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逆さまの迷宮  作者: 福子
第四章 ◆ 木道
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第七節 ◇ 宇宙


 オオバコの帆が受け止める風はとてもおだやかで、スズランのトロッコをコトンコトンと進めてくれる。はやる気持ちはあるけれど、ボクたちがいるのは時間なんて存在しない世界だ。急いだところで、何かが変わるわけじゃない。


 ヒマワリは、ボクの腕の中で毛づくろいしている。

 トキワは、トロッコのへりで翼を休めて、風を浴びている。

 こんなふうに、ゆるやかに流れる時があってもいいじゃない。と、ボクは思った。


「この線路はね、使わないときはマグカップに隠しているの。この先にある、わたしの大切なものを入道に見つけられないようにするためよ。」


 スズランの優しい香りがボクたちを包みこむ。そういえばスズランには毒があるんだっけ、と思ったけれど、ヒマワリが操る植物は特別かもしれないと思い直した。


「ねえ、ヒマワリ。入道はどうなるのかな。」


 ボクは、バラバラになる影人間を思い出していた。トキワをあんな目にあわせた入道でも、誰かが死ぬのは見たくない。


「アイツは、わたしたちの欲望でできているの。倒れたとしても、この世界から欲望がなくならないかぎり、いつでも復活するわ。」


 ヒマワリの話を聞いて、トキワが苦笑いしている。


「それは、ちょっと困ったな。」


「困らないわよ。」


 ヒマワリが明るく力強く言った。


「入道が復活する前に、ここから出ればいいのよ。」


 単純明快な答え。

 ボクもトキワも、ヒマワリのまっすぐなところが大好きだ。


「あ、そうだ。ねえ、あなた、ちょっとしゃがんでくれる? 見せたいものがあるの。」


 ボクは、ヒマワリに言われた通りにしゃがみ、これを見て、とヒマワリが指しているトロッコの壁を見た。トキワもトロッコのへりからボクの肩に移った。


「さっき、ぽわっと光ったと思ったら、これが現れたのよ。」


 トロッコの内壁に、白い封筒がくっついている。ボクはあぐらを組んでヒマワリをその中に入れると、封筒を手に取り、封を切った。



 ┏━━━━━━━━━━━┓

 

     『世界』


   我々の住まう世界は

   常に逆さの中にある。


 ┗━━━━━━━━━━━┛



「ボクらが今いる、この世界のこと? たしかに、あべこべな世界だから、合ってる気がするけど。」


「まあ、そういうことではないだろうな。」


 トキワは、ははは……、と苦笑いした。


「その『象徴(シンボル)』なら、たぶん、アレのことね。」


 ヒマワリはボクに立ち上がるように言った。ボクはヒマワリを抱っこして、立ち上がった。

 ハサミが食いこんだ道が左手に見えた。


「あれが、さっきヒマワリが話してくれた、例のハサミか。」


「ええ、そうよ。あのままってことは、まだエネルギーは回復してないみたいね。」


 線路がゆるやかな下り坂にさしかかり、ボクらはハサミから線路の先に視線をもどした。


「そろそろ見えてくるわ。」


 ヒマワリの視線の先に、風船のような時計が二つ、浮かんでいた。黄色くて小さい時計がボクらの右手に、青色で大きい時計がボクらの左手に見える。


「小さくて黄色いのが月、大きくて青いのが地球よ。おそらく『象徴(シンボル)』の手紙に書かれていた、我々が住まう世界のことね。」


 白い世界に浮かぶ月と地球を交互に見たあとで、視線を正面にもどした。


「ねえ、ヒマワリ。アレは……、何?」


 黒くて丸いものが、線路を飲みこんでいる。少なくともボクには、そう見えた。


「ああ、それは……、」


 月を見ていたヒマワリは、視線を正面にもどすと、黒いカタマリを見て絶叫した。


「トロッコを止めて! あれはブラックホールよ! 吸いこまれたらどこに飛ばされるか分からない!」


 ブラックホール……?


「急げ!」


 トキワの声で我に返ったボクは慌ててブレーキを探したけれど、このトロッコにブレーキはなかった。ボクがブレーキを探しているあいだに、トキワとヒマワリはオオバコの帆を下ろしたけれど、下り坂だからかトロッコのスピードは落ちなかった。

 それどころか、スピードはどんどん上がっていって、黒いカタマリに向かって突進していく。


「ふせろ!」


 トキワが叫んだ。ボクはトキワとヒマワリを抱きしめてトロッコの中にうずくまった。そしてボクたちは、ブラックホールに飲みこまれていった。




 何も見えないし、何も聞こえない。

 重い闇がボクたちにのしかかる。

 息苦しさは感じないけれど、声は出ない。


 ――違う。声が出ないんじゃなくて、出した声が聞こえないんだ。ふたりと相談をしたいのに、これじゃあトキワたちと会話ができない。


 トキワと出会う前みたいだ。もっとも、あのときは声が吸いとられてしまったみたいに、ぼやけて聞こえたんだけど。今は、それすらも聞こえない。


 困ったな、と思ったボクは、何かヒントはないかと、トキワとヒマワリを抱っこしたまま立ち上がった。


 ――あれ? 向こうに、誰かいる。


 ボクたちの線路と平行に、別の線路がしかれている。その線路には、ボクたちが乗っているのと同じスズランのトロッコがあった。そこには、今のボクによく似たおさげ髪の女の子と、ゆるいウェーブの長い髪の女の人が、しっぽの長い白い猫を抱いて立っている。女の人は、ボクよりずっと年上で、入道と戦ったムラサキにそっくりだ。腕の中の白猫は、エメラルドグリーンの瞳をしている。


 ――あなたは、誰……?


 ボクは、おさげ髪の女の子に手をのばした。ボクの声は、ノドから出ると同時にブラックホールに消えていく。言葉は声ではなく、くちびるの動きでしかない。


 ――ワタシ ハ アナタ。アナタ ハ ワタシ。


 女の子のくちびるがそんな言葉を紡いだ瞬間、時計の秒針がカチッカチッとするどく響き、やわらかな光のカタマリが現れた。そしてそこから、線路がスルスルスルッと伸びた。


 おさげ髪の女の子が乗っているトロッコを見ると、同じように光のカタマリが現れて、そこから線路が伸びていた。


 おさげ髪の女の子と髪の長い女の人が、ボクたちに手をふっている。

 ボクも同じように手をふると、ボクたちのトロッコと女の子のトロッコは、それぞれ逆の方向に動き、ブラックホールから脱出した。




 ブラックホールを抜けると、急に音が溢れた。

 トロッコの音、時計の音、そして、ボクたちの声。


 ボクは、ブラックホールから抜けられたことにホッとしながら、オオバコの帆を広げた。


「あの女の子は、もう一人の君かもしれない。」


 トキワは、翼を整えながら言葉を続けた。


「結局、常に逆さの中にある、という言葉の意味は分からないままだが、もしかしたらブラックホールで出会った女の子が関わっているのかもしれないな。」


 オオバコの帆を張り終え、ボクはヒマワリを抱き上げた。


「そうかもしれないわね。そして、彼女たちには、またどこかで会いそうな気がするわ。」


「うん、ボクもそう思う。」


 トロッコは、さわやかな風を受けながら、コトンコトンと進んでいった。



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