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085話 自立と自首は紙一重

 晴天時よりも短い日照時間でありながら、夏を間近に控えた魔界の夕刻は未だ明るい。

 街々で極僅かな蛍光が灯される日の入り前、ルカとポアロは魔界へと到着した。

 妖精門(メリッサニ)による時空転移を経た彼等が佇んでいたのは幸樹の真下。幾度か転移を経験した事のあるルカは、下界から直接魔界へ赴く際は幸樹付近への転移が通常であることを知っていた。よっぽど指定の場所へ向かいたいとあらば座標指定すれば可能らしいが、ココの「めんどくさい」の一言で行き先は毎度お馴染みだ。


 相も変わらず御稜威を放ち宙を独占する宙城。必然と二人の目に飛び込んだのは都市の『徽章』が刻まれた極太の柱が織りなす端厳な円錐建造物【騎士団総本部】。

 何より特殊電磁銃(エネルギアオヴィス)のような得物を携帯する亜人族達の姿が目立っていた。



「ふおーーーっ! 下界となんっも変わらへん!!」

「アポロには一体全体何が見えてんだ。どこをどう見たら一緒に見えるんだよ」



 開けた前景に鼻息荒く興奮気味なポアロは眼を輝かせながらありとあらゆる方面を四顧する。目に飛び込むもの全てが新鮮で一々反応と説明を求めるポアロに、ルカは若干面倒臭さと後悔を抱く。



「で、でっ! ルカりんどこを案内してくれるんや!? ダンジョンか!? 裏組織の塒か!? 死の森か!?」

「なんでそんな危険なところばっかりチョイスすんだよ!? あのな、下界でも言ったが俺も魔界には詳しくないんだ。案内出来る場所なんて無いぞ」

「え、ほなルカりん何で魔界来たん?」

「お前が連れてけって言ったんだろ!?」



 期待値が過去の発言を上回っているようで、下界で補足のように言った言葉達は忘れられているようだ。テンションの高いポアロを相手にするルカは頭痛を堪えるように溜息をついた。



「何だ、騒がしい人族がいると思ったら兄弟じゃねーか。久しぶりだな!」



 向後に見通しが立たず悩むルカに一時救済の手を差し伸べたのは思わぬ人物。



「バウム? 裏の世界で生きるバウムがこんなところでどうしたんだ?」



 大きな背丈の男小熊猫(ヒーレスパンディア)。赤みがかった橙黄色の頭髪ともふもふの尾を引き連れてルカへと声をかけたのは【夜光騎士団】所属情報屋のバウム・ヴィスタローグだった。

 ルカの脳内想像(イメージ)ではバウムは悪徳商人であり、表裏問わず依頼を受けて高額料金を要求する情報屋。表の住人か裏の住人かと問われれば間違いなく裏だと言い切れる男が、輝かしい幸樹の真下――表世界の入口である【騎士団総本部】の付近にいることがルカとしては信じられなかった。



「裏で生きてるつもりはないんだがな……そう取られてもしょうがねえか。いや何、【騎士団総本部】に用があってな。たまたま兄弟を見つけたから声を掛けただけだ」

「自首か?」

「そりゃーないぜ兄弟! あまりの信用のなさに笑けちまう!」



 くくく、と不敵な笑みを浮かべるバウムは心底ルカを面白がっているようだった。ルカとしては九割方本気の発言だったのだが。



「ルカりん、お友達か?」



 横で呆けるポアロの質疑が飛ぶ。お友達、という単語にルカはバウムとの思い出を想起し、おくびも包み隠さず打ち明ける事にした。



「とある日は粗悪品を売りつけられそうになって、またとある日には突然襲われただけの険悪な関係だな」

「嘘偽りのない事実だが他にも紹介のしようがあるだろ!? エメラについての情報も教えてやっただろうよ!?」

「全然有益じゃなかったのにか? 一ミリもマシュロは悪くなかったじゃないか。情報屋なのに誤った情報提供してどうするんだよ」

「うっ、耳が痛いな……だけど兄弟が副団長を倒してくれたお陰で俺は情報屋として胡坐を掻いてた事を思い知らされた。エメラの無実も証明してくれた訳だし、遅くなったが感謝はしてるぜ?」

「ええ話やなぁ」



 全ての元凶であるラウニーは勿論だが、仲間を庇うつもりも無く命令があったからと大して調査もせずマシュロを敵視していたバウムに対しても、ルカは嫌悪感を感じずにはいられなかった。

 少々棘のある歯牙になりつつも、しかしバウムは以前のように頭ごなしに事態をぞんざいには扱わなかった。

「無駄に時間を使うくらいなら金を稼いでた方がマシ」「自分に無関係な人間を気にかけるほど自分の時間の価値は下がっていく」そう豪語していた私利私欲のバウムの陰は微かではあるが希薄になっているような気がした。

 それはマシュロへの罪悪感や仲間と言う存在への意識の変化などではなく、ルカの言う「情報屋でありながら誤情報を発信してしまった」という矜持の部分が強いのだろう。それでも確かな情報が求人に生き渡るのであれば、とバウムの心境の変化は一概に無駄ではないのかもしれない。


 うんうん頷きながらポアロは首肯しているが、絶対に理解出来ていないだろうことは二人にも伝わった。



「すまないバウム、待たせたな――む、貴様はルカ・ローハート。隣の者は?」



【騎士団総本部】の出入り口から赤いマフラーを靡かせて歩み寄ってきたのは【夜光騎士団】団長キャメル・ニウス。どうやらバウムが【騎士団総本部】に用があったのは単独での用向きではないようだった。

