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009話 新たな関係者

 幸福都市リフリアには、工業、商業、芸能、研究の四つの分野のアカデメイアが建立されており、リフリアで職に就くためにはそれぞれの分野に精通した授業を五年間受講及び卒業資格を有さなければならない。


入学年齢は不問。亜人族の中には人族と成長速度が異なる種族もあることから、年齢制限が一切設定されていない。決まった制服がなく、格好が自由だと言うのもそういった要因がある。


 学園の規模は言うまでもなく大きい。軽い入学審査などはあるものの、基本的には来る者拒まずと言った受け入れ態勢。都市に身を置く者の幸福を願い、職種の転換希望者も寛容に受け入れられるほどの規模を誇る。多い学園では入学生が千人を超す学園もあるほどだ。


 ルカ達が通っている学園は商業の分野に精通し、規模も生徒数も最上位に位置しているミラ・アカデメイア。


 商業実習という名目もあり、十階建て校舎の一階から三階までは様々な店舗が校舎の中で営業を行っている(従業員の九割は本校のバイト)。ミラ・アカデメイアの内部には飲食店や雑貨店、遊技場などもあるため、生徒以外の出入りも激しく、ある種の商業施設(ショッピングモール)と言えよう。


 四階から上階への進入は本校生徒証が必要になり、八階までは生徒達の教室階、又は各学年に必要となっている設備の階層。九階は各クラブの練習、会合場所。


 そして最上階に位置する一つこそが『天空図書館』。

 無い本が無いとまで言われるほどの書籍量は学園の中、ひいては都市の中でも有名だ。絶景を前に、頭を無にして行う読書を夢見るばかりに本校に入学を決める愛読家もいるほどだという。


 五年という限られた時間の中で、自己が持てる最高の速度で書籍を読み漁りたいと、天空図書館に朝早くから足を運ぶ者も少なくない。図書館を管理する者も、割を食うのは至極当然の事だった。


 ルカは軽い荷(ラヴィ)を背負い、そんな天空図書館に足を運ぶ選択を取っていた。その理由としては早朝から開いている学園施設として認知していたこと。加えて、天空図書館が適所だと判断したからだ。

 しかし、ルカは現在、天空図書館の門前で入室を渋られていた。



「死体処分は天空図書館(ここ)じゃ受け入れてない」



 その理由は言わずもがな、爆睡中の衣服乱れたラヴィを背負っていたからだ。

 ルカの眼前で門番のように立ち塞いでいるのは半眼の幼女。どこか眠たそうな表情をしているが、早朝故ではなく通常運転の姿だ。

 ラヴィのことを死体だと認識している彼女は小さな手に、分厚い本を開き持っていた。



「安心してくれ。これでもラヴィも必死に生きてるんだ」

「安心して。別に死んでようが亡くなってようが興味ないから」

「死体判定は覆らないのか!?」

「……そもそもなんで朝からローハートがラヴィリアを背負っているわけ?」

「……俺にもわからん」



 辛辣に言い放つ亜麻色の髪をした幼女はラヴィに近付き、幸せに満ちた頬を引っ張る。頬と手の間からはにぅにぅ、と何とも柔らかくて吸い込まれそうな音が鳴っていた。

 心地良い夢に抱かれるラヴィは「ルカぁ、その大福は私のだよぉ」と間延びした声を上げる。



「夢でもローハート現実でもローハート、ね……」



 上につねっても下につねっても伸びるばかりで起きようとしないラヴィに、幼女は深い溜息をついた。



「はぁ……奥に仮眠室あるから」

「悪いな。助かる」



 ようやく頬から手を離した幼女は天空図書館の中へと戻っていく。仮眠室に寝かせておけ、言外にそう言ってくれたのだろう。

 少し頬の赤くなったラヴィを引き連れ、幼女の示した仮眠室へとラヴィを運ぶ。


 仮眠室とは名ばかりで、シャワー室もあれば調理台もある図書委員御用達の宿泊室のよう。学園の規模、天空図書館の人気度から見ても泊まり込みで施設の開閉や、作業などが付随するのも得心がいく。二人は優に寝転べるだろう三台の寝具の内の一つにラヴィを寝かせると、ルカは図書館の中へ出る。

 

