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011話 サキノ・アローゼの正義

 終業を告げる鐘が学園内に鳴り響く。

 それはそれは格別な音を奏で、日中ときめかない心でさえも躍らせる甘美な音。一日で一度しか味わう事の出来ないその音色は、心身共に癒すアロマテラピーへとなりて、学生達に解放感と達成感を与える。

 その感覚を味わい楽しむために多くの生徒は毎日学園に通い、渋々講義を受けていると言っても過言ではない。いや、過言だろう。

 単なる放課後の始まりだ。



「ねぇサキノ、これ見た?」



 教室内の生徒が銘々に行動を始める中、ラヴィがルカを引き連れて携帯電話をサキノへと向ける。



「なぁに? 私はこれから依頼あるからラヴィ達は先に帰って――」



 依頼の遂行のため、二人へ先に帰るよう述べ立てようとしていたサキノが携帯電話を窺うと、美麗な少女は見事に硬直した。電池の抜けた人形のように直立不動で、眼球だけを動かし文字を追っていく。



「……くよ……」

「え?」

「何しているの!? 早く行くよ!? ルカ、ラヴィ!」



 切迫した様子で二人に詰め寄るサキノの眼は、念願の玩具を目にした子供のようなキラキラとした輝きを秘めていた。



「サキノ依頼は……?」

「買ってからすぐ戻ってくる! ほら、早くっ!」



 サキノが依頼を後回しにするほど、人格を豹変させるに至ったのは、ラヴィが見せたとあるアニメのキャラクターのグッズ販売の画像だった。

 エルフの少女『セリンちゃん』。

 リフリアで数年前から話題(ブーム)になっており、子供から大人まで幅広い支持を得ているアニメだ。誕生秘話によると、異種族嫌悪緩和のために生み出されたキャラクターらしいが、強い意志を持って困難に立ち向かうエルフの少女に人々は心を打たれたのだと言う。


 サキノはそんな中の一人、俗にいう愛好家(ファン)だ。鞄にもぶら下げていたりする。

 幸樹付近の店舗にて一日限定販売の広告をラヴィが発見し、それをサキノに伝えた結果がこれだった。

 サキノは二人の予定も聞かずに、手を引いて疾走していく。引きずられるように連行するその姿は学園内で注目を集め、サキノの新たな一面となって後日ファンクラブのネタとなった。


 帰宅のために人がごった返す学園を駆け下り、広大な敷地内を抜け、大通りの人混みを縫い、幸樹の足元に広がる『幸福広場』へと全力疾走で辿り着いたサキノは、ここまで引きずってきた二人を一顧だにせず店舗の中へと駆け込んだ。



「セリンちゃんの人形、まだありますか!?」

「あ、あぁ……」



 バァン! と、会計口に身を乗り出し興奮状態で尋問するサキノの圧に押され、なおかつ背後に置き去りにされた満身創痍の二人の姿に強面の店員はぎょっとしながら答える。



「はーっ、はっー!? サ、サキノの、セリンちゃん愛を、甘く見てた……」

「二人を引きずって来ながら、当の本人は息切れすらしてないな……結構距離あるぞ……」



 少しの迷いも見せずに会計口へと詰め寄ったサキノの背後では、都市引き回しの刑から解放された二人が息を切らしてぼろぼろになりながら座り込んでいた。そんな二人の状態を他所に、よかったぁ、と心から安堵するサキノと、会計口下から大きな箱を取り出す店員。



「お嬢ちゃん良かったなぁ、残りあと二つだったぜ?」

「わぁ! ありがとうございます!」



 鞄から白色の可愛らしい財布を取り出し、会計を済ませる。「まいどー!」と強面にそぐわない笑顔の店員に礼を告げ、大満足のサキノはニコニコしながら人形を抱き締めながら二人の元へと戻った。