 キャメルはルカの存在に笑みを咲かせ――る筈もなく、気付かれぬ速度で眉を顰めては元へ戻し、隣のアロハへと意識を移した。



「僕はポアロ・マートン。今日はルカりんに都市の案内をして貰ってるんや」

「案内って言っても俺も都市に詳しくないからどこを案内すればいいやらって感じですけど。えっとニウスさん? は、バウムを連れて【騎士団総本部】に何の用が?」



【ワルキューレ騎士団】治療院で一晩過ごしたルカが、コラリエッタから聞いた名を思い出しながら会話に含める。ラウニーの後始末であったり、噂に聞いた暗殺犯の処遇であったり、騎士団に関与する事で多忙なのだろうと憶測を働かせたルカが問う。



「バウムの自立の手伝いを少々な」

「自首じゃなくて?」

「どれだけ俺を捕まえさせたいんだよ兄弟は!? ……さっきは言いそびれちまったが、俺はこの機に情報屋としての騎士団を新設する事に決めたんだ。勿論団長には恩もあるから【夜光騎士団】の傘下として組させては貰うつもりだ」



 キャメルの返答にルカは執拗に確認を怠らない。マシュロの件、そして誤情報伝達の前科を信頼に変換出来ないルカの疑問にバウムが詳細を談じる。

 今回【騎士団総本部】に主な用件があったのはキャメルではなくバウムだった事に、ルカはへえ、と得心を口で滑らせた。



「有力な人材を手放したくは無かったが本人の意向だ、団長としては汲んでやりたい。大変だとは思うが応援する他にあるまい」



 子の独立。

 狼の張りのある尾と耳を揺らめかせながらキャメルは、今後のバウムの活躍を心から望んでいるようだった。

 ざわざわと【騎士団総本部】の内外で喧騒が続く中、会話の一区切りにキャメルはルカへと提案を一つ掲げる。



「ローハート、行く当てがないのなら候補を一つ挙げさせて貰おう。夜光の本拠の隣に子供達が運営する薬舗がある。時間が許すならば顔を出しに行ってやれ。それとマシュロにもだ。貴様が中々会いに来ないと悄然としている。毎日顔を合わせる度に元気を失っていくマシュロを見る側にもなって見ろ、心が痛む」

「わ、わかりました……」



 また会いに来てくれるか、というマシュロの問いに肯定したルカは、確かにラウニー討伐後から一度も会いに行ってない事を思い出し、鬱屈とするキャメルの言葉に承諾の旨を返答する。

 当然マシュロの思慕に気付きが無いルカは、どうして己が顔を見せない事でマシュロが悄然としていくのかは判然としていなかった。

「行くか」とキャメルがバウムを先導し、二人は再び【騎士団総本部】内部へと舵を切るが、バウムはルカの元へ駆け戻り。



「あ、そうだ兄弟。前回の詫びと言っちゃあなんだが、情報提供だ。この頃都市に魔物が出るって噂が出回ってる。特徴は人型で黒い翼を生やしてるらしい。カロンのアホの暗殺騒動は収まったが、次は魔物騒ぎだ、都市を出歩く時は十分注意しとけ」



 贖罪のつもりなのか、現在の都市の状況をルカへと提供したバウムは小走りで先行したキャメルの後を追っていった。

 明かされた事実に「何のこっちゃ」とポアロが尋ね、ルカは道理で特殊電磁銃(エネルギアオヴィス)を携帯している人達が多いのかと納得し、魔界の魔物事情や都市の結界の事を洗い浚い説明した。



「ふーん、都市内に魔物なぁ。その話がほんまやったら大事になりそうな予感がすんなぁ!」



 何やら大事件の匂いがする、とポアロの心が欣喜雀躍するがルカにはその魔物に覚えがあった。



「……多分、それ俺かもしれないんだよな……」

「……は? ルカりん何言うてんねん」



 というより、己自身だった。そんな訳がないとポアロが怪訝に笑いを呈す中、マシュロ救出に向かうため『黒翼』を創造して飛び立った記憶が蘇る。

 変に人々の不安を助長してしまったことを申し訳なく思う反面、噂の魔物の正体が本物の魔物ではなく自分であった方が喜ばしい事実なのではないかと期待を寄せてしまうルカもいた。



「ま、ええわ。しっかし、下界でルカりんと出会えた事といい、魔界観光の行き先に悩んどった直後の提案やったり、渡る世間に船ばかりやな」

「渡りに船を独特に言い回すな」



 ポアロの哄笑が幸樹から振り下ろされる幻想的な泡沫の間隙を縫って響き渡る。

 しかし案内先に悩んでいたルカとしてはポアロの言う通りで、キャメルの提案が助かったのも事実。マシュロとゼノン、クゥラに顔を見せるには丁度いいか、とルカはポアロを引き連れて都市最西端へと向かったのだった。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




 一方【騎士団総本部】へと戻り煩雑な手続きの続きを行っていたキャメルは、【クロユリ騎士団】団長ソアラとの意気投合により抜け落ちていた事実を認める。



(ローハートに礼をしそびれたな……いやしかし奴はマシュロを誑かして……いやいやしかし礼を怠るというのは騎士道に反して……)

「団長?」



 らしくもなく悶々としていた。


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