未知の敵、ヒュノギガス
それからケントたちは洞窟を抜け、そこから来た道を戻ること三時間。辺りが暗くなり始めたところでようやく街まで帰還した。
「はー、やっと帰って来られた……」
安全な場所まで辿り着き、寒さも和らいだことで、ケントは解放感を表現するかのように深いため息をこぼす。
「魔物は強いわ寒さも酷いわで、今までで一番辛い依頼だったな」
「そうね。厳しい依頼になるのは覚悟してたつもりだけど、ここまで力不足を思い知らされると、やっぱりへこむわ……」
「確かに課題の残る結果だったが、それについては後で話し合おう。今は、ひとまずギルドに報告を済ませようじゃないか」
話すべき事柄は色々あるが、それらは仕事を済ませてからでも遅くはない。ケントたちは今回の依頼の結果を伝えるべく、ギルドを目指して歩いていった。
しばらくして、ケントたちはギルドの中へと入っていく。夜に差し掛かろうとしている時間ということもあってか、元々少ない人の往来は更にまばらで、王都のギルドとは似ても似つかぬ静かな雰囲気を放っていた。
「あ! お帰りなさい、皆さん!」
そのような中でも受付嬢であるロロアは待機しており、彼らの姿を確認するとニコニコとしながら彼らを出迎える。
「どうでしたか? 何かおかしな所はありましたか?」
「ああ。あの洞窟で、あんたから貰った資料には載ってなかったとてつもなく強い魔物と遭遇したよ」
その報告を聞くと、ロロアは先程までの表情から一転、血相を変えて驚いた。
「え、ええええっ!? 本当ですか!?」
「本当だ。どうにか倒すことは出来たけど、かなりギリギリのところまで追い詰められた。あれは確実に、Bランク相当の強さはあるはずだ」
ケントは数時間前の戦いを思い返す。退路を塞いだうえで広い範囲に渡って効果を及ぼす強力な魔術を駆使し、彼らを全滅一歩手前まで追いやるなど、間違いなく今までに戦った魔物の中でも一、二を争う強敵だった。
「で、では、その魔物の特徴を教えていただけますか?」
「ああ。俺が見上げるくらいの大柄な体格で、見た目はオークに近かったな。かなり強力な魔術の使い手で、大きな氷を作り出したり周りの温度を下げる魔術を使ってきた。でもって、石の棒を武器にしていてたんだけど、それにはこの宝石がはめ込まれていたんだ」
そこまで話したところで、ケントはカウンターにサファイアを置くと、それをすっとロロアに向けて差し出した。
「わあっ、綺麗な石ですね……って、えええええっ!?」
その石が何かに気付いたところで、ロロアは飛び跳ねんばかりの勢いで声を上げて驚く。それを聞いて、後ろで仕事をしていた他の受付嬢が一斉に彼女の方に振り向いていた。
「こ、これってサファイアじゃないですか! これを、魔物が持ってたんですか!?」
「そうだけど……やっぱりこの石、珍しいものなんだな」
「珍しいなんてものじゃないです! もしこれをここの二つ隣にある雑貨屋に売ったら、商品全てと引き換えにしてもお釣りがきますよ! それくらい、滅多に見つからない貴重なものなんですから!」
この街周辺の洞窟でしか採れず、採掘量も少ない。見た目も綺麗で、そのうえ魔力を増幅させるという有用な性質を持つともなれば、装飾品としても武具の材料としても需要が高く、極めて高値で取引される。そんな希少な石を目の前にして、ロロアは興奮が抑えきれない様子だった。
「……はっ!? す、済みません。サファイアなんて実際に見たことがないものですから、驚きすぎて話が横道に逸れてしまいました。それで、皆さんが戦った魔物はこれをはめた武器で、魔術を行使していたのでしたよね?」
「ああ。俺の仲間が言うには、サファイアには水属性の魔力を増幅させる性質があるらしくてな。オーク種って、魔物の中でも知能が高いんだろ? だったら、偶然見つけたサファイアを武器に利用したとしてもおかしくないんじゃないかって思うんだけど」
「確かに道具を利用する魔物はそう珍しくはありませんが、私の知る限りではこの地域にそんな魔物はいないはず。そうなると……ちょっと待っていてください」
ロロアは断りを入れてから一度窓口を退席し、奥にある棚から古そうな資料を手に取ると、それを近くの机に置いてから一枚一枚ページをめくっていく。
「うーん。オークみたいで、石の棒を武器にして強力な魔術を使用する魔物…………あ!」
資料からそれらしき魔物の情報を見つけると、ロロアはすぐさまケントたちのいる場所まで戻っていく。
「もしかして、皆さんが見たのはこの魔物ですか?」
そしてケントたちにそれを見せ、そこに書かれてある魔物の姿を指差した。
「間違いない、こいつだ! そうか、ヒュノギガスっていうのか」
「これを見る限りこの魔物、昔はあの洞窟に生息していたみたいですね。ただ、それも二十年は前の話で、今はギルドによって絶滅種に認定されている魔物なんです。いくら異変といっても、絶滅した魔物が蘇るなんてことがあり得るのでしょうか?」
命は不可逆的なものであり、いかに異変であっても死んだ魔物が蘇るということだけは到底考えられない。では、それならどのような理由でヒュノギガスがあの洞窟に現れたのか。その疑問だけが、その場にいる全員の中で燻っていた。
「……やはり、まだまだ情報が足りていません。ですが異変に繋がる鍵は、もしかしたらそこに隠されているのかもしれませんね」
パズルを埋めようにも、まだまだピースが揃っていないのが現状である。しかし、今回のケントたちの働きが、あるいは欠けているピースの一つとなるのかもしれない。ロロアは資料を閉じると、彼らにこう告げる。
「この件については私たちの方で報告書をまとめて、本部に提出してみようと思います。皆さん、依頼の達成、本当にお疲れ様でした」
それから報酬を渡すと共に、ケントたちに深々とお辞儀をした。
「さて、外も大分暗くなってきましたし、今日のところは宿でゆっくり身体をお休めください」
「ああ。そうさせてもらうよ」
こうして報告を済ませ、晴れて依頼を完遂したところで、ケントたちはギルドを後にした。
そしてその日の夜。ケントたちは酒場での食事を終えるとすぐに宿に戻って、各々案内された部屋に入っていく。
「ふぅ、これでやっと寝られる……」
もう活動限界を迎えたとばかりに、ケントは一人そそくさとベッドに潜る。過酷な環境と凶悪な敵によって散々寒い思いをしたためか、いつも何気なく掛けている毛布が一段と温かく感じられた。
「……あの魔物、かなり手強かったな。何とか切り抜けたけど、結局この力に頼ってしまった」
ケントは天井を見つめながら、今日の戦いを振り返る。最後は自身の能力でピンチを打開できたものの、純粋な戦力としてはあまり役に立てていなかったという負い目が、彼の心にずっと引っ掛かっていた。
「今のままじゃこれから先の戦いには付いていけないな。どうするべきか、ちゃんと皆と話し合わないと」
今後の活動方針を見直さなければ、いずれ取り返しのつかない事態になるかもしれない。そうなる前に仲間としっかり相談する必要がある。少しずつまどろんでいく意識の中で、ケントはそのようなことを考えてゆっくりと目を瞑る。やがて、彼の意識は静寂で真っ暗な世界に溶けていった。
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