静かな眼差し
朝食後は、使節団との会談が待っていた。
七歳であるリリアーナも、アグリア王国の希望で参加することになっている。
この芋を使った料理を提案し、広めた者の話を聞きたいと、指名されたのだ。
リリアーナは小さく息を吐いた。
(あんまし出しゃばりたくないんだけどなぁ。ボロが出たら困るし)
しかし、朝食時にあれだけ父・アルベルトから推されてしまった以上、参加しないわけにもいかないだろう。
少しの休憩を挟み、アグリア王国との会談が始まった。
広い部屋に長いテーブル。
そこには、アグリア王国とアルディア王国、それぞれが向き合う形で座っている。
まだ幼いリリアーナの席は、父であり国王のアルベルトのすぐ隣。
目が届くよう配慮された席だった。
これまでの食事会で、少しはアルディアを好意的に思ってもらえたかもしれない。
だが、いつ戦が始まってもおかしくない状況だ。
緊張感の漂う中、会談が始まった――。
アグリア王国の官僚が口を開く。
「いやぁ……まさか姫様の提案だったとは驚きましたよ。まず、どうやってその情報を知ったのですか?」
別の官僚も続けた。
「これまでは食されていなかったのですよね?」
皆の視線がリリアーナに集まる。
カイリウスもまた、静かにこちらを見ていた。
「リリア……ゆっくりでいいから、話してみなさい」
アルベルトに促され、リリアーナはゆっくりと口を開いた。
「本で……見たことがあったんです。芋を作って食べている人達がいる、と」
そう言いながら、言葉を選ぶように続ける。
「まず、さつまいもは、痩せた土地でも育ちます。乾燥にも強いですし、収穫量も多いです」
(前世では、家庭菜園も手伝っていたから、このくらいはわかるわ)
一呼吸おき、さらに続けた。
「じゃがいもも、水はけの良い土地が必要となりますが、少ない土地でも多くの収穫量が望めます。しかも、どちらも腹持ちがよく、栄養価も高いです。今のこの時期にぴったりだと思い、お父様に提案させていただきました」
話し終え、アルベルトを見る。
アルベルトは大きく頷き、目を細め、満面の笑みでリリアーナを見ていた。
一通りの話を聞いたあと、官僚たちから感嘆の声が上がる。
「まだこんなに幼いのに、すごいですね!」
「そのお年で国のことを考えられるとは。これは将来が楽しみですね」
リリアーナは小さく身をすくめた。
(なんだか恥ずかしいわ……)
その時、先ほどまでずっと静かに見ていたカイリウスが、初めて口を開いた。
「……本を読んだだけで、そこまで考えつくものなのでしょうか」
リリアーナの胸が大きく跳ねる。
思わずカイリウスを見る。
その視線は、どこか疑うようにも感じられた。
「な、なんとなく印象が残っていて、覚えていたんです」
カイリウスの視線を受け、鼓動が早くなる。
「……それだけではなく、最初の料理も提案されたと聞きました。初めての食材のはずなのに」
額から一筋の汗が流れる。
(何か……疑ってる?)
その時、アルベルトが、大きく口を開いて笑った。
「うちのリリアは賢くてセンスがいいからのう。皆が思いつかぬようなことを、誰よりも早く考えつくんじゃ」
嬉しそうに語るアルベルト。
いつもの娘自慢が始まった。
皆が引きつった笑いを浮かべながら話を聞く中、リリアーナだけは落ち着かなかった。
カイリウスの冷ややかな視線。
まるで何かを探るような、疑うような目に、鼓動が収まらない。
この場にいる誰も、その視線に気付いてはいなかった。
皆がアルベルトの話に苦笑いを浮かべている中、ただ一人、カイリウスだけが、静かにリリアーナを見ていた。
ようやくアルベルトの娘自慢の話が終わり、一同はほっとした表情を浮かべる。
そして静かに、カイリウスが言った。
「……なるほど。素晴らしいですね」
にこりと微笑むカイリウス。
だが、その瞳はとても静かだった。
それがリリアーナには、かえって怖く感じられた。
(まるで、全てを見透かされているみたいだわ……)
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
会談は無事に終了した。
それぞれが席を立ち、部屋を後にする。
リリアーナも席を立ち、扉へ向かった。
(ずっと、見られてる……)
カイリウスの視線を感じる。
(……あまり関わらない方がよさそうだ)
あえて気づかないふりをして、リリアーナは目を伏せたまま部屋を出た。
明日、使節団は実際に栽培されている様子を見るために、現地へ向かうことになっている。
ようやく、アグリア王国の人たちがいない、いつもの生活に戻れる。
使節団がきてからというものの、城内には言葉に出来ない緊張感が漂っていた。
家族、仕える者たち、そしてリリアーナ自身も、どこか張り詰めた空気の中にいたのだ。
リリアーナは自室に戻り、ベッドに腰かけた。
「や〜っと明日、自由になれるー!」
大きく背伸びをし、そのままベッドに倒れ込む。
アグリアの使節団がいない生活。
それはリリアーナだけでなく、城内の者すべてにとって、緊張から解放される時間だった。
リリアーナの頬に、ふわりとしたぬくもりが触れる。
モルルだ。
その柔らかい毛並みを、リリアーナの頬に擦り寄せている。
「うふふ……くすぐったいわ」
その柔らかさとあたたかなぬくもりに、リリアーナは目を細めた。
「モルル、明日アグリアの人たちがいないから、部屋から出られるわよ」
すると、小さな魔獣モルルは、その場でぴょんぴょんと跳ねた。
まるで喜んでいるようだ。
「あなた……もしかして言葉がわかるの?ふふ、まさかね」
リリアーナはそっとモルルを抱きしめる。
「明日は一緒に遊ぼうね」
キュウ、 キュウ。
モルルは嬉しそうに声をあげた。




