第九節 ◇ 鍵
「次の『象徴』は何かしら。」
トロッコのへりにトキワと並んで座り、進む先を見ていたヒマワリは、耳とシッポをぴくぴく動かした。
「さあ、いつでも来なさい。どんな謎も、わたしたちで解いてみせるんだから。」
入道との戦いを終えたヒマワリは、とてものびのびとしているように思う。
トキワとヒマワリとボク。さんにんで笑っていられる時間は、あと、どのくらいなのだろう。
「手紙だ。」
トキワは、スッと飛び立ち、ひらひら落ちてくる手紙をくちばしでキャッチした。そして、いつものように空間をすべるように飛んで、トロッコに戻ってきた。
ボクは、トキワから封筒を受け取って中から手紙を取り出した。
┏━━━━━━━━━━━┓
『輝く鍵』
細く細く流れる滝は、
輝く世界への鍵となる。
┗━━━━━━━━━━━┛
「これは多分、アレよ。」
ヒマワリの視線の先には、これまで見てきた中で、いちばん奇妙な『象徴』が浮かんでいた。
「なんだ、この『象徴』は……。」
そこにあるのは、お茶を入れるときに使う赤茶色の丸い急須だった。その口からは、緑茶が流れ出ている。ふわりと湯気が出ているから温かいのだろう。手紙に書かれていた細く細く流れる滝は、急須から流れるお茶をさしているのは間違いない。
奇妙なのは、お茶が注がれている器だ。湯飲みではなく、お酒を注ぐときに使う徳利だった。
「この『象徴』はね、この道を作っていたときに見つけたの。あのときは、徳利に注がれるお茶の意味なんて、まったく理解できなかったわ。でも、なんか好きだったのよね、この『象徴』。」
ヒマワリは、愛しいものを見るような目で、目の前に浮かぶ、奇妙な『象徴』を見つめた。
「本来、徳利は酒を注ぎ入れるものだ。それなのに、酒ではなくお茶が注がれている。こんなに奇妙な『象徴』なのに、ヒマワリが好感を持っているということは、この『象徴』はヒマワリのためにあるのかもしれない。」
トキワは、視線を『象徴』からヒマワリに移した。
「ヒマワリには、お茶のように酒を飲む、親しい誰かがいたのではないだろうか。そして、その誰かに、酒を飲むことをひかえて、酒の代わりにお茶を飲んで欲しいと思っていたのではないだろうか。」
その言葉を聞いたヒマワリは、思い当たることがあるのか、ハッと息をのんだ。
「ええ、そうよ……。そう、そうなのよ。」
元の世界の記憶を、ほんの少し、取り戻したのかもしれない。ヒマワリは、肩を震わせて、そっと手を合わせた。
ヒマワリの奥にある、黒くて悲しい塊が、細く流れるお茶にとけていくように見えた。




