094話 友達だからこそ★
下界リフリア西方。芸能に精通した学園の一つ、メノ・アカデメイアの敷地にルカは連行されていた。整った植栽や並木道、屋外ステージや噴水、公園など、まるで戯曲などの撮影に使われるような自然と人工のセットが巨大な敷地内に重鎮している。
今も尚、多くの学生達が撮影や打ち合わせなどを行っており、ミラ・アカデメイアとは別世界の光景にルカは場違いさを感じていた。
「……で、何故妾がここに呼び出されておるのじゃ?」
不機嫌顔を貼り付けた制服姿のミュウ・クリスタリアが愚痴を零す。
ルカとサキノが幻獣を追いかけている内に西方にまで移動しており、ポアロは決闘の場をメノ・アカデメイアの敷地内に設定した。というのも決闘の場を用意してもらうのに都合が良かったからだ。
「僕とルカりんの決闘の場を提供して欲しいんや。ミウらん秘境出せるやろ?」
要は戦場の確保だ。秘境を出たポアロが当てにしたのはミュウ独自の結界。幻獣に邪魔されることなく、また一般人の眼を忍びながら安心して決闘に臨むことが出来る環境を挙げれば、ミュウが作り出す結界が一番都合が良かったのだ。
しかし他人の面倒事にただ巻き込まれただけのミュウは納得がいくはずもなく。
「何故敵方である妾に頼るのかと聞いておるのじゃ!」
嗜欲の血眷の一人として敵対関係にある筈の自身を呼び出した事に、可愛らしく剣幕を荒立てながら追及する。
「この前学園の近況教えたお礼っちゅーことでどうや?」
「明確な答えになっておらんぞ!?」
「ええやん少しくらい。減るもんちゃうし」
「妾の魔力は減るのじゃが!? 魔界にでも行けばよかろう!?」
「嫌や! 僕から決闘しよう言い出したんに、ルカりんに魔界連れてって言うんカッコ悪過ぎるやろ!」
「妾に頼ることはどうして良しとするのじゃ!? その理屈がわからんぞ!」
ぎゃいぎゃい言い合う二人にルカは辟易した。消息不明で一年休学していたミュウがここのところ学園にまた通い始めているらしく、ただでさえ周囲の目を引く美貌っで話題を掻っ攫う大物が、名前すらも認知されていないだろう一般のポアロと問答しているのだ、目につかない訳が無い。
既に流れに身を任せる事を決め込んだルカの諦念を感じ取ったのか、ミュウは「見世物ではないぞ」と人払いを始めた。そんな凛乎とした態度ですら男子生徒は顔を赤らめ、女子生徒は熱狂的なまでの黄色い歓声を上げる。
違う意味でミュウも苦労してるんだな、とルカは眉を下げた。
「そもそもお主等決闘とは何事じゃ?」
「一人の女の子を取り合う熱いバトルっちゅーとこかいな」
「何を言うておる。戯曲の見過ぎじゃ」
「よう考えればそれもそうやな。昔ミウらんが演じとった『マイダーリン、私の全てを奪って』に似て――」
「止めろぉ!? その黒歴史を掘り返すなぁ!?」
蹲り顔を塞ぐ女の子らしい仕草を見せるミュウ。よっぽど心に残る失態なのだろうと、ルカは少しだけ興味が湧いた。
「ほな、秘境頼むで~」
「くぅっ!? 卑怯者ぉ! 絶対覚えておきなさいよ!? いつか切り刻んでやるんだからっ!!」
ケラケラ笑い、人の弱みに付け込んで約束を取り付けるポアロに「長生きしないタイプだな」とルカは心の中でミュウに同情した。
涙目で睨み付けながらぶつぶつと怨念のような小言を吐き散らしたミュウは、周囲の視線の有無を探知する。時機を見計らいながら指をパチンと鳴らすと、ショッピングモールで体験したような疑似の秘境が展開された。
薄蒼に染まる世界を認めたポアロは戦意を再燃させてルカに向き直る。
「すまんなルカりん。待たせてもうたな」
「ここまで全て計算済みか?」
「それは流石に疑い過ぎやで。ミウらんが渋るのは予想外やったけどな」
「渋らん方がどう考えてもおかしいじゃろ」