 見晴らしのいい最上階は高さも奥行きも相当なもの。高さに限って言えば十階という区切りはあれど三層構造となっており、何メートルもあるだろう本棚が全ての階層に陳列、莫大な量の本が収納されている。

 それでいてなお、窮屈感のない造りになっており、早朝にして何百人という生徒が天空図書館を利用しているのも納得だ。



「ココ、ありがとう」



 数ある受付の中、一番出入り口に近い場所で腰を下ろした御令嬢然とした幼女へ、改めて礼を口にするルカ。



「今回だけだから」



 本を手元に置き、返答する幼女はココ・カウリィール。ルカ達三年生の一つ学年が上の四年生で、天空図書館を管理する図書委員の長にして、根からの愛読家。何十日も泊まり込みでどの書籍がどこにあるのか把握し、全ての本を読み漁ったという噂は学園で有名だ。本人曰く「読書家がそんな短期間でこの量を読破出来るわけない。馬鹿なの?」と、毒舌を言い放ったこともまた有名だ。



「ローハート、貸本今二冊借りてたでしょ? 返却日は三日後だから守ってね」

「全部読んだよ。今、返しとくわ」

「そう」



 鞄から取り出した本をココに手渡すと、ココはにべもなく返事をして返却処理を始めた。セミロングの亜麻髪を後方に流すと、眼鏡をかけて仕事モードに入る。楽天家のラヴィとは旧知の、そして犬猿の仲で、仕事と趣味に生きるココを見てその不和も納得だった。



「代わりに何か新しく借りてく?」

「そうだな。折角だし借りてこうかな」

「何か希望は?」

「ん……異世界共生譚(ファンタアリシア)についての文献があれば」



 ピクッ、と。飾り気のないルカの言葉に、激流のごとく事務作業をこなしていたココの手が動作の仕方を忘れた。



「……また珍しいものを選ぶのね。面白いものでもないでしょ」

「面白いか面白くないかは大して重要じゃないんだ。少し見返したくなってな」

「…………」



 ココはルカを見上げ、二対の瞳が互いに真相を牽制しあっていた。



「ゼロ」



 一見して、いや一聞して、物事の顛末を知らなければ解読できない単語。けれどココが何を求めているのか、ルカは理解出来てしまった。



「幻獣、か?」

「……昨日の反応はアンタだったんだ。サキノは知ってるの?」

「? あぁ、知ってるよ」

「何か言ってた?」

「関わるな、一人で戦うって」

「……そう」



 短いやり取りを繰り返し、答え合わせを完了したココは眼鏡を外してケースにしまう。目頭を軽く押さえる幼女へルカは疑問を投げた。



「ココも知ってる口振りだったが……何を知ってるんだ?」

秘境(ゼロ)、魔界、事情や現状含めてほとんど知ってる。私の役目は番人(メッセンジャー)。戦う力はないけど妖精門(メリッサニ)を開いて、サキノが秘境(ゼロ)や魔界への行き来を援助することが出来る。昨日の秘境に妙な反応があったから誰かと思っていたから、疑念が晴れて都合が良かったわ」

「ココも異世界関係者だったのかよ……」



 妖精門(メリッサニ)は自然に発生したものではなかったのか、とルカは認識の訂正を余儀なくされた。

 そしてココが秘境や魔界と繋がるためには重要な役目を担っており、サキノに続いて身近な人物が関わっている事実も。



「なぁ、依頼も然りなんけど、サキノがどうして全て一人ですることに執着するのか、ココは知ってるのか?」



 秘境(ゼロ)や魔界について誰も共有者がいないと思っていたルカは、サキノとココに深い繋がりがあるのならばもしかしたらと、サキノの意志の謎を尋ねたがその可能性も虚しく。



「アンタが知らないのなら私が知るわけないでしょ。アンタの方が付き合い長いんだから」



 幼い見た目に似つかないほどの毒々しい物言いで一蹴する幼女。

 進展なしか、とルカが諦念を抱いた時、ココは思い出したように呟いた。



「あぁ、でも、そういえば一人暮らししてるって言ってた。バイトをこなして一人で生計立ててるって。これがアンタの求める答えかはわからないけど」

「……?」



 ルカの思考に極小の引っ掛かりが生じる。

 リフリアに移住する際には親子共々移住するのが一般的だ。理由としては幸福都市には夢があるから。それに尽きる。子が移住を懇願したのであれば、親も便乗し、親が移住を決意したのであれば子も必然的に巻き込まれることになる。


