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091話 打診

 二輪の花を騎士団の象徴とする本拠がざわついている。

 時折晴れ間が覗く庭園を雅に進む道中、そして騎士団内に踏み入り通路を往く傍ら、多くの視線が水色ドレスの兎の美少女へと向いていた。

 視線の正体は【クロユリ騎士団】女性団員達だ。同性ながらに眼を引く佇まい、華があり、麗らかで、世界でも稀なる戦う王女――ラグロックの戦王女シュリア・ワンダーガーデンが好奇の目を集めてしまうのも至極当然だった。

 黄色に濡れる声音は止むことを知らない。



「あの視線と空気は何とかならないかしら?」

「ま~ま~、姫なんだから慣れてるっしょ? 世にも奇妙な戦姫(せんき)様っ」

「奇妙と言わないで頂戴。不快だわ」



 抑揚の少ない億劫そうな声を告げるシュリアへと返答するのは頭の後ろで手を組み歩くレラだ。まるで王女相手とは思えない会話に団員達はハラハラ、裏側では幹部の肝っ玉に感嘆を抱く。

 まるで旧友のような接し方を続けるレラと、つんとした平静の態度のシュリアは長い廊下を渡り一つの部屋へと辿り着いた。



「だんちょー、連れて来たよん」

「ありがとうレラ」



 先日【夜光騎士団】を交えて行われた合同会議に使用された会議室と類似した個室。僅かに宝玉のような調達品が置かれているなどの差異はあるものの、本質的な造りは似通っている。

 その上座に既に座して待機していたのは勿論【クロユリ騎士団】団長のソアラだ。シュリアの姿を目に収めると立ち上がり胸に手を当て軽く頭を下げる。



「遠路遥々ようこそお越しくださいました、シュリア姫」

「久方ぶりねソアラ。ステラⅢの頃以来だし三年以上前かしら? それよりその堅苦しい喋り方は止めて頂戴」

「おっと、すまない。いやはや、団長として上流階級の者に対する仮面が張り付いてしまってな……」



 入室したレラから案内を引き継いだ幹部のアルアは、シュリアをソアラの正面へと誘導する。

 とさっ、と柔らかい音をソファとの間に介在させて、シュリアは頬を揉むソアラに対面した。



「相変わらず真面目ね。そんな生き方疲れるでしょう?」

「シュリアみたいに自由には生きられんさ」

「皮肉かしら?」

「いやいや、礼賛だよ。理想的な生き方なのは間違いない」



 手際よく紅茶を淹れ差し出すアルアに淡く微笑む。口を閉ざしたまま礼を受け取ったアルアは浅く頭を下げ、ドアの付近で待機するレラの隣へと並ぶ。



「さて、積もる話もあるが、まずはシュリアの本題から進めて行こうか。大まかな事情は通牒で把捉はしたが、経緯や現状、一国の長として今後の方針の詳細を聞かせてくれ」

「ええ、わかったわ」



 ソアラの議題展開を皮切りに、シュリアは紅茶で喉を潤してラグロックの状勢を語り始めた。


 鉱山都市ラグロックは都市の六箇所にラグロック産の魔力製品を設置して結界を張り、魔物の侵入を防ぐ仕組を採用している。魔物に『認識されない』独自の結界であるリフリアの結界と異なり、ラグロックの結界は認識こそされているものの強度が一線を画しているため、これまで魔物の侵攻に耐えることが可能だったのだ。


 しかし約二か月程前の深夜、悪夢が始まった。過去に一度も侵入を許したことのなかった結界が何者かによって破られ、次々と魔物がラグロックへと雪崩込んだ。

 防衛隊が中心となって魔物を喰い止め、住民を都市の内地へと避難させる緊急作業は混乱を生じていたがさほど苦ではなかった。魔物自体も魔力による攻撃を繰り出してくるが、護衛任務で戦闘に慣れた戦士達にとっては大した脅威ではない事が唯一住民達の心の救いだっただろう。

 たった一つの誤算を除いては。


 防衛隊が順調に魔物を退け、民の避難の目途が立った時だった。油断、安心をぶちまけるかの如く闇に乗じたガーゴイルが防衛隊の者達を葬っていった。絶対数は少ないガーゴイルだが戦闘経験がある者はラグロックに存在していた為 至急討伐隊が結成された。

 だがまるで歯が立たない。討伐隊の者達は「こんな筈じゃ」「別格だ」と遺言を残しながら息絶えていった。満月の夜に夜空を飛行する悪魔は容赦なくラグロックの戦力を奪っていく。戦力の減少は魔物の侵攻度を比例して増加させていくが、いつの間にかガーゴイルは姿を消していた。