ネックレスを引きちぎり重槍を出現させたポアロは戦闘態勢に入る。やるしかないのか、とルカは翠眼を解放して身体を強化、ミュウは一跳で高所へと退避し長いおみ足を組み見守る。
太陽が少年二人を焼き、涼やかな空気が一変。重苦しい空気を引き連れた戦場に戦火が投下された。
「ほな、行くで」
仕掛けたのはポアロ。距離を一瞬で詰め、若葉色の軌跡を空に記していく。
刺突、斬り払い、円舞、重槍を軽々と使いこなすポアロだが、ルカは難なく猛撃を回避する。右下から振り払われる槍を右脚の踏撃で撃ち落としたルカは反発の勢いを利用して小さく跳び、
「っ!?」
「ッッふ!!」
右脚の上段回し蹴りを見舞った。寸前で左腕を割り込ませて直撃を防いだポアロは左腕を痺れさせ、地を擦過する。
「いったぁ! 流石ルカりんやな。武器振り回しとるだけじゃ勝てる気せえへんわ」
両足で後退を踏み留めたポアロは突進するルカの姿を視認しては槍を横に薙ぐ。
瞬間、ルカは上部から降り来る途轍もない力に地へと叩き潰された。
「ぁぐっ!?」
「ま、これが僕の真骨頂やしな。制圧戦では負けへん、でっ!!」
重力。
行動の一切を抑制され身動きを封じる。巨大な魔物ですら地を這う事はなくとも、自由を奪われる圧潰は体感すると脅威がよくわかる。
身体強化を全身に伝播していたルカは重力場に投げ込まれた槍を回避するため一時黒眼へと転換。すんなりと荷が下りたかのように取り戻した自由に、地を転回して危うく回避に成功する。
「おおっ! 初撃で躱したんはルカりんが初めてやで! 対人戦は初めてやけど」
「口数の減らない奴だなっ!」
驚喜のように叫ぶポアロを捨て置き、蹶然と立ち上がったルカは黒眼のまま迂回して重力地帯から抜け出る。再度翠眼を解放してはポアロへと特攻しようと目論むも。
「アカンで、僕が何も次善の策考えとらんと思うたか?」
「っ!?」
ポアロの右腕を引き戻す身振りと同時に横から迫り来る風切り音。ルカは咄嗟に紫紺眼で結界を創造し、飛来してきた何かを辛うじて防いだ。
飛来物の正体はポアロの得物。羽衣を巧みに操り、遠隔攻撃を可としていたのだ。
しかしまずい、と。ルカがそう思った時には既に時は遅い。
新たに展開された重力が結界を割り砕きながらルカを圧し潰していた。
「あがっ!?」
「面倒臭いやろ? 僕の重力。これで仕舞いや」
布のようにはためく羽衣を操舵しては、槍を刺突せんとルカへと差し向ける。魔力消失させてからの回避行動はもう遅い、少なからず負傷を負うことを確信したポアロだったが。
ズドンっ、と。槍は地へと突き刺さった。
「はっ!?」
逃げられる筈がない、そう高を括っていたのはポアロだけだった。クラウチングスタートの要領でポアロとの距離を詰め出したルカの瞳は黄色。効果は無力化。
魔力による束縛を魔力によって無力化するという非常事態に、ポアロは驚倒の声を漏らした。
一直線に重力地帯を抜けたルカは即座に翠眼を解放し神速で懐へと飛び込む。
「何も次善の策を考えてないとでも思ったか?」
「そのまま返されたっ! 悔しいっ! 痛っ、痛たたたた!? ルカりんアカン、タンマや!」
「好き勝手しやがって何が駄目だ」
羽衣を手放してルカの打撃を辛くも受け止めていくポアロ。身体能力が向上したルカの攻撃に着いていくことは困難で徐々に防御が剥がされていく。
「くっ!? あんまし魔力使わせんといてや!?」
己は無害だと認知しているからこその巻き込みの重力を真上に振り注ぐが、ルカは寸前で身体強化を解放。黒眼による素の肉弾戦を執行していく。
「もう喰らわん」
「順応力高過ぎやろ! 僕の能力全部看破されとんのかいな!?」
「一度共闘したからな。手の内は全部見させてもらったぞ」
身体強化時よりも劣る殴蹴撃はポアロに若干の余裕を生ませた。しかし矢庭に距離を開こうと試みるも、ルカの執拗な連撃は止まらない。重力地帯を突破されると即座に創造で逆刃刀を生成し、強烈な打撃を振り回してくる。たどたどしい様子で回避していくが、ルカの発言を聞きポアロ・マートンは笑う。