 稀にして現地での仕事を優先し、子だけが移住も起こりうるが、誰しもが幸せになれる可能性を無視することは難しい。僅かでも希望があれば縋りつきたくなるのが人間の性というものだ。

 リフリアはそういった特性から職人が職人を呼び、世界規模で生活水準の高い都市に発展している。そんな都市に身を置いて生活出来るのならば願ったり叶ったりだろう。


 サキノの出自は極東だとルカは聞いている。サキノがリフリアに転住する過程を聞いたことはないが、両親共に身を置いているとばかり思っていたのだ。

 だからこそ、その不自然さに違和が際立った。


 しかしサキノの問題も気にはなったが、他にも気になる事はある。ルカは一旦サキノの私情を仮置き、問題の大前提へと踏み込むことにした。



「異世界共生譚が事実だったって事は、魔界と下界は元々一つだったんだろ? じゃあ逆に分断された世界を修復する事は可能なのか?」

「可能よ」

「っ……案外さらっと言うんだな」



 世界の分断によって苦しんでいる人が居る。そんな人々を救いたいという気持ちは、サキノの老若男女種族を問わない献身的な行動を見ていれば容易に想像がつく。

 そしてそれはサキノだけに限った話ではない。


 そんな世界の秩序をも揺るがす大きな問題の改善を、たったの四文字によって肯定されたのだからルカの反応も当然だった。



「幻獣は二つの世界を食い繋ぐ生物。あれを放置すればその望みは叶う――けど、住民達がどうなるかはその足りない頭でもわかるでしょ?」

「……大惨事、だな」

「そう。だから幻獣は放置出来ない訳。じゃあ別の方法は? って言いたげね。魔界と下界のどこかにある『鍵』と『錠』が世界を繋ぐ筈よ」

「っ! じゃあそれさえ見つければ――」

「見つけられるものならね。その『鍵』と『錠』が物理的なモノなのか、魔力のように非形容的なモノなのか、はたまた人物なのかもわからないのにどうやって見つけるつもり?」

「……それは……」



 指標があれば、情報があれば。部屋の中にある何かが鍵の可能性もあれば、目の前のココが錠の場合も。

 そんな一切不明瞭な物を調べ尽くすなど人生を何周しても足らないだろう。



「それ以前に両世界の種族嫌厭の調和を図らない事には、仮に元通りになっても種族間の軋轢は深まるだけよ。見つけました、じゃあ元通りにしましょう、なんて簡単な話じゃないの」

「……って事は俺を異世界から遠ざけて、そんな大きな問題をサキノは一人で解決しようとしてるのか……?」

「少なからず世界の命運も自分から背負ってるのは間違いない。直接関わるなと言われたアンタも痛感してると思うけど、サキノは一人で背負い過ぎ。それがサキノのいいところでもあるのは間違いないんだけど、説得は難しいと思う」



 ココも少なからず懸念を含ませながら、滔々と言葉を繋ぐ。



「だからこそ警告。世界の問題然り、サキノの問題然り、アンタがどうしたいのかは知らないけど、二人の関係が壊れるようなことだけはよしなよ。首を突っ込むつもりなら相応の覚悟を持たなきゃ、取り返しのつかないことになるからね」



 ココの言うことは事実だ。中途半端な気持ちで関わってはいけない世界だとルカは認識している。途中で投げ出すことも許されない、命尽きるまで己を犠牲にする茨の道を行く覚悟が問われているのだ。

 そして、サキノが抱える何かに踏み込む覚悟を。それを等閑にしたまま、事に関与することは下界での関係の破綻も意味する。

 ココは席を立ちルカの横を通過する。表情を隠すように、背中越しに想いを呟いた。



「でも、出来る事ならサキノを救ってあげて欲しい。隣に立ってあげて欲しい。それが出来るのはローハート、アンタしかいない。誰よりも近くで、誰よりも時間を共にしてきたアンタにしか。……文献を探してくる」



 まるで自分の無力を嘆くように。

 サキノの救済。昨日までは強すぎる責任感だと思っていたサキノの長所。長所過ぎるが為の短所を救ってあげて欲しいと、ココは言い残して広い天空図書館を探索し始めた。

 ルカはその言葉を胸の内で反芻し、己の内に眠る違和感と照らし合わせていった。


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