笑顔の理由
一週間が過ぎました。
かなはランドセルも背負わずに、ひとりで歩いていました。こんな時間でもなければ、下校中であることは誰にもわかりません。
「もう、遅い!」
かなは立ち止まって、振り返りました。その先には、おかっぱ頭の女の子がいます。
ちかちゃんです。
背負っているものとは別のランドセルをふわふわと浮かせ、ついて来ています。
知らない人には、ものが浮くマジックを見せびらかしているようにも思われるでしょう。
「ふん」
かなは再び歩き始めました。
ちかちゃんは何も言わず、にこにこと笑っています。それがかなには、気に入りません。
――元気の良い足音とともに、話声が聞こえて来ました。
「何だ?あいつ、またかばん持ちさせられてるぞ?」
「僕たちがやめてやっても、結局は誰かに使われるんだよ」
ちかちゃんと初めて会った時の、あの男子三人組です。
「あ、こけちゃったよ」
「ああ、知らないよ」
「僕たちのランドセルじゃあないしね」
男子三人組は、かなを追い越して行きます。
かなはもう一度、立ち止まりました。
後では、かなのランドセルは地面に転がり、ちかちゃんがうつ伏せにたおれています。
かなには見覚えがあります。
いつの間にか、あの男子三人組と同じことをしていたのです。
「ちかちゃん!」
かなは大声を上げて、ちかちゃんの元へ戻りました。
「かなちゃん」
ちかちゃんはゆっくりと顔を上げて、弱々しい声で答えます。
「ごめんね。魔法……使い過ぎちゃったみたい。かなちゃんのランドセルを落としちゃって……」
かなは何度も首を横に振ります。
「ちがうよ!ちがうよ!」
今にも泣き出しそうです。
「ごめんね。ひどいことして、ごめんね」
「どうして?かなちゃんが何で、あやまるの?」
ちかちゃんは体を起こして、不思議そうに言いました。
「かなちゃんが、のぞんだことは何でも叶えてあげるって言ったのに……。あやまるのは私の方だよ」
この一週間、ちかちゃんの魔法で宿題を全部なしにして、給食と夕ご飯は好きなものだけにしてもらいました。そして、毎日の登下校でのかばん持ちです。
かなは、こんなことをのぞんでいません。
犬の件でのさびしさと後悔を、それこそ、何でも叶えてくれると言ってもらえたその言葉にあまえて、八つ当たりをしていただけです。
かなは自分のランドセルを拾って前後反対に背負うと、あいた背中をちかちゃんに見せます。
「ちかちゃん、つかまって」
「え?そ、そんなの……いいよ」
急にそんなことを言い出したかなの言葉に、ちかちゃんはおどろいています。
「いいから、早く」
ちかちゃんはそろそろと、かなの肩にうでを回します。
かなはちかちゃんの体をぐいっと自分の背中に引き寄せると、ゆっくりと立ち上がりました。
おんぶです。
かなにつかまるちかちゃんの力は弱く、本当に無理をしていたのがわかります。同じ年ぐらいの女の子とは思えないほど、体重も軽いです。
「ちかちゃんは……私がこんなにひどいことをしても、何で笑っているの?」
かなは歩きながら言いました。
「笑顔は人を幸せにするんだよ」
ちかちゃんは答えます。
「笑うと、それを見ている人を明るくするんだよ。笑っていると、自分もやさしい気持ちになれるんだよ」
何もおかしくて、笑っているわけではありません。つらいや、さびしいといった感情だってあります。それを何とかしようとして、また、人に幸せな気持ちになって欲しいために、ちかちゃんはいつも笑っているのです。
こんなにもやさしいちかちゃんに、魔法で何をさせてしまっていたのでしょう。かなはそんな自分が、悲しくてたまりません。
「だから、そんな顔しないで、かなちゃんも笑ってよ」
ちかちゃんを見ると、元気はありませんが、それでも笑っています。
「うん。そうだね」
かなは力いっぱい、ほほえんでみせました。