「――それを聞けて安心したよ。僕の能力はまだ半分しか見せていない」
言葉遣いが変わった。
瞬時にポアロと入れ替わったマートンの魔力を練る気配に、ルカは逆刃刀を消失させて自力の殴撃を繰り出した。
しかし。
「なっ――」
ガクンっとルカは地に叩き伏せられる。
困惑が霞むほどの大きな隙。マートンの渾身の蹴撃が腹部へと飛来してルカは吹き飛んだ。
「がはっっ!?」
魔力は解除した筈だった。墜落したルカは地を転がりながら省みる――余裕もなく眼前へ飛び込んで来たマートンの重槍を創造した逆刃刀で防御する。
「僕はポアロのように優しくはないよ」
流動的な大円舞。槍も、身体も空間でさえも有効に使う鬼神の姿はまるで別人。戦いを楽しむでもなく、ただただ任務を執行するかのような。そう、それはまさにポアロが幸樹の下で談じたかのような冷酷な『仕事人』のよう。
突如として入れ替わった人格と奇妙な槍捌きにルカは攻勢に出られない。
決して速度が早いと言う訳ではない。手数が多いのだ。まるで受け手が嫌がるかのような隆盛な攻撃を流れるように繰り出し、地味でありながら徐々に背水へ追い込まれていくような。
「粘るね、意外と」
右薙ぎでルカの髪を攫った重槍はマートンの背後へ。反撃に繰り出そうとしていたルカを視界の片隅に、マートンは流れる動作で若葉色の羽衣を伸長させルカの周囲を包囲する。
しまった、ルカが遅まきながら危機を募らせた時には、マートンは左腕を手繰り寄せルカを纏縛していた。決定機を作り出したマートンは十全な予備動作を経た重槍を煌めかし、一直線にルカへと突貫させる――が。
「この程度でっ!」
翠眼を開眼させたルカは上半身を拘束されているにも関わらず、自由の利く下半身だけで全力の蹴り上げを敢行。柄を叩き上げられた重槍はマートンの手から離れ、渾身の遠心力を持ってルカの背後へと飛来していく。
羽衣に捕縛されているルカも重槍の動きに連動しては宙へ投げ出される。
その様相に、右手を痺れさせたマートンは双眸を狭窄させては魔力を練り上げ。
「…………」
ルカは翠眼を解除し、マートンの重力の展開を受け入れた。
重力場の発生により脚部からの着地に成功したルカは、続けて体の全面を地へと接着させる。
追撃に備えて顔を振り上げるも、マートンに追撃の様子は見られない。
「うぐぐぐ……」
重力場に抗う素振りを見せるルカにマートンは近付こうともしない。
戦闘の小康にマートンは呆れた様子で声を投げる。
「……いつまで演技をするつもりだい」
「うぎぎ――バレてたか……」
重力に苦しんでいた筈のルカは翠眼を発動させ、何事もなかったかのようにスッと立ち上がった。
「どうして僕の重力をわざと喰らった?」
「能力の確認の為だな」
「?」
身体に取り巻かれていた羽衣を悠長に解きながら二人の問答は繰り広げられる。
「アポロ――お前のもう一人の人格の能力は魔力に反応する重力だ、それは間違いない。そして今のお前をマートンだと名付けるとすれば、マートンの能力は反転する。つまり無魔力に反応するのがマートンの能力だろ。重力を無力化させるにもまた逆、魔力を練ればいいだけだ」
「気付いていたのかい。流石高い順応力を誇るルカ君だね」
ポアロ・マートンは二つの人格を持つ人間だ。気さくな性格で関西弁の人格をポアロだと呼称すれば、魔力に反応する重力を扱うのがポアロだ。そしてもう一人の人格マートンにも異なる性質の重力を操ることが出来る。それがポアロでは無し得なかった無魔力の相手への重力だ。
互いの得手不得手を補完し合う能力――二人の人格が存在することによって欠陥を生んでしまった能力を、事実確認の為にルカは我が身を犠牲に受けたのだ。
「それに――」
更にルカがわざと重力を喫した本当の理由はもう一つある。