 魔物の侵攻に民達が不眠不休で破壊された結界の再構築に尽力する中、シュリアは居ても立っても居られずに戦場へと乗り出した。

 たった一人の戦力補充で戦況は快方へと向かい、シュリアは民達の心を大いに安心させるに至った。

 しかしシュリアと防衛隊の生き残りには懸念が一つ残されている。それがガーゴイルだ。

 民達全員が疲労を共有しながらラグロックの防衛に成功し、土地面積を狭めた結界の再起動を成し遂げ、安息の日々が戻ったのも束の間――約一月後、悪夢は再び訪れた。


 シュリアは都市の混乱に一早く察知し戦場へと駆け、目にした魔物がガーゴイルだった。黒い靄を纏い普段より赤い眼光は剣呑さを帯びる異質なガーゴイル。それがシュリアには前回都市の結界を破壊し、絶望の波を引き起こした魔物だと直感が早鐘を打った。シュリアは瞋恚に焼かれ一人立ち向かった。けれど謎の強化を遂げたガーゴイルにはシュリアの攻撃も塵芥に過ぎない。王女を守ろうと防衛隊も続いて討伐に繰り出すが、ガーゴイルは嘲笑うかのように人々を蹂躙していく。

 遂には魔物の侵攻も喰い止める事が苦しくなったラグロックは都市の更に半分を放棄し、内地へと避難するしかなかった。

 それでもシュリアは戦った。一人、また一人と血を吹き出して倒れていく宝。守れない弱さ。シュリアの中で何かが切れた。


 気付いた時には屍が積み上げられていた。

 大量の魔物達の。そして都市の戦士達の。

 ガーゴイルの骸はそこには無かった。

 シュリア達ラグロック民は犠牲者達を埋葬・哀悼する時間すら与えられず、都市会議に追われた。


 超短期間での強化結界の作成、加工場・採掘場の修繕、縮小した生活圏の復旧・共同生活、物資難、疲労や鬱積、恐怖に不安。解消しなければならない問題は思考が焼かれるほどに山積していた。復旧が早いか滅亡が早いか。先の見えない隧道に人々は錯乱し音を上げた。

 そんな人々を見るシュリアは途轍もなく心を痛め――移住を決意したのだ。

 頼れる都市候補は幾つかあったが、ラグロック民の恐怖の緩和を第一に考えた結果、独自の結界で被害報告の無いリフリアに懇請することを決め、シュリア自らが交渉へ赴いたのが全ての経緯だ。


 現在ラグロックではせめてもの二重結界を敷き、民達は規模を縮小させ魔力製品の生産に当たっている。しかしやはり覇気は見られず、魔物の脅威に怯える毎日を暮らしているという。

 簡単に解決出来る問題より難題が多いため、先行きに不安が募るのは仕方がないだろう。


 シュリアはソアラへ民達の移住の件を打診する。多くは望まない、リフリアの利を許容してでも彼等に安息の地を与えてあげて欲しい、と一国の主として頭を下げるシュリアにソアラはチラ、と壁際にある調達品を一瞥する。



「話は分かった。こちらも色々と問題を抱えている為今すぐにと言う訳にはいかんが、ラグロックの卓越した技術は今や世界の人々の生活には欠かせないだろう。今では使われていない工業地帯もある。時間は貰うが前向きに検討しよう」

「ありがとう、ソアラ」



 リフリアの繁栄を考えれば魅力的な提案ではあるものの、おいそれと容易に許可出来るような単純な話ではない。リフリアで『とある権能』を持つ【クロユリ騎士団】ならではの問題が浮上し、ソアラは誤魔化すように延引した。

 話の一段落に、話題を逸らすかの如く、シュリアが一人で護衛を受けて都市へ来たことにソアラは憂慮を滲ませる。



「ラグロックへの帰還はいつ頃を予定している? 差し支えなければクロユリから護衛を出すが」

「あら優しいのね。でも結構よ。その代わりに一つお願いがあるの」

「ほう?」

「帰りの護衛はルカ様にお願いしたいのだけど、ルカ様の騎士団を教えて貰えるかしら?」



 どれだけの可能性を熟考しても一国の姫とは繋がりようのない下界住まいのルカという人名に、ソアラは訝しげに空白を作る。



「……ルカ、とはルカ・ローハートの事か? 何故シュリアの口からローハートの名が出る?」

「そう、ルカ・ローハート様。ルカ様には、昨夜ゲトス山地で魔物に襲われているところを助けて貰ったのよ」

「……【夜光騎士団】に続きシュリアにまでか……事々物々に首を突っ込む男だな……それに立場的に姫が一般人を様で呼ぶものではないだろう」

「呼名は人それぞれの筈よ? シュリアが呼びたいから呼ぶ、ただそれだけ」



 何がどうなれば一国の姫が、下界の住民であるルカを敬称呼びする因果となるのかがソアラには理解出来なかった。扉の付近で待機するアルアとレラも同様に。

 頭痛を堪えるように頭を押さえ、流れで前髪の編み込みを撫でるソアラは辟易しながら続ける。



「シュリアがいいのなら無理に止めろとは言わんが……どのみちローハートは騎士団には所属しておらんぞ」

「あらそうなの? でもそれなら好都合じゃない。騎士団階級(ステラ)があっては依頼に制限がかかってしまうものね。まあ、依頼自体を【騎士団総本部】を通さなければいいだけの話だけど」

