使って慕う女性を表す殿下のことですもの。

何か意味が込められているのではとは思ったのですが…」


頭の回転の速い方だ。

シャーロットは、それに満足感を覚えた。そして、ゆったりと頷く。


「彼にとって、確かに私は薔薇だそうですわ。ただし、黄色の」


答えれば、マーガレットは「黄色の薔薇…」と呟き、そしてその肩を震わせ始めた。扇で口元を隠してはあるが、マーガレットのその薔薇色の唇が笑みの形を形作ったのがシャーロットからは見えた。

シャーロットをチラと見る目に、呆れの色を見て、シャーロットは彼女が全て悟ったのを知る。


「黄色の薔薇の花言葉 は『友情』でしたわね。…ですが、それはわざわざ花言葉で表す程のことなのかしら」


「ああ、可笑しい」と肩を震わせたマーガレットは晴れやかな顔でシャーロットを見た。

「やはり気障で、さらに言わせて頂ければ、回りくどい方だと思いますわ」

「薔薇に例えられて悪い気は致しませんが、その点だけは同感しますわ」


呆れた様子のマーガレットに微苦笑を返してから、シャーロットはふと周囲へ視線を向ける。

視界に入るのは、シャーロットとマーガレットを遠巻きにしつつも会話に加わるべく動向を伺う貴婦人や令嬢たちだが、そこにチラリと赤がかすめた気がしたのだ。

シャーロットがそれを確かめるよりも先に、隣のマーガレットから「それにしても、」と不満げな声音で言葉をかけられ、シャーロットは再びマーガレットを見る。


「今回の噂のせいで、私が殿下のマーガレットではないかと騒がれて大変でしたのよ。婚約破棄になるかと思いましたわ」


大きな嘆息とともに言われた言葉に、そうだろうとシャーロットは頷き、腰を下げて謝意を示す。


「それは本当に申し訳なく思いますわ」

シャーロットの謝罪に、マーガレットは困ったように首を横に振った。

「いいえ、シャーロット様を責めたいわけではございません。シャーロット様が手紙で事前に情報を教えてくださったから大丈夫でしたもの」

「そう言って頂けると心が軽くなりますわ」

シャーロットは、パタと軽く音を立て扇を閉じる。そして続きを告げるべく、わざとゆっくりと口を開く。


「私が今回の噂の発端ですの」


伝えればマーガレットはその綺麗な顔を固まらせた。鮮やかなエメラルドのような瞳が、大きく見開かれている。


「…あの手紙は親切心ではありませんでしたのね」

「うふふ、ごめんあそばせ」


半眼で見つめてくるマーガレットを静かに見返しながら、はたと妙案が浮かぶ。


「お詫びといってはなんですけれど」と言えば、マーガレットは軽く首を傾けた。


「私とお友だちになってくださいませんか?」

「お友だち、ですか?」

鸚鵡返しの問いに、シャーロットは頷く。

「マーガレット様は幼い頃ご病弱でらっしゃったせいで、中々王都にいらしておられなかったでしょう?私から色々とお教えできることもあるかと思いますわ」


マーガレットにとって悪くない提案のはずだ。

公爵家令嬢であり、未来の筆頭公爵家夫人であるシャーロットとの縁は、マーガレットの今後に大きく作用するだろう。


「…それは、とても魅力的なご提案ですわね」


扇の端を顎に当てたマーガレットに上目遣いで見られる。シャーロットの意図を探っているようだ。


彼女との会話は楽しいし、潔いとも言える正直さは好ましい。

そう思ったが、そのことは伝えず微笑むだけに止める。そして視線で周囲を見るように促した。


マーガレットは、すぐにシャーロットのその視線の意味に気付いた。シャーロットから周囲へ視線を巡らせていく彼女の頬が引きつるのが分かる。

そして再びシャーロットを見たときにはその美しい顔に貼り付けたような笑みを浮かべていた。


「お友だちになれば、この場から一緒に連れて行ってくださいますの?」

「勿論ですわ」


待ち構えるように囲む淑女たちに聞こえないように声を抑えて尋ねられ、シャーロットは鷹揚に頷く。

そろそろシャーロットをこの場から連れ去るべく、アルフレードが来てくれるはずだ。


「お友だちを見捨てるような真似は致しません」