「お前が身体強化時にある俺に駄目元で重力を繰り出したのは、身動きの取れない俺の不時着を阻止するためだろう」
「……っ」
マートンの騎士然とした眉に微かな動揺が生じた。しかし毅然とした態度を崩さず鼻を鳴らし、解き終えた羽衣を放り捨てたルカへ小さな溜息をつく。
「何を甘えた事を言っているんだい? そんなわけないだろう」
「俺が脚から着地出来る体勢であることを確認した上での重力の展開、追撃を仕掛けてこなかったのもそういうことじゃないのか? 例え演技だったとしても充分隙だらけだった筈だ」
ルカが着眼したはマートンの違和感だ。翠眼を解放したまま拘束されているルカが自滅のように吹き飛んだのを、効果がないと分かっている筈なのに重力を展開しようとした事。重力の発動がルカが安全に着地に至れるタイミングであった事。重槍の遠心力でどう墜落するか不明で危険な状態を傍観、もしくは好機と捉え追撃に充てなかった事。いくら演技だったとはいえ、捕縛状態にあるルカへ追撃を執行しなかった事。
ある目的の為にルカを打ち負かそうとしているポアロ・マートンにしては行動が甘すぎる。苛烈な攻撃を演じ、自ら「ポアロのようには優しくない」とまで言い放ったマートンにしては。
しかしマートンはそんなルカの甘言を認めはしない。
「高い順応性を持つルカ君なら魔力を解除すると思っただけだし、タイミングはたまたまだろう。追撃は武器も持っていかれたまま、迂闊に近付くのは危険だと判断したまでだよ。あくまでそれは君の憶測だろう? たまたま噛み合わなかっただけだよ」
「たまたま、ね……俺を倒してラヴィを引き離そうとしている奴の駆け引きとは思えない甘さだぞ」
「よく人の事を言えるね。君だって逆刃刀で対抗しているじゃないか。勝つ気が無く、よっぽど僕にリアちゃんを奪われたいと見えるよ」
「負ける気はないな。だけど勝つ気がないのはお前も同じだろ。致命傷を与えようともせず、回避可能な範囲での攻撃を繰り返してる。お前の目的は……なんだ?」
厄介な連撃を繰り出してきていたのは事実だ。しかしそこに好意を持つラヴィを奪うためといった怨嗟は籠っていない。本当にルカが気に入らないのであれば攻撃範囲・射程距離の広い重槍でルカを叩き斬り、戦闘不能に追い込む未来もあっただろう。しかしルカの身体は重力と打撃によって体力の疲弊はあるものの、目立った裂傷はない。いくらルカが回避に専念したところで、怒涛の連撃に裂傷の一つも負わないというのは無理がある話だ。
理解の出来ないマートンの行動にルカは猜疑を孕むも、マートンは苛立ちを募らせる。
「先程から何を……僕のやる事為す事全てを自分のいいように解釈して。それがリアちゃんの悪影響だって言っているんだ。だから君からリアちゃんを隔絶させようとしているまでだよ」
「俺にはお前がどうしても敵対しているようには見えないな。だから俺はお前を無闇矢鱈と傷付けることはしない」
それは一種の同情だろうか。
戦意を剥き出しにしている筈のマートンは、どれだけ己が獰猛を気取って攻めかかってもルカは答えてくれない事を悟り地を強く踏み付けた。
「……っ! じゃあそのまま僕に敗れてリアちゃんを失えばいいさ!」
「このまま続けても平行線だぞ」
迂遠に「お前が俺を倒す事は出来ない」と言われているようで、マートンの矜持と血管はプツンと音を切断させた。
「何なんだよ君は! 大事な親友が賭かっていても勝つつもりもない! どれだけ自分が傷付いても、僕を傷つけず負けないようにだけ立ち回る! どうしてそんな自分を犠牲にして全てを受け入れるんだ!?」
「お前に――ポアロ・マートンに認めさせるため」
――意味が分からない。屈しない自分の実力を認めさせるため? リアちゃんとの曖昧な関係性を認めさせるため? どんな困難が待ち受けていたとしても超克出来ると証明するため?
