第2話:キャンプ地
「皆さん、もうすぐ着くっすよ」
アレトが、モリヒト達にそう声をかけてきたのは、それなりに時間が経ってからだった。
飛空艇の中で一泊。
そして、日が昇ってからのことだ。
揺れも少なく、騒音もない船内は、驚くほどよく眠れた。
「真龍のところか?」
「いえいえ。いきなりこんなもんで真龍様のところへなんか乗り付けたら、どんな不興を買うか分かったもんじゃないっすよ。まずは、麓、ディバリスの森の外に帝国軍がキャンプを張ってるんで、そこに行くっす」
「キャンプか」
「ええ。もともとは、ここまで大がかりにするつもりはなかったんで、あくまでも調査隊って規模だったんすけどね。今回持ってきた物資は、小さな陣地くらいは構えられる量なんで」
「手間取る、と予想してるのか?」
モリヒトの問いに、アレトは首を振った。
「皆さんの、特にテュールの巫女衆のお力を借りられる以上、収束自体は早いっていうのが、陛下の見立てっす」
ただ、とアレトは続ける。
「地脈異常の収束はできても、その影響が長く残る可能性はある、とも見ているっすね」
実際のところ、地脈異常は長く続けば長く続くほどに、影響は大きい。
今回の場合、思ったよりも長引いているらしい。
そして、地脈異常の影響の大きさというのは、発生点から遠いところほど、後になってから発生するという。
「これが、テュールで起こったんだったら、地脈の下流で起きたことなんで、上流であるオルクトの方にはあんまり影響ないんすけどね」
「そうなのか?」
アレトの言葉に、モリヒトがルイホウを見ると、ルイホウは頷いた。
「地脈の影響は分岐点を経る度に薄くなるものですが、上流から下流へと向かう場合と、下流から上流へと向かう場合とでは、影響の減少度合いが変化します。はい」
「そうだねえ・・・・・・。一般的には、上流で起こることは下流に影響しやすく、下流で起こることは上流には影響しにくい、かな?」
「じゃあ、『竜殺しの大祭』もこの辺でやったほうが効率いいんじゃないのか?」
「いえ。『竜殺しの大祭』は、目的が違いますので。はい」
ルイホウ曰く、地脈で起こることの影響は、通常、上流から下流へと向かうのが強い。
ただし、地脈によどみやゆがみが溜まると、その下流への影響が阻害されるらしい。
そのよどみやゆがみを解消するのが、『竜殺しの大祭』だ。
「あれだよ。川を下流でせき止めて流れを止めてしまうと、上流で川に落ちたゴミは、いつまでも流れずそこに溜まるだろう? その下流のせき止めを解消するのが、『竜殺しの大祭』というわけさ」
クリシャの補足を受けて、なるほど、とモリヒトは頷く。
「まあ、詳しい状況は、キャンプ地に落ち着いてから説明するんで、降りる準備すすめてもらえるっすか?」
「分かった」
** ++ **
モリヒト達を乗せた飛空艇は、ゆっくりと降下していく。
飛行には燃料を用いたエンジンを用いても、浮遊、降下に関しては、魔術頼りだ。
浮力を落とし、静かに降下しつつ、羽を仕舞い、着陸用の固定足を出す。
もっともこの足は船体を支えるものではない。
飛空艇は性質上、浮遊機関によって常に一定の浮力は持っているため、同じ高度を維持するには、それほどコストがかからない。
足は、地面に触れさせることで、地上にある時に船体が不必要に揺れたりしないようにするためのものだ。
そして着陸した飛空艇は、横腹を開ける。
着陸地点に待ち構えていた、帝国兵たち。
並びに、着陸した飛空艇から降りた帝国兵たちが向かい合う。
そんな中に、アレトが進み出た。
「魔皇近衛第十四位、アレト・ビルクハンです。先任の指揮官はどなたですか?」
「は! 帝国陸軍第八方面軍所属、ノーマン・アルクス少佐であります!」
敬礼をするアレトに、敬礼を返す、帝国軍人。
「では、これより、この場での指揮権は、自分の方で預かります。よろしいですか?」
疑問形ではあるが、それは実質命令だ。
ただでさえ、魔皇近衛には現場での最優先指揮権があるのに、アレトはその上、魔皇セイヴの委任状を持っている。
確認したノーマンの方も否やはなく、頷いた。
「は! 問題ありません!」
「では、まず飛空艇内の物資を下ろし、内容の確認、並びに、増援部隊のキャンプ地の設営を始めてください」
「は!」
「アルクス少佐は、現在までの状況の報告を」
「了解であります!」
そうして、二人は連れ立って歩き出す。
「おっと・・・・・・」
その途中で、アレトは振り返った。
ちょうど、タラップからモリヒト、ルイホウ、クリシャの三人が下りてくる。
「三人とも、さっそくで悪いっすけど、これから状況確認するっす! ついてきてください!!」
** ++ **
案内された指揮所は、テントの中だった。
絨毯などを引いてあるが、机などは簡素なもので、まさしく前線の指揮所、といった風情だ。
そこで卓の上に引かれた地形の概略図に、戦力の展開状況がコマを使って示されていた。
「・・・・・・うーん。なんというか、一目でよくわからん」
「分からないなら、特にコメントいらないと思うんだけどね」
モリヒトの漏らした言葉に、クリシャが苦笑した。
テントの中には、ノーマン、アレト、モリヒト、ルイホウ、クリシャの他に、数名の人影がある。
ノーマンと同じ、帝国軍の軍服を身にまとう者が、三名。
その三名は、先ほどモリヒト達がテント内に入るまで、卓を囲んでなにやら議論をしていた、若い兵士だ。
軍服が綺麗なのと、ちょっと飾りがついていることから、おそらくは士官なのだろう。
そのほかに、もう二人。
長身でしっかりとした体躯の男と、若い、というより、幼い、と言う方が適切な少女が一人。
男は、精悍な顔立ちながら、どこか神経質なところが見える。
一方で少女の方が、議論には参加せず、端の椅子に座っている。
二人に共通するのは、
「・・・・・・角?」
「ディバリスの森守の一族の特徴です。・・・・・・正確には、世界各地の真龍の住まう領域の近くで、その領域の守護にあたる一族共通の特徴ですが。はい」
ルイホウに耳打ちされて、モリヒトは再度二人を見る。
男の方は、若い士官三名との議論に熱中しているが、少女の方は、モリヒト達を見て、はっとした顔で立ち上がる。
「では、状況を説明するっすよ」
アレトが、ぱんぱん、と手を叩いた。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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