本の世界でおもちつき
次の日――
「今日は何して遊ぶ?」
学校の帰り道で、ちかちゃんはかなに言いました。
しかし、かなは浮かない顔をします。
「今日は宿題が多いから……」
「何だ、そんなこと」
ちかちゃんは笑い飛ばしました。
「そんなの、明日と分ければいいんだよ」
ちかちゃんが人さし指を立てて、一回だけ振り回します。光の粒が線を描き、散らばっていきました。
「これで大丈夫」
かなが家に帰って宿題を確認すると、本当に少なくなっています。
――だから今日も、ちかちゃんと遊ぶことができました。
「月って……小さいころ、うさぎがおもちをついているって話を聞いたことがあったけど……あれって、何でなんだろ?」
かなの、そぼくな疑問です。
まちがっても今のかなは、月にうさぎがいるなんて信じてもいません。
「月って、どんなところなんだろ?」
そんな興味も、自然とわいて来るというものです。
「月は……遠くで見るから、きれいなんだよ」
ちかちゃんはかなに言い聞かせます。
そうです。今日はちかちゃんを家に招いて、おしゃべりです。
「その……うさぎが、おもちをついているって、何でそう思ってたの?」
月の本当の姿は空気もなく、生き物もいない死の世界です。それなのに何で、そんな話が小さな子供たちに信じられているのでしょうか。
「だって……絵本にそう……」
かなは自信なさそうに答えます。
「その本はどこにあるの?」
かなは記憶をたどりながら、自分の本だなをあさります。
それは落書きもある、ぼろぼろの絵本でした。
最後のページを開くと、黒い空に黄色い丸がぬられ、そこには二羽の白いうさぎが向き合って、おもちをついています。
「いくよ?」
「え?」
かなが聞き返したその時、まぶしい光で目の前が見えなくなりました。
次に見えるようになった時、
「おいおい。何なんだ?急に……」
白いうさぎが話しかけて来ます。
辺りは絵具でぬったような黄色で囲まれ、そこからはなれると、今度はこわいぐらいに真っ黒です。
白いうさぎは臼をはさんで二羽いました。一羽は杵でもちをつき、もう一羽はかがんで、合いの手を入れています。
「今、おもちをついているんだから、じゃましないでよ」
言い寄って来たうさぎとは別の、もう一羽の白いうさぎも文句を言っています。
かなはとなりのちかちゃんを見ました。
「本の世界に入ったんだ」
ちかちゃんはかなへ、こっそりと告げます。
「モデルになったうさぎ自身なら、知ってるかなと思って……」
ちかちゃんはそう言った後、白いうさぎに話しかけました。
「あなたたちはどうして月の中で、おもちをついているの?」
白いうさぎ二羽は顔を見合わせます。
「それは月の中の模様が、二羽のうさぎがいて、おもちをついているように見えるからよ」
「そんなことも知らないのか?」
満月を良く見ると、黄色い月の中に少し暗い部分があります。昔の人にはそれが二羽のうさぎの、もちつきに見えたようです。
「ふーん、そうなんだ」
ちかちゃんは感心しています。
「昔は月を、じっと見つめる風習もあったのよ?だから、そんなふうにも見えたんでしょ」
白いうさぎは言うと、ちかちゃんをそばの臼から遠ざけようとします。
「じゃまだよ。僕たちは、おもちをつくんだから」
もう一羽の白いうさぎも言いました。
その臼の中には、つきかけのもちがあります。
「すごいね。ちゃんと理由があったんだね」
かなはちかちゃんの耳元で言いました。
「意味のないものなんて、この世の中にはないんだよ」
ちかちゃんは得意気に笑って答えます。
二羽の白いうさぎはテンポ良く、もちをつき始めました。そのリズムに心がおどります。
「ねえ」
思わず、かなは白いうさぎに声をかけてしまいました。
「何だよ?」
再び止められて、うさぎは機嫌を悪くしています。
「私たちにも、おもちをつかせてよ?」
うさぎたちはまた、顔を見合わせました。
「ほらよ」
そして、口の悪いうさぎが、めんどうくさそうにかなへ杵を渡します。
「わぁ、ありがと」
かなはそれを受け取ると、臼の中にあるもちにめがけて、思い切り振り下ろしました。
ペッタンと、しめり気のある柔らかい音がして、その弾力が手に伝わります。とても楽しいです。
かなは何度も、もちをつきました。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
言葉使いがやさしい方のうさぎが、あわててかなを止めます。
「同じところをついたらだめだよ」
そのうさぎは、もちを折りたたむように返します。
「はい、いいよ」
かなはまた、もちをつき始めましたがその一回ごとに、うさぎが手を入れて来ます。
「こうやって、毎回おもちを返して、別のところをつかないと」
見本を見せるように、うさぎがもちを返していきます。
「それ、私にやらせて」
ちかちゃんも混ぜて欲しくなりました。
そう言われたうさぎが、その場所をちかちゃんへゆずります。
「じゃあ、ちかちゃん。いくよ」
かなは勢い良く、もちをつきました。杵を持ち上げたタイミングで、ちかちゃんがもちにさわります。
「熱っ!」
もちは見た目よりも、ずいぶんと熱いです。
「ほらほら、やっぱり君には無理だよ」
白いうさぎはうれしそうに、ちかちゃんと臼の間に割って入って来ました。やはり、自分の仕事を取られるのが嫌だったようです。
ちかちゃんはいつもと同じ笑顔ですが、心なしか少しさびしそうです。
「ちかちゃん、二人でつこうよ」
かなはちかちゃんに言いました。
「うん!」
ちかちゃんは明るい声で、うなずきます。
――それから、かなとちかちゃんは二人で杵を持って、もちをつきました。合いの手は二羽のうさぎが交互に入れます。
とても楽しい時間でした。
「さてと……」
もちをつき終わると、二羽の白いうさぎが臼を持ち上げます。
「どこに持っていくの?」
不思議に思って、かなは聞きました。
「捨てるんだよ」
白いうさぎは、まるでそうすることが当たり前であるかのように答えます。
「もったいない!」
「でも私たちはおもちをつくために、ここにいるんだから……」
この二羽の白いうさぎは、もちをつくためだけに作られた本の登場人物です。それ以外のことは考えられないようです。
「捨てないと、新しいおもちはつけないだろ?」
まして、もったいないなどという気持ちは、まったくありません。
「せっかくだから食べようよ」
臼をその場に置き、またまたうさぎは顔を見合わせます。
かなはそこに手を突っ込んで、もちを一つまみしました。
「おいしい!」
食べてみると弾力とねばりがあり、つるつるとした舌ざわりがとても良く、米の甘い味が口いっぱいに広がります。
ちかちゃんもかなのまねをして、つまみぐいをしました。
「本当!おいしい!」
かなを見て、笑顔いっぱいで言いました。
「ほら、君たちも食べようよ?」
白いうさぎはすい寄せられるように臼に手を入れ、もちを指でちぎって、言われた通りに口の中に入れています。
「おいしい」
「うまい」
それから、かなとちかちゃんは二羽の白いうさぎといっしょに、夢中になって臼の中のもちが全部なくなるまで食べました。