――わからないわからない。この男がわからない。
顔を顰めながら懊悩するマートンに、高台に座するミュウは妖艶に笑う。その瞳はまるで「面白いじゃろう、その男子は」と言っているようだった。
そしてマートンの内側からは「もうええやろ、ルカりん滅多刺しにしてまで言う事聞かせようとしとらんのバレた時点で僕等の負けや」と諦念の声が頭へと流れ込んでくる。
――うるさいうるさい。認めるわけにはいかないんだ。僕等の悲願の為には二人の関係を絶対に認めちゃいけないんだ。
「じゃあ僕が腕の一本でも斬り落とせば君のその曖昧な態度も認めると言ったら、君は実行するのか!? あぁ、そうだそうしよう! 斬り落としでもすればリアちゃんとの関係も君の全ても認めよう! 現世に戻れば復元するとは言え、腕の一本を失えばどれだけの寿命が――」
「なんだ、そんなことでいいのか」
「「は?」」
懐疑の声が二つ落とされ、ルカは構わず漆黒の刀を創造する。
二人が見守る中で剣呑な輝きを持つ黒刀を脇の下へと宛がい、ルカは大きく息を吐く。
「お主っ、まさか――!」
「ふっ!!」
ミュウの驚愕の声を厭わずルカは刀を振り抜く。
刃が大量の鮮血を引き連れ宙を彩り、たちどころに地面を斑点で染色した。
「……っ!?」
瞠目するマートンとミュウは唖然と絶句が支配した半開きの口を無様に晒す。
血溜まりがルカの痛苦に歪む顔を写しており、落下した雫が更なる波紋を作り出していた。
「っ痛……自分で斬り落とすって上手くいかないもんだな……」
どくどく流れ出る血潮。半分ほど刻まれた腕は接続を保っているものの、完全に正気の沙汰ではない。
「馬鹿かお主はっ!!」
高台から飛び降りたミュウは瞬発的にルカへと駆け寄る。
切断を実行しきれなかったルカは再度腕へと刀を宛がうがミュウは刀を取り上げ、有無を言わさず己の能力の糸で縫合を始めた。
「死ぬことを考えんかったのか!?」
「現世に戻ったら元に戻るんだろ」
「出血過多で死ぬぞ!?」
「あー、それは考えてなかったわ。でも俺が死んだ方がミュウの目的も果たしやすくなるんじゃなかったか?」
「うるさい!! 少し黙っておれ!!」
何故ミュウが治療をしてくれているのか理解に及ばないルカだったが、潤んだ目で鬼の形相を浮かべるミュウを前に続きの言葉は口から出なかった。
手がルカの血で塗れるのも厭わずミュウが齷齪と縫合を続ける中、あまりの驚愕の光景に言葉を失っていたマートンが代わりに口を開く。
「……何で。腕は元に戻るとはいえ、斬り落とすことに恐怖はないのかい……? 寿命が削られることに抵抗はないのかい!?」
信じがたい自殺行為の執行に半狂乱のように叫ぶマートン。
手元であわあわしているミュウの赤髪に視線を落としていたルカは紺碧色の瞳と視線を交換し、ぞんざいに告げる。
「別に?」
返って来た答えにマートンは驚きに頭を殴られたかのように衝撃を受ける。
「どうして一切の躊躇なくそのような行動を取れる……?」
「こうすれば今の俺とラヴィの立場を認めてくれるんだろ?」
「そうは言ってもだ! 君はリアちゃんに何の感情も持っていないじゃないか! それなのにどうして!? 何が君をそうまで突き動かす!?」
理解が及ばない未知の思考にマートンは頭を搔き乱しながら叫ぶ。
激情するマートンの姿にルカは表情を崩さずに、泰然と向き合い負を語る。
「腕が無くなろうと寿命が削られようと、そんな未来の話より今が『認められない』事の方がよっぽど嫌だから」
それは生来感情の喪失によって『認められなかった』ルカの負。認められたとしても都合の良いように使われる偽りの認知。
これまでのルカの行いがあったからこその人間関係を否定されるのは、今のルカにとっては嫌悪でしかないのだ。こんな自分にでも連れ添ってくれた友達を否定されるのは尚更。
「認め、させるのなら、力で示せばいいじゃないか……」
「その屈服の先で、お前は心から認める事は出来るのか?」
自分が犠牲にならずとも決闘の場を利用して、力で言い聞かせればいいだろう、と。
