王城の朝食
夜の走り込みを終えたリリアーナ。湯浴みをして、すっきりした表情で部屋に戻ってきた。
(まさかあんなところで王子に出くわすなんてね。変な姿も見られちゃったし……)
軽く息をつき、ベッドに腰かけた。
キュウ?
右手にフワッとしたぬくもりがあたる。
「あら?モルル、起きちゃったのね」
優しく頭を撫でる。
ふわふわの毛並み、あたたかなぬくもり。
うっとりとした表情で目を細め、こちらを見上げるモルル。
「最近忙しくて、一人にさせちゃってごめんね」
モルルがぴょんっと膝の上にのる。
吸い込まれそうなほど透明で、丸く大きな瞳。
白く艶やかな毛並み。
その膝の上のぬくもりに、リリアーナは胸の奥があたたかくなった。
どこにでもリリアーナのあとをついてきたがるモルルだが、さすがに大勢の前や、城の者以外の前には出せない。
アグリア王国の使節団が城内にいる以上、モルルをしばらく部屋から出すわけにはいかなかった。
「今ね、お客様が来ているのよ。だからモルルは、窮屈だろうけど、しばらくこの部屋にいてね」
モルルはラピフェルという、力は弱いながらも魔獣だ。
この城では、すでに家族の一員だと皆が認識しているが、他の者から見れば、ただの魔獣だ。
下手をすれば剣を向けられてしまうだろう。
「こんなに可愛くて、人懐っこいけどね……」
リリアーナはぽつりと呟く。
「絶対部屋から出ないでね」
キュウ
まるで返事をするかのように声を出すモルル。
「ふふ。ありがとうね」
その小さなぬくもりを、リリアーナはしばらく撫で続けた。
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使節団来訪二日目の朝。
「カイリウス皇太子殿下、昨日はよく眠れたかな?」
父・アルベルト国王が声をかけた。
「はい、ゆっくり休ませていただきました。お気遣い感謝いたします」
カイリウスが軽く頭を下げる。
いつもの家族が揃った朝食。
そこにアグリアの王子と、使節団三人も加わり、テーブルを囲んでいた。
リリアーナはカイリウスを見て、昨夜の姿が一瞬脳裏に浮かんだ。
今の落ち着いたカイリウスではなく、熱く激しいカイリウス。
キリッとした目元。
月に照らされ、キラキラと靡く銀の髪。
空を切る鋭い剣の音とともに、彼の姿が鮮やかによみがえる。
ふと、カイリウスと目が合った。
リリアーナの胸が一瞬跳ね、現実に引き戻される。
「おはようございます、リリアーナ姫」
にっこりと微笑むカイリウス。
「あ……おはようございます、皇太子殿下」
リリアーナも笑顔を浮かべた。
「こちらの、パンの横に添えられているものも、じゃがいもですか?」
カイリウスが料理に目を向ける。
料理長が説明した。
「はい。こちらは茹でたじゃがいもに香草を混ぜた、温かなサラダでございます」
「ほう……」
目を見開き、興味を示すカイリウス。
料理長が続けた。
「そのままお召し上がりいただいても構いませんが、よろしければそちらのパンに挟んで召し上がってみてください。卵と一緒に挟まれても美味しいかと思います」
朝食の定番であるスクランブルエッグが、別皿に用意されていた。
卵と牛乳を混ぜて焼き上げた、ふわふわの卵料理だ。
リリアーナは言われた通り、パンを開き、ポテトサラダを入れて卵も挟んだ。
具材を挟んで厚みを増したパン。
それを大きく口を開けて、かぶりつく。
「うん、美味しい!」
思わず笑顔がこぼれた。
(もうこれ普通にサンドイッチじゃない!美味しすぎるんですけど~)
リリアーナの心からの笑顔に、カイリウスはクスっと小さく笑った。
それに気づいたリリアーナ。
(あ!また笑ったよね)
リリアーナを見て笑ったのは、昨夜の食事会に続いて二度目だ。
(人の顔見て笑うって失礼じゃない?)
リリアーナの食べ方を見たカイリウスは、同じようにパンを開き、ポテトと卵を挟んだ。
そして大きく口を開け、かぶりつく。
「うむ。これもうまいな」
ぽつりと呟くカイリウス。
決して大きな声ではないが、力強い声だった。
心から美味しいと思っている、そう聞こえる声だ。
カイリウスの食べる様子を見て、リリアーナは思った。
その食べ方は、あまり王子らしくないように見えた。
(そっか……私、姫なのに大口開けて食べてた。だから笑われたんだわ)
小さく息を吐くリリアーナ。
王子の前でやってしまった、と思った。
そして父、母、兄、使節団の官僚たちも、同じようにパンに挟んで食べ始めた。
皆美味しいと満足している様子だった。
「……少しよろしいでしょうか?」
カイリウスが口を開いた。
「このじゃがいもは、どうして食べられるようになったのですか?元々この国では食べる習慣はなかったはず……。それに、短期間でここまで広めることができたのは、どうしてでしょうか?」
その時だった。
アルベルトがパンッと大きく手を打った。
突然の音に、カイリウスだけでなく、その場にいた全員の肩がびくりと上下する。
皆が驚いた表情で、アルベルトを見つめた。
アルベルトは目を見開き、表情をぱっと輝かせた。
まるで「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかりに、身を乗り出す。
(なんか……嫌な予感がするなぁ)
「これらの芋は、昔からある植物なのだが、地の中に育つうえ泥に汚れ、見栄えが悪い。そのため、不浄なものとして食べられてこなかったのだ」
「それがだな……」
アルベルトはテーブルに両手をつき、さらに身を乗り出した。
「うちの娘が、主食として食べられるようにできないか、と提案したのじゃ!」
声が一段と大きくなる。
腰はすでに浮き、今にも立ち上がりそうな勢いだ。
リリアーナの鼓動が早くなる。
「そして芋を使った料理を開発し、実際に作ってくれた。私たちのために!」
熱く語るアルベルトとは対照的に、リリアーナの身体はどんどんこわばっていく。
「それを孤児院のバザーで出して広めようと言ったのも、うちの娘じゃ!なっ!」
アルベルトはにかっと口を広げ、リリアーナを見た。
「あは……あはは……」
リリアーナは、苦笑いを浮かべるしかなかった。
それからは、芋の話を交えながら、アルベルトの娘自慢が始まった。
いかに娘のリリアーナが優れているか。
そして、あの時食べたリリアーナの手作りの味が忘れられないことなど――。
アルベルトの独演会は、しばらく続いた。
(……穴があったら入りたい気分だわ。アグリア王国の皆様、ごめんなさい!)
アルベルトの話を聞きながら、カイリウスは静かにリリアーナを見ていた。
しかしそのことに、リリアーナは気付いていなかった。




