087話 ワンダー
人命救助を伴う魔物の討伐。討伐行為自体は魔物達の夜祭で経験している為、特に気掛かりはなかった。経験を好都合に解釈するのならば禁足地で魔物達の夜祭の強化種を大量に相手にしてきた事から、通常種であれば救助の難航要素を考える方が困難である。故に助けを請うた商人から情報を聞き出すより、即時行動に動いた方が救難者の生存率が上がると判断したのは正解だっただろう。
魔界リフリア都市外の西部が、以前の北西部から北東部と同等の環境であったのなら。
『ゲトス山地』。
北部が森林地帯であるのなら、西部は山岳地帯。魔界リフリア西北西からおよそ南部にかけてまで続く山岳地帯は商人達から『魔境』と呼ばれるほどに敬遠される地帯だ。
肺を破るような勾配の連続、断崖絶壁、地盤が穴だらけになったいつ崩れてもおかしくの無い石橋。落下防止の柵など存在しない空中回廊と形容する方が正しいだろうか。繚乱となった山岳地帯は環境が劣悪なのだ。
そして何より、魔物の質が異なる。
森林地帯がオークやミノタウロスのように身体能力に特化した魔物達の生息地であるならば、ゲトス山地は魔力に特化した魔物が多く存在する。
『ガアアアッ!!』
黒妖犬ブラックドッグに酷似した――上位固体に当たる黒炎犬『ヘルハウンド』が戦場を駆け抜けようとするルカへと喉に炎を溜め込む。魔力の急沸騰にルカは転進、翠眼の素早い動きで肉薄する。
しかし渾身の蹴撃の予備動作に入る直前、ボゴッ、と。岩壁から突如として一角を持つ黄色い兎が飛び出てルカの頭部を狙った。
一角兎『アルミラージ』。
角に魔力を伝播させ、地中壁を自由に掘り進み奇襲するゲトス山地でも厄介な魔物の一体だ。
「くっ!?」
側転によりアルミラージの奇襲を躱したルカだったが、貯蓄は完了したとばかりにヘルハウンドが大口を開く。メラメラと余波を口端から零し、広範囲に及ぶ獄炎がルカに向けて放射された。
「あっちっ!!」
瞬く間に広がる熱波に苦悶するもルカの身体は既に上空へ。獄炎を跳躍で躱したルカはヘルハウンドの上部を位置取り、烈々な踵落としを脳天に見舞った。ヘルハウンドは仰臥でピクリとも動かない骸となったが、ルカの攻撃直後の一瞬の隙を逃さないとばかりに二体の一角兎が背後から岩壁を突き破る。
が。
「ルカさん速いですっ……」
特大の電磁砲がルカの背後を駆け抜け、二体のアルミラージは消し炭と化す。息こそ切れてはいないが、任務終わりのマシュロには少々酷な連戦かもしれない。
「マシュロありがとう。助かったよ」
「い、いえっ! ルカさんのお役に立てて私は五体満足です!!」
「五体満足は満足の上位じゃないからな? いや、それにしてもここの魔物は以前とは系統が全然違うな……厄介だ」
「ゲトス山地の情報は知っていましたが、上位騎士団以外は依頼を受けないというのも納得です……」
断崖、穴の一角、空中回廊所々に魔物が散見される中、小康の隙に翠眼を解除したルカとマシュロは合流を来たす。
ゲトス山地は過酷な山道で魔物自体が強力であるため、多くの騎士団は依頼を拒否する傾向にある。ゲトス山地を抜けられれば魔力伝導に有効な鉱物の産地と加工都市があるため、商人達の運搬は欠かす事は出来ない。生活に必要な道具を生産している都市に向かうにはゲトス山地を経由する以外にはなく、一か月に一度の貿易が定着しているらしい。その一度で起こった事故が今回の件の様だった。
商人の救護に来たはいいものの、森林地帯とは一風変わったゲトス山地の錯綜した構造に簡単には発見に至らず、ルカは己の軽率さに歯を噛んだ。
「マシュロ、商人の匂いとかわからないか?」
「嗅いだことある匂いならわかるのですが……獣臭も濃くて判然としません。ルカさんの匂いならどこにいてもわかります」
「薬舗にいても気付いてなかったじゃないか」
「あっ、あれは油断しててっ!?」
緊急事態とは言え八方塞りな状況にマシュロの自爆が決まる。