「他国の要人を護衛するAランク任務だぞ……そう簡単に――いや、シュリアなら何とでも口利き出来るか……そもそもどうして指名してまでローハートを選ぶ?」



 商人達や一般人を護衛する単なる依頼とは訳が違う。他国の王を護衛するに当たって、万が一などあっていいわけがない。もし統治者に何かがあれば両都市間で戦争が発起する事も十分に考えられる為、都市は戦力に余念のない騎士団を任務として指名し、万全を敷くのが通例だ。話を聞く限りラグロックに戦争を起こすほどの体力や気力はないものの、だからと言って適当な者が護衛をしていい筈がないのだ。

 リフリアからラグロックへ護衛されるのも初めてではないシュリアはそれらを理解している筈だ。それでいてわざわざルカを指名する理由をソアラは問う。



「ルカ様の戦闘を見てビクビク感じたわ……苦境に自ら飛び込む自虐性、負傷を厭わない攻めの姿勢、加速する被虐性(マゾヒ)――」

「シュリア止まれ。持病が出てるぞ」



 陶酔した表情で滔々とルカを称賛(?)するシュリアをソアラは抑止する。

 黄金の瞳の奥に真っ黒な願望を燃焼させて妖しく微М(ほほえむ)シュリアに、レラはゾクッと肌が粟つ。アルアは引き攣った顔を隠せていなかった。



「とと、失礼。でもあの戦闘力はラグロックが再建出来るのなら連れて帰りたい人材よ?」

(サキちゃんヤバいよ~! 姫がルカ君の事狙ってるよ~!?)



 一国の姫にそこまで言わすか、と掛け値なしに褒めちぎるシュリアに、口には出さないが危機感を抱いていたのはレラだった。親友のサキノの大切な人が、一国の姫に狙われているという重大事件にレラの乙女センサーはビンビンだ。



「流石にそれは過大評価し過ぎだと思うが……まぁいい、一応伝手はある。時間が許すのなら話は通しておこう。シュリアの意向を無視して都市を通してラグロックの不機嫌を買うのも馬鹿馬鹿しい。ただくれぐれも内密に頼むぞ……」



 都市へ話を通して別の騎士団を紹介したとしても、正論と我儘を使い分け、都市へ猛抗議する姿は目に見えている。ラグロックの技術、利益を獲得できる機会を得たリフリアにとって、現在シュリアの不興を買う事は極力避けたい筈だ。シュリアの身は憂慮しなければならないが、何事も無く済んでくれれば越したことはない。

 ソアラはシュリアの願望の為に共犯になることを渋々承諾したのだった。



「ええ、助かるわ。ラグロックの代表としての話はこれで終わり。それでプライベートの事で色々話したいことがあるんだけどソアラ、この後食事でもどうかしら?」

「あぁ、大丈夫だ。アルア、シュリアを連れて先に下へ降りていてくれるか。少しだけ残っている仕事を片付けたらすぐ行くよ」

「わかったわ、待ってるわね」

「は、はいっ! こ、こちらへどうぞっ」



 上機嫌にソアラへと笑うシュリアは、たどたどしく誘導するアルアに引き連れられて会議室を後にした。

 コツコツと足音が遠ざかっていく音を瞑目しながら待ち、ソアラは一度大きな溜息をつく。そんな団長の姿に普段は反応を示すレラは薄眼で瞥見、無言を貫いており、立ち上がったソアラは調達品――水晶へ近付き眉間を揉みながら()()を始める。



「……だ、そうだが……ラグロック民の移住は可能か、ツクナ?」

『無理だねえ』

「……やはりか」



 水晶の反対側から即座に帰ってきた反応にソアラはまた一つ、小さな疲労を口から零した。



『ラグロックの人口はおよそ二十万、それほどの人数を追加で匿えるだけの魔力は私に残ってないさ。今でさえリフリアの人口は増え続けている。滅多な事はないだろうけど、沫雪現象(スノードロップ)でも起きては終わりさ』

「不吉なことを言わないでくれ……」

『……気は進まないけど一つだけ手立てはある』



 長い沈黙の後、ツクナと呼ばれた女性の声は意味深な案を呈するが。



「……言うな、わかっている。こうなることは往時より予測出来ていた事だ……少し、考えさせてくれ」



 シュリアと話していた時とは別人のような団長ソアラの杳とした声音と反応に、何も言わずレラはすっと扉を開き部屋を出ていった。その後ろ姿を眺め見送り、拳を握り締めて佇むソアラの表情は重い。



『親心は分かるが、優先順位を違うんじゃないよ』

「あぁ……」



 哀愁が滲む短い返答が落ち、水晶は既に反応を閉ざしていた。

 ソアラの心臓が鷲掴みにされたように拉ぎ、一人懊悩の世界へと落ちていくのだった。


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