「えへぇ……やったっ」



 常の凛とした、完全無欠の少女とは別人と言えるほどの緩みきった笑顔に、二人の疲労も吹き飛ぶ。

 そんなサキノがルカの視線に気付くと、我に戻ったかのように顔を染め始めた。



「あ、いや、これは……み、見ないで……」



 顔半分を人形に埋めながらルカの視線を遮断する。ルカの隣の少女の胸部からキュンッという音が鳴ったが、誰も知る由はなかった。

 ルカとラヴィが立ち上がり、二人の様子を遅まきながら感知したサキノは何度も盛大に頭を下げて謝罪をする。



「買えたんだから問題無しだよぉ~。サキノのエロい表情も見れたし、ちゃんと墓場まで持っていくから安心してっ!」

「ああ、あれは墓場まで持ってく価値のあるプレミアスマイルだったな」

「エ、エロくないよ! それに墓場までは持って行かないで!? 今すぐ忘れて!?」



 ラヴィの軽口に同調するルカ。羞恥に頬を染めて声を荒げるサキノは、二人の様子に艶然と微笑んだ。



「うわぁああああああああああんっ!」



 そんな康寧な空気を切り裂く鳴き声がサキノの後方、会計口から上がった。

 三人の視線が会するのは、猫の耳と尾を携えた女猫人(シーキャット)の子供だった。



「本当にセリンちゃんのグッズはもう売り切れてしまったんですか?」

「あぁ、ついさっきな。アンタもしつこいな、早く帰れ」



 女猫人(シーキャット)の母親が店員に問い詰めるも、強面の店員はサキノの時とは別人のように素っ気なく対応するだけだった。



「さっきサキノが買いに行った時、残り二つって言ってなかったか?」

「うん、その間に他の人は来てない筈だけど……」



 ルカが店員の言葉を呼び起こすと、三人の記憶は正しかった。三人の視線に気が付いた強面の店員は、先程の笑顔とは打って変わって三人を睨み付ける。

 その行為の意味することが「余計なことはするな」だと三人は瞬時に悟った。


 泣きじゃくる子を引き連れ女猫人(シーキャット)の親子がその場を離れると、店員はぞんざいに腰を下ろし新聞を読み始める。

 亜人族差別。店員が商品の在庫があるにも関わらず販売しようとしないのは嫌厭が起因するものだった。


 幸福都市リフリアでは亜人族の割合は他地域に比べて圧倒的に多い。それでも一割ほどではあるが、都市管理機関が差別嫌厭の完全撤廃を宣言していること、徹底した亜人族の受け入れ態勢を敷いていることから、他都市での迫害から逃れ、亜人族達が流れてくる傾向にあるのだ。


『共生なくして人族の幸福はありえない』。


 都市トップたる者がそう言い放ったことで、何十年、何百年をかけてリフリアからは徐々に水面下の軋轢は薄れていき、友好な関係が築かれているのは紛れもない事実だった。

 しかし中には、個人的に忌憚を抱く者が存在するのも確かだ。全ての者の忌憚を完全に撤廃することは極めて難しい。

 このような人族による表面上では察知することの出来ない嫌がらせが、リフリアで横行しているという実態を、三人は目撃してしまった。



「何よあれぇ~! 感じ悪~い!」



 ラヴィの言い分はもっともだと、サキノは瞋恚に瞳を眇め店員に詰め寄ろうとしたが、一歩踏み出したところで踏みとどまる。



(私が直訴したところであの子は何を得る……?)



 サキノを突き動かしていたのは義侠心。だが、店員に詰め寄ったところで女猫人(シーキャット)の子供がそれを目撃すれば、亜人族である己に対する嫌悪を自覚し、心傷を刻むかもしれない。



(間違いを正すだけは正解じゃない……あの子を守るためには……)



 思案、後、決断。

 サキノは手に握る人形を見つめ、何かを決心したかのように、親子が去っていった方向に駆け出す。



「サキノ?」



 ラヴィはサキノの行動に不審感を呈したが、聞く耳持たずにその場を発った彼女の後を追う。ルカもその後に続いた。



「あの、これ、持って行ってください」



 背後からかけられた声に親子が振り向くと、サキノは先程購入した人形を両手で差し出していた。

 驚愕と困惑を渾然とした表情の母親は、おろおろとサキノへと断りの言葉を告げる。



「えっ!? いえっ、そんな悪いです!」

「いいんです」

「売り切れてしまったものは仕方ないので……」



 中々受け取ろうとしない母親の足元では、涙を目に溜めサキノのことを見上げる女の子の姿があった。サキノは女児の側に歩み寄ると、膝を折って目線を合わせる。



「これはお姉ちゃんからのプレゼント。受け取ってくれる?」



 ぱあっと表情を明るくさせる女の子に、サキノは優しく微笑んだ。そして、人差し指を立てて、約束を取り付ける。



「ただし、お母さんの言うことをちゃんと聞いていい子にすること。それと、あの店員さんはいい人だから怒らない事。出来るかな~?」

「うんっ!」



 元気よく返事する女の子にもう一度笑うと人形を手渡す。サキノの笑顔と同じように顔を埋めて笑う女の子は幸福に包まれているようだった。

 立ち上がり、母親の渾身の謝礼と、人形購入料金を貰い――サキノは断固拒否したが無理矢理押し付けられた――親子が去っていく。



「ありがとうお姉ちゃんー!」



 何度も振り返り手を振る女の子に、サキノも何度も手を振り返していた。

 姿がようやく見えなくなった頃、背後で行方を見守っていたルカとラヴィが隣に並ぶ。



「『流石サキノ、惚れ直したぜ……』ってルカがぼやいてたよ?」

「そうだな。人の為に行動出来ることが凄いよ」

「そこはあたし的には否定して欲しいんだけどぉ!?」

「言わなきゃいいのに……」



 ラヴィが自滅し、サキノがクスクス笑いながらツッコミを入れる。

 垂涎の思いで入手した人形を手放したサキノへ、ルカは親子が消えていった先を見つめながら尋ねた。



「良かったのか?」

「うん、あの子に擦り切れるまで大切に使ってもらえるならセリンちゃんも本望だよ」



 サキノの慧眼を以て、あの女の子が大事にしてくれると見極めたのだろう。

 迷いが払拭されたサキノの横顔には悄然さは残っておらず、晴れやかな微笑に、店員がふんっと鼻を鳴らしていた。

 サキノの善行の余韻に浸るルカとラヴィだったが、サキノは自分の使命を急に思い出したかのように。



「いけないっ! 依頼の子、待たせてるんだった! 私、学園に戻るね! 二人ともまた明日!」



 忙しなくバタバタし始め、サキノは出入り口に向けて走っていった。その様子を見送ったラヴィは憂慮を滲ませながらルカに笑いを見せ、二人は申し合わせたかのように店を後にした。


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