警戒心だけは怠らないルカだったが、痺れを切らした魔物達が好機と捉え、口内や角へ魔力を充填しながら上空から一斉に二人へと飛びかかった。
しかし。
『『『!?』』』
飛びかかった筈の魔物達がまるで上部から急激な圧をかけられたかのように地に平伏した。
「すまんすまん、遅なったわ堪忍な」
余裕綽々に現れたのはポアロ。魔物達の襲撃にルカが能力を瞳に宿していなかったのも、ポアロが何かを企んでいる動きが観測出来ていたためだった。
悪いようにはしないだろう、そうポアロを信用したルカは能力を実見してみようと思ったのだ。
「これがアポロの能力『重力』か。強烈だな……や、それより商人は見つかったか?」
『タルタロス』に向かうまでに情報を交換したポアロの能力、それが『重力』だ。ポアロの認識範囲に重力を発生させることが出来る。今もなお地に平伏した魔物達が抗おうと魔力を湧き立たせるも、逆にミシミシと身体は埋まっていく。
そしてポアロが遅れた理由を瞬時に悟ったルカは優先順位の繰り上げを行った。
「何や、気付いてたんかいな。流石っちゅーか目聡いっちゅーか……この先勾配上がってったとこに断崖に追い込まれたモンが二人おったで」
「それを先に言えよ!」
口語だけで伝わる危機的状況にも関わらずマイペースなポアロの返答にルカは駆け出す。
「おいおいルカりん、魔物等どうすんねん」
「片付けといてくれ! 俺は先に行く!」
重力圏外に抜け出たルカは紫紺眼を解放し、堕天使の如く黒翼を創造する。翠眼で駆け、即座に発見出来なかった場合余計な時間を喰うと判断し、上空から散策しようと考えたのだ。
黒翼を羽ばたかせ風圧を巻き上げると、手慣れたようにルカは飛び立っていった。
「る、ルカさんっ!? また私を置いて行かれるのですかっ!?」
「可愛いなぁ、マシロんは。残念ながら置いてかれたモン同士で仲良う後始末しよや」
「嫌ですっ!」
「なはははははははははは! 素直で辛辣! 気にいったで! 仲良うしよや!」
「い・や・で・す・っ!」
「仲良うすんのも!? 全く、ルカりんも悪い男やで」
少なくともポアロの見立てでは三名。多くの美少女を誑かせたであろうルカに微笑ましい気持ちを半分、ええなぁという男子特有の羨望の気持ちを半分抱くポアロは。
「しゃーない、面倒やがやったるかぁ」
一枚羽の首のネックレスを引き千切った右手に現れるのは穂先が巨大な重槍。身長ほどもある巨大な槍をくるくると回しながらポアロは魔物の討伐を始めた。
一人で奥地へ踏み込んでいくのも危険だと自重したマシュロは必死に追いかけたい気持ちを抑えて、ザックザックと魔物を屠っていくポアロをつぶさに観察していくのだった。
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「ふっ……! ふぅ……っ! くすくす……とってもワンダーね……これほどの危機、ゾクゾクするわ……」
「ぁ、ぁあ……もう俺はここで死ぬんだ……」
後が無い断崖絶壁。一言でいえば絶望、的確に言うのであれば終焉。ニ十体近い魔物の大集団に崖際まで追い込まれた少女達は終焉へのカウントダウンを刻み始めていた。
帽子を被り自失した男を背後に庇う少女は、肩で息をしながらも嗤う。
白と水色のフリルドレスやトランプの絵柄を描いた脚布は創痍や焼け跡に破れ、病的なまでに白い肌が顔を覗かせれば色彩際立てるほどの鮮血が滴る。手首から肘にかけて巻かれている包帯、頭部に貼り付けた大きなリボン、絹のように細く艶やかな蒸栗色の髪、兎のような長く白い耳、人形のように整った美顔を返り血で染色させれば、絶望的危機に恍惚とした表情を浮かべるそれはまるで狂気のよう。
追い込んでいる筈が全く恐怖に動じない女兎人の姿に、魔物達も迂闊に攻め込めない。それもその筈、我先にと飛び込んだアルミラージの地下からの奇襲は尽く少女の蒸栗色の『波紋剣』によって両断され、ヘルハウンドの獄炎は剣の一振りで軽減させられれば火傷も厭わず微笑まれる。近寄ろうものなら神速の一振りであの世行きだ。