そんなルカの疑問にマートンは反論できなかった。例えルカが全てを駆使してマートンを打ち負かしたとしても、残るのは蟠りだけで認める事は出来なかっただろう。結局のところ残るのは逆恨みや他責、憤慨など負感情のものばかり。晴れやかに認める事など出来ない筈だ。
「……俺はついこの間まで友達、親友って言っても信頼の意味すらもわからなかった。ただ場に流されて自分で考えることをしなかった。それを言い訳にするつもりはないが、恋愛なんて微塵も理解出来ていない。ラヴィに特別視されてることはわかるが、その好意の意味が分からない。だから俺はラヴィの気持ちに答えてやることは……出来ない」
その言葉に俯きかけていたマートンの顔が上がる。
「だからこそ、知りたい。人を想う気持ちってものを。人に想われる感情ってものを。曖昧な考えで結論を出す事は出来ない。何もしてやれないまま、何も感情を抱かないまま、なぁなぁでラヴィを余計に傷付ける事はしたくない。大切な親友だからこそ」
ポアロ・マートンは履き違えていた。順応性や受動性は確かにルカの本質だ。その本質だけでルカの未来を憶測するのであれば、まるで操り人形のようにルカが唯々諾々となる未来は容易に想像出来る事だろう。ポアロ・マートンが懸念していたのはルカがラヴィの好意に、自己判断せず従順になることだった。
けれどそれらを自覚しているからこそ軽薄な答えは出せないとルカは表明しているのだ。人に流されてきた過去があるからこそ、己なりの芯を持って傷付けないように。
しかしマートンにはいくら口上を並べても、どうしても看過出来ない現状の疑問が駐在していた。
「親友親友って言うが……ルカ君は現状に満足しているみたいだけれど、告白の返事を待つリアちゃんはどうなんだ!?」
その叱咤のような声にルカは唖然と。
「……? 告白って何の事?」
「……は? いや、リアちゃんが、君、に……」
「されたことないけど?」
三者の間に長い長い空白が落とされる。
首を傾げるルカと、縫合を終えマートンに引き気味のミュウ、そして開いた口が塞がらないマートンは驚愕を言葉に乗せて叫んだ。
「あれだけべったりで好き好きオーラ全開なのに一度も!?」
「一度も」
「冗談だろう!?」
「いや、本当」
「…………」
マートンはまたまた履き違えていた。
待たされるラヴィの気持ちを考えたことがあるか。それはラヴィがルカへ想いを伝えた前提で進められていた話だ。恋愛に無頓着なルカがいつまでも等閑に結論を出していない事を推測した上での叱責だ。
しかしラヴィが想いを伝えていないとなれば話は変わる。ものの見事に空回りしていたラヴィへの配慮は、一気に白紙へと戻されたのだ。
「だから人様の色恋沙汰を詮索するのはご法度じゃと言ったじゃろ……」
まるで塵を見るかのような目で見下すミュウに、こほん、と咳払いを一度したマートンは。
「あっ。おい、マートン逃げんなや。言いたい事あるんなら自分で言え。おい! ……はぁ、引き籠ってもうたわ……すまんなルカりん」
逃げた。ポアロと入れ替わり、己の失態を隠すように。
「で、この勝負はどう決着が着いたんだ? まだやるのか?」
「腕斬り落とそうとしておいてまだやる気なんかいな……流石にそこまで酷な事はさせん、僕等の負けや。やけどマートンが伝えたい事あんねんて」
ルカの覚悟に潔く負けを認めるポアロと、もう一人の人格に隠れたマートンが内心で会話をする。
「お前ほんと面倒臭いやっちゃな……『やっぱり認められない。君のその目先だけに囚われた生き方は……自分を犠牲にするやり方は必ずリアちゃんを不幸にする。だから認められない』やと。やれやれやでほんま」
「お主ここまでさせておいて認めんとは、とことんクズじゃの」
「僕に言わんといてや」
「同一体じゃろ」
腕を斬り落とせば認めるとまで豪語しておいて、いざ実行してみても認めないマートンにミュウが侮蔑を口走る。人格は違っても同一人物であることに変わりはないとポアロを責め立てるが、続報にポアロはミュウを制止させた。
