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058話 想定外の珍客

 長い長い北東展望台を下ったルカは早足で学園、ミラ・アカデメイアへと向かった。魔界行きへの妖精門(メリッサニ)を潜るためココ・カウリィールを訪れるためだ。

 学生証をエレベーターに翳し、見る見るうちに地上が離れていく様を見ながら、時間は許されるほど残されてはいないが、長期にもなりうると考える。


 ルカの主たる目的は一つ。ラウニー・エレオスを探し出して撃破すること。昨夜完膚なきまでに叩かれたことは過去の嫌な思い出として残さない。

 策などない。けれどやらなくてはならない。

 ラウニーと再戦するために必要な自信は親友に授かった。後は自分自身の問題だ。


 自信を持つことで善戦出来るのであれば苦労はしない。誰もが一笑に付してそう言うだろう。

 自信とはパフォーマンス能力の幅であり、己の能力以上に身体能力が向上することはない。結局のところ自信というものは精神論でしかないのだ。

 しかしルカは挑まなくてはならない。それが『何でも出来る』ルカの唯一の指標だから。


 エレベーターが最上階の天井に突き当たり、扉が開く。ルカは上昇しきった地上の風景から目を切り、長い廊下へと踏み出した。

 その時。



「来ると思ってたよ、ルカ」



 エレベーターを出て右方。後ろ手を組み天空図書館の壁に背を預けた若紫色の浴衣を着た少女は、眼前に現れた人物を呼名する。



「このタイミングで張ってるのはどう考えてもお見通し過ぎじゃないか……? 流石としか言いようがないよ、サキノ」



 呼び声に足を止めたルカは回頭し、まさかとばかりに苦笑いを作った。

 そんなルカのわざとらしい笑みに、サキノは依然として体勢は揺るがない。しかしその紫紺(アメジスト)の瞳はルカのことを見据えるも微かに揺れている。

 サキノはわかっている。ルカがここに来た理由を。

 だから己も天空図書館前という珍奇な場でルカを待っていたのだから。



「ルカのことならわかっちゃうんだから。……それで、行くの?」



 サキノの述語の抜けた問いに、



「あぁ」



 一切の曇りなく、ルカは即答する。



「昨夜あれほど痛め付けられたのに?」

「あぁ」

「それはシロさん……ううん、マシュロさんのため?」

「あぁ」



 空白なく無味な回答を繰り返すルカの声音は決然と。

 少女の希望的意思に相反した言葉を想定通りに返したルカに向けて、サキノは僅かに翳を落とした。



「そっか……」

「止めないのか?」

「何も出来ない私に止める資格なんてないよ」



 ルカの疑問にサキノは儚く笑って見せた。

 本来ならば自分も同行したい。ルカを守りたい。ルカと共に戦い。人助けをしたい。けれど朝方魔界に赴き、団長に再三警告を受けたサキノに自由などない。決定権などある筈がない。


 組織に与している以上、どれだけ悔しくても、どれだけ義侠心を駆られようとも我慢せねばならないことはある。それが個人を守る強大な力であり、個人を束縛する繋縛なのだ。組織の規則に縛られるサキノはルカに気付かれないように後ろ手で痛いほどに拳を握り締めていた。



「行くよ」

「……うん。頑張ってね……」



 前を通過するルカの堂々たる姿をサキノは目で追うことしか出来なかった。

 周囲の人間の意思に背かれ、心配をしながら見送る。きっと今まで自身(サキノ)の行いもこうだったのだろうと。ルカやラヴィが救いの手を差し伸べてくれても振り払い、自身の使命を第一に考えて。

 サキノはこれまで自身がどれだけ周囲に心労をかけてきたのかを今更ながら思い知り、歯を噛み締めながらルカの後ろ姿を見送ったのだった。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




【夜光騎士団】元副団長、現団長のラウニー・エレオスの撃破がルカの最たる目標だが、そのためにはまずラウニーの情報が必要であった。

 魔界の新参もいいところのルカは何を取っても無知過ぎる。一度サキノとレラを巻き込んでいることもあり【クロユリ騎士団】にこれ以上の迷惑はかけられない。


 そのことからルカはとにかく街行く人達に情報提供――主に【夜光騎士団】の本拠の場所――を求めた。しかし人族を嫌厭する魔界において、ルカの存在は厄介者以外何者でもない。



『人族に教えるだけ時間の無駄だ。この話してる時間も返して欲しいくらいだぜ』

『教えてやってもいいが、一億ザウ払ってくれたらな。勿論前払いだ』

『失せろ』



 まるで人族に最愛の人を殺されたかのような対応を受け、ルカは魔界の異世界共生譚(ファンタアリシア)の根深さを実感する。

 とはいえ世の認識としては妥当なものであり、微々たる【嫌悪】すらも抱かずルカは他の策を探すことにした。


 初対面の相手から情報が得られないとなれば見知った相手に選択肢は限られてくる。しかしルカの顔見知りは少数を極めており、数える程度でしかない。その中で【クロユリ騎士団】以外の最有力候補である情報屋のバウムを探すためにルカは魔界を奔走していたのだが。



「まぁそう上手くいくわけないよなぁ」



 土地勘のないルカが広大な魔界リフリアからたった一人の人物を探し出すなど無謀に等しい。コラリエッタと共に一度面会した酒場に寄るものの、都合よく運が味方することもなく。マスターの氷河のような視線を浴びながら店を後にした。


 待ち続ければいつか会することが出来るだろうかと思案するも、よくよく考えてみればバウムはマシュロと同じ【夜光騎士団】所属。つまり二人の派閥の現団長はラウニーであり、そもそもの話をバウムに拒否される場合がある。自派閥の団長を討とうとしている輩を野放しにはしないだろう。下手すれば強制戦闘が勃発する可能性もあって然るべきだ。