『ウオォォォォォォォ――』
疲弊はしているが中々膝を着かない不敵な少女を確実に仕留める為、遠吠えと共に尾に魔力を蓄力して球状で放出する魔狼『スコル』と、ヘルハウンドを筆頭に中距離砲を優先する魔物達。数の多寡で攻め入るべきが半端な知力を持っていたために二の足を踏んでいた。
故に。
時間が猶予を生み、仕留められる筈の獲物を救助されるという失態を犯してしまった。
『――ォォォオオオオ!』
「うるさい」
ドゴォン! と豪快な地響きと同時に、遠吠えを上げていた一体のスコルの骨骨は砕け散った。
自陣のど真ん中に着地した闖入者に魔物達の狼狽が露呈し、闇に紛れた少年の連撃は止まらない。
「ふっぅッッ!!」
『ギャンッッ!?』
『ガァウッッ!?』
既にルカのお株である長剣巨大化を大薙ぎ、周囲一帯を大一掃する。半数ほどの魔物が苦鳴と絶叫を打ち上げながら崩れ落ち、血飛沫を噴水のように巻き上げていく。
低姿勢で危うく回避した黒炎犬ヘルハウンド、地に潜り難を凌いだ一角兎アルミラージ、跳躍で距離を取った魔狼スコル、明確な動揺を晒しながら全ての標的がルカへ傾注した。
「お前等の相手はこっちだ!」
翠眼の素早い動きで撹乱すれば、ヘルハウンドの獄炎が放たれる前に下顎を蹴り上げ自滅を誘発。アルミラージ達が背後から一斉に飛びかかれば、ルカオリジナル散弾電磁銃で一網打尽に。スコルの魔弾が放射されれば翠眼を解放し付近のアルミラージの骸を蹴りつけ盾に。数的不利を厭わず、僅かに切傷を受けながらも軽傷の域を踏み越えない爽快かつ冷静な戦闘ぶりに少女は。
「……ワンダー……」
呆然と佇みながらルカの戦闘に見惚れていた。その背後では男が涙を流し、神の采配に感謝するように祈っていた。
そんな男を狙うようにボコ、ボコ、っと。崖下を掘り進む一体のアルミラージ。
二刀短剣を流麗に捌き一体のスコルの脳天に直撃させたルカは、一瞬の隙を見計らい橙黄眼視野広角を発動。続けて漆黒の特殊電磁銃を創造したルカは男の背後へ銃口を向ける。
「ひぃっっ!?」
『ピッ――――』
己に銃口を向けられたと錯誤した男は情けない悲鳴を上げるが。
スンッッと。音と呼んで良いべきか、軽妙な風切り音がアルミラージを断ち奈落へと突き落としていった。
「おっと」
アルミラージを寸断したのは女兎人。背後を一顧だにせず滑らせた波紋剣に、凝視されているルカは感嘆の声が思わず漏れた。
「こっちは気にしないで。存分にアナタの攻めを見せて頂戴」
「ああ、助かるよ」
妖艶に双眸を細めた少女は長剣に付着した血を振り払いながらルカへと激を飛ばした。
視線を正面に戻したルカは、喉元を噛み千切ろうと大口を開けたヘルハウンドの口内へと銃口を突っ込み射撃。後方で獄炎を放とうとしていた同族を巻き込み、魔物の全滅へと加速度を上げていく。
一体、また一体と転がっていく同族達の亡骸にスコルは増援を呼ぼうと遠吠えを飛ばすも、漆黒の矢が喉元に穿たれ望み叶わず崩れ落ちた。
「アポロさんがのんびり始末してるから遅くなったんですよ! ルカさんすみません! 遅く――」
「それはマシロんが手伝ってくれへんからやないか!? って、何や全部終わっとるやんか」
ギャイギャイ言い合いながら遅ればせながらやって来たのはマシュロとポアロ。鳴り響いていた戦闘音に、今しがた小康を辿る戦場に視線を向けたマシュロは続きの言葉を嚥下した。
月光でもあれば少しは幻想的だったのだろうが、暗闇の中、死屍累々たる中心地に佇むは一人の少年。多量の返り血を浴び、気炎を吐くその姿は見る者によっては悪鬼のように見えたかもしれない。
「か……カッコイイです……」
「補正掛かり過ぎやで。病院行こな」
口元を抑えながら月に代わる黄金の瞳を輝かせるマシュロ。
盲目に憑りつかれた少女の惚気が零れ落ち、冷静な少年の的確なツッコミが静謐なゲトス山地に生じたのだった。