「『けれど、少しは君の事を許せた……かもしれない』ってそんなこと自分で言えって言うてんのに……すまんなルカりん。マートンは知らんが、僕はもう君とリアちゃんの間柄に口出しするつもりはない。好きにしてや」
「いいんだな?」
「律儀やの。今更やけどわざわざ他人の言う事聞くのがおかしいやろ。確認なんか取らんでええねん」
「そうか。ありがとう」
「……ほんま、けったいやのう」
犠牲はあった。
しかし、守るべきものは守れた。その事実だけでルカは満足だった。
この先、ラヴィと己がどうなるかなんてわからない。ラヴィが望む未来が有り得るかもしれないし、別離の未来もあるのかもしれない。
けれど未来は人に決められるものではない。それは神様にだって。
だから双方の意思に関係なく仲を違う事は嫌だったのかもしれない。
己が人間らしい感情を心にした時、初めて道が切り拓かれるような気がして。
終始溜息に溢れるミュウが二人の会話を見守り、ルカとポアロ・マートンの決闘の閉幕に秘境は崩壊を迎えた。
三人が異空間へ飛んだ事、そして戻って来た事すら感受する事の無いメノ・アカデメイア生徒達は、にこやかに、時に怒った演技を見せながら普段通りの日常を送っている。
何に付き合わされていたのかと難色を呈するミュウを他所に、ルカの携帯電話が鳴り響いた。
『ルカ、タス、タスケテ……オニガ、オニガクルヨ……』
声の芯から怯え切っているラヴィの様相に只事ではないと察したルカは声を張ろうとするも。
『音を上げるにはまだまだ尚早よ。次はこのページ、二分で完璧に覚えて』
『あぎゃああああああっっ!? 見つかったぁ!? 無理無理無理無理! 許してぇ!!』
『許す? 何を寝惚けたことを言ってるの? 私がアンタを許す時は考査でしっかり点を取った時よ。それまではみっちり扱くつもりだから』
『ルカアアアアアアアァァァァァァァ…………』
救命嘆願、鬼の依命、阿鼻叫喚。どうやらココに教示を願ったところ、凶悪指導過ぎて逃げ回っていたラヴィが己に助けを求めたと、一連の流れを携帯電話の反対側からの声にて察する。
「何事だよ全く……」
自主学習会の難航に辟易したルカは、距離のあるミラ・アカデメイアへと駆けていく。その背中を見送ったミュウは組んだ腕で己の巨峰を持ち上げながら横の少年へと問いをかける。
「おい、マートン。ルカ・ローハートが去った故聞くが、お主あれだけうだうだ言うておいてラヴィリア・ミィルの事さほど好いておらんじゃろ」
突如突きつけられた含蓄のある疑惑にポアロは眼を白黒させる。
「なんやのいきなり、そんな訳あるかい。あれかー? 女の勘っちゅーやつかぁ!? なはははは! 女の勘も中々当てにならんなぁ!」
「たわけ。物心付いた頃から億劫有り余るほどの好色の目に晒されてきた妾の眼を誤魔化せるとでも思うたか?」
小馬鹿にするようにケラケラ笑うポアロに、異性の好意へ高い透視眼を盛るミュウは確信を持って断ずる。
しかしポアロは肩を竦めてやれやれ、と言った仕草を作った。
「僕がリアちゃんの事好きやなかったら、何でルカりんとリアちゃんの仲裂こうとすんねん。全ては僕とリアちゃんの未来の為。言いがかりは止してや」
「あくまで白を切るつもりか?」
「白を切るも何も事実やもん。出会った頃からの一目惚れ。人を好き続けるのに理由なんかいらんやろ? そもそも人の色恋に口出しすんのはアカンかったちゃうんか?」
「相手がお主じゃからな。独り言と同じじゃ」
「胸が痛いっ! 僕は空気か!? 喋る空気か!? 何やねん喋る空気て!」
一人で喧しいポアロに顔を引きつらせ、話は終わりだとミュウは校舎へと向けて脚を踏み出した。
「まぁ、よかろう。お主の魂胆が見えん内はそう思っておいてやるわ。じゃが、妾の楽しみの邪魔だけはするでないぞ」
紫外線を弾くほどに煌びやかな赤髪を揺らめかし、ミュウは颯爽とポアロの元を去っていく。その可憐で優美な風采に多くの女生徒達が寄り付いては同行していく様をポアロは背後から一人眺め。
「ミウらんの楽しみって何やねん……」
大物芸能人の読めない警告に独白が漏れたのだった。