「私たち、お友だちですわ」

「あら、嬉しい!」


うふふ、とどちらともなくわざとらしい笑声を上げたところで、アルフレードの低くよく通る声が聞こえた。

「筆頭公爵」「宰相閣下」と囁く声とともに人の囲いが割れる。

その先には、いつものように甘い視線と微笑みを浮かべたアルフレードがいた。


宵闇のごとくしっとりとした艶を感じさせる濃紺の衣が、アルフレードによく似合っている。その衣を金褐色の髪の彼が着ると、それは暁の時刻をシャーロットに思わせた。


アルフレードが用意した朝焼けのドレスに身を包み、シャーロットは一人うっそりと微笑む。

宵闇から暁へ、暁から朝焼けへ。

アルフレードとシャーロット二人揃って初めて、完成品となる夜会服である。


気障と言うのは、こういうことを言うのだ。シャーロットはそう思いながら、マーガレットを見る。


「さあ、マーガレット様。参りましょう。私の獅子をご紹介申し上げますわ」


シャーロットはマーガレットを促し優雅にアルフレードへ向けて一歩を踏み出す。

チリンと軽やかな音を立てて髪飾りが揺れた。





「この悪女!」


夜会から二週間。

夜会の興奮から冷め、ようやく落ち着きを取り戻した学園寮で、大きな音を立てて扉が開かれる音とともに罵倒が響き渡った。


いつものように寮の自室で身支度を整えていただけに、思わずシャーロットは目を見開いた。だが、扉を許可無く開けたその人物を認めてすぐにその表情を笑顔に変える。


「まあ、アメリア」


仁王立ちでアメリアがいた。


彼女がここにいるということは、サイラスは留学先である東国へ戻ったということだ。ようやく彼の束縛から逃れ、学園に戻ってきたのだろうアメリアは、首にイエローダイヤモンドのネックレスを着けている。


蔦が絡まるようなデザインのそれは確か、王位継承者の婚約者が身につけるとされているものだ。



「シャーロット。あなた、私を嵌めたわね?」

「なんのことですの?」

怒りで声を震わせるアメリアに、わざとらしく首を傾ければ、彼女はシャーロットをきつく睨みつけた。

「私がサイラス殿下から逃げられないようにしたでしょう?」

「あら、私はそのようなことしていなくてよ」



本当にしていないのだ。

確かに、孤児院訪問の後自邸に戻った際には、『俺のマーガレット』と呼ぶ存在がサイラスにいることを噂好きの母に話はした。

アメリアの予想を否定せず、そしてシャーロットの側にいるようにお願いもした。

マーガレットに、噂の真相と噂を静観してほしいことを伝える手紙をしたためもした。

だが、後はサイラスの手腕である。



シャーロットはアメリアの腕を取り、そのまま部屋を出る。

「何よ、誤魔化されないわよ」と言うアメリアの瞳を見つめて、にこりと笑う。


「これからもよろしくお願いいたしますわ、未来の王太子妃殿下」


そう言うと、彼女は眉を吊り上げた。だが、微笑むシャーロットを見て諦めたように息を吐いた。

「こちらこそよろしく願いたいわ、未来の筆頭公爵家夫人」

そして、二人で顔を見合わせ笑った。



今日も、シャーロットは学園で悪女と呼ばれるだろう。


「若さと美貌で宰相閣下の婚約者となった公爵家令嬢は、自分の友人を第一王子にあてがった。社交界での地位を確固たるものとし、さらには国政にまで手を伸ばそうとしているのではないか」

そんな馬鹿らしい噂が、新しく囁かれ始めているのも知っている。

だが、シャーロットはそれを聞き流し、笑う口元を扇で隠す。

そんな噂は正直とるに足りないものだ。


シャーロットは公爵家令嬢の地位にあり、筆頭公爵家当主であり宰相でもある婚約者との関係は良好だ。

幼馴染である王子殿下は想いを叶え、恋人を得た。

隣を歩く友人は、なんだかんだ言って幸せそうに、首のネックレスに触れている。



シャーロットは、廊下の窓の向こうに広がる青空を見た。


今日も、良い日になりそうだ。そう思った。

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