「聞き込みは不発、クロユリは頼れない、あの男は駄目、マシュロの居場所もわからない……取り付く島もないな」



 視野専有にて何度かマシュロの居場所の特定を試みようとしたものの、建物の内装、造り、窓の外に見える風景のみでは判断出来る筈もなく。あくまで専有先が見ている光景しか情報が得られないルカは、マシュロの居場所に諦念を抱いていた。

 街路の枠に嵌められた空は赤みを増していく。腕を組みながら歩き、頭の回路図を弄り回すも妙案は浮かばない。



「騎士団総本部に行くか……? んん、騎士団に所属していない俺が行って有力情報を得られるだろうか……」



 二つ目の情報収穫源である騎士団総本部を記憶の底から浮揚(サルベージ)するも、門前払いを喰らった苦い記憶が付随してきた。噂の詳細を確認しに赴いただけのつもりが、一つの情報も得られなかった原因はやはり騎士団所属有無の存在。

 どこに行っても騎士団という枠組みが全てであるリフリアは、ルカにとって易しく作られてはいなかった。


【夜光騎士団】の本拠地を聞くくらいなら、と期待を働かせるものの、用件を問われた際にまさか侵攻とは言えまい。下手な誤魔化しで己の立場が危うくなることも想像に難くはない。余計な敵は作らないに越したことはないだろう。


 嘘は苦手だが到着までに様々な回答を考えておけばいいかと、向かう足先は都市中央の騎士団総本部へと。裏路地を脱し、帰宅に溢れる人混みの大通りへと踏み込んだルカは、周囲をキョロキョロと見回しながら人の流れに任せながら道を歩いていた――のだが。


 突如としてルカの眼前が一面幻想的な薄蒼色へと変容した。

 沸々と気泡が漂う夢世界には種族問わずごった返していた筈の人間の姿はなく、魔界の風景を保ちながら異次元の空間と化していた。



「魔界で秘境(ゼロ)? …………いや、違うな」



 一度は下界と同じく神出鬼没な天災と見紛えたが、転瞬の瞑目を挟み、僅かな四顧を経てルカは認識を改めた。

 それは似て非なるもの。

 それは秘境(ゼロ)に呑まれるよりも圧迫感の濃いもの。


 主に狂気が渦巻く秘境(ゼロ)とは異なり、知性や策謀、劣情が空間に紛れ込んでいる。

 知っている。微かな差異でしかないが、この空間は知っている。

 忘れもしない辛酸を舐めさせられた強敵の領域。

 コツコツと後方から楚々とした靴音を鳴らし、泰然と接近する人物の姿をルカは認めた。


 光を凝縮させたかのように煌めきを漏らす深紅の髪を靡かせた少女。白き肌は纏う衣服よりも主張が広く、玉肌を惜しみなく、際限なく解放している。

 背には悪魔の象徴の如き黒い大翼が備わっており、何から何まで目を引く容貌。

 大通りを歩こうものなら全人類を振り向かせ、虜にしてしまう『色欲』の塊は顕在だった。



「ここで君が立ち塞がるのは少々予想外だ、ミュウ」



 振り返ったルカとの距離十メートルで足を止めた少女ミュウ・クリスタリアは気高き切れ目でルカのことを見下すかのように薄く閉じる。



「ルカ・ローハート、お主昨日の今日でラウニー・エレオスと敵対するつもりかの? 愚弄と申すべきか、無鉄砲と申すべきか……さてはお主、大馬鹿者じゃな?」



 正面切って悪態を衝くミュウだったが、その言葉に反論を禁じ得ない。



「自分でもわかってるつもりだ。でも俺のやるべきことは変わらない。……というか見てたのかよ。アマなんとかの仲間として、敵対させないって腹積もりか」

嗜欲の血眷(アマルティア)、の。なぁに、嗜欲の血眷(アマルティア)とは申しても別段仲良し集団ではない。そんな益体ないことはせん」



 以前聞いた悪魔に魅入られた者達の組織の名を持ち出すルカは、己の目的を執行させまいとミュウが立ちはだかったものと憶測を働かせる。

 しかしミュウは鼻で笑い、ルカの憶測をあっさりと切り捨てた。



「だったらどうして……」



 組織の仲間の安泰を危惧するわけではなく、秘境(ゼロ)まで展開して目的の阻止を目論むミュウに、ルカは更なる疑問を覚える。答えを求めるルカの声に、行動が全てだとミュウは髪を一度後方へ流すと半身の体勢を取った。



「このままお主が挑んでも、ラウニー・エレオスに敗れる未来しか見えぬ。あやつに殺らせるくらいであれば妾がお主の命脈を絶ってやろうと思ったまでじゃ」



 我欲(エゴ)

 ミュウがルカと対峙したのは単なる自己都合だった。



「……意味わかんねえよ。どうしてお前と戦わなくちゃならないんだ」

「くふふふ。敵同士である妾達に戦う理由が必要か? まさかとは思うがお主、一度親密に話した程度で心を許したとでも思うたか? ぬるいのぅ、実にぬるい。そんなぬるま湯小僧の未来など妾が握り潰してくれるわ!」

「やるしか、ないのかよッ」



 他の事情を一切慮らない我意でありながら昂る魔力に、ルカは空気の悲鳴を受け取った。ビリビリ震える空間にルカは翠眼を開いて臨戦態勢を敷いた。

 少年の同調にミュウは得心の笑みを浮かべ開口、戦いの火蓋が切られた。



「心してかかれよ。ルカ・ローハート」


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