修業期間
翌日、ケントたちは起床してからすぐにボレアスを発ち、行きと同じく二日掛けて活動拠点のある王都アネモイへと帰還する。それから、更に次の日の朝のことだった。
「では、これから今後の活動について皆で話し合っていこうと思う」
ケントたちは食事を済ませた後、すぐに改めてテーブルを囲む。そして、いつものようにリューテの主導のもと、これからの予定を決めるための会議を始めた。
「まずは先の調査依頼に関して皆、本当にご苦労だった。私としてもどの程度難しい依頼になるか分からなかったから、こうして全員で無事にここまで帰れて安心している」
調査依頼は初めてであり、にも関わらず予期せぬ強敵と相対するという最悪の出だしになったが、誰一人として大きな怪我をすることもなく王都に帰還できた。危ういところもあったが、結果だけを見れば上々と言えた。
「ただ、魔物の強さは予想以上だった。最後にケント君の力を使ったから勝てたものの、そうでなければBランクの魔物は私たち全員で戦っても勝つのは難しい。皆、そのように感じているのではないかと思う」
「そうね。私の弓なんてまるで通じなかった。今のままじゃ、これから先の戦いに付いてこられそうにないわね……」
しかし、同時に手放しに喜べるような結果ではない。敵はあまりにも強く、ケントが自らの能力に頼らざるを得ない状況にまで追い込まれた。それは実質的な敗北であり、強い魔物と戦うにはまだまだ実力が足りていない。この場にいる全員が、それを痛感していた。
「そこで提案がある。調査依頼のことは一度忘れて、今日から半月ほど、鍛練の期間を設けたいと考えている。皆も、それで構わないだろうか?」
今後も先の依頼で戦った敵、ヒュノギガスに匹敵する力を持つ魔物と戦う可能性は十分にある。そうなれば今のままではまた、旗色が悪くなったらケントの能力で何とかするというのを繰り返すことになりかねない。それは彼らの冒険者としての信条に反することであり、そうなる前に今一度修業に戻り、調査依頼をこなすに相応しい実力を身に付ける必要があった。
「私は賛成よ。このまま調査依頼を続けても、皆の足を引っ張るだけだもの。今より強くなるために、鍛え直す時間が欲しいわ」
「俺も賛成だ。けど、具体的にどうする? 鍛えるって言っても、二週間くらいじゃ出来ることは限られてるだろうし……」
とはいえ、ただ漫然と鍛練をする余裕はない。目的はあくまで調査依頼である以上、明確な修行の方針を定めて短時間で今以上に強くなる必要があった。
「確かに、昔ケント君にしたように地道に身体を鍛えている時間はない。よって、今回は少しでも早く強くなるための方法を、各々模索する必要がある。例えば、今よりも強力な武器を手に入れるとかだな」
「なら、まずはこの前手に入れたサファイアを売って、活動資金にするのはどうだ? 何でもかなりの高値で売れるらしいし、それで武器には困らなくなるはずだ」
「待ってください、ケントさん」
そこで、ケントが資金繰りのためにサファイアを売却する提案をしたのを聞くと、ニュクスがそれを制する。
「もしよろしければ、あのサファイアは売るのではなく、私に譲っていただけませんか? 私の魔力の属性は水なので、あれを素材にして強力な武器を作りたいんです」
「武器の素材に? そういや、サファイアは水属性の魔力を増幅させるんだったな」
「はい。あの依頼の後、今の自分に足りないものは何かを考えていたんです。元々私の武器は魔物相手には殺傷力が低いので、そこを補うために水属性の初級魔術である≪麻痺≫を覚えました。ですが、やはり初級魔術では強い魔物には対抗出来ません。なので私の戦い方に合った、より強力な魔術を習得しようと思うんです」
魔物との戦闘におけるニュクスの役割は、専ら 麻痺で動きを止めて妨害するというものだが、それも段々と通用しなくなりつつある。しかし、物理的な攻撃面を高めようにも彼女の武器は短剣であり、固い魔物が相手ではどう頑張ったとしても傷を負わせることは難しい。そのことを踏まえた上で、ニュクスは自身の水属性の魔力を生かすため、支援の面を強化する道を選んだのである。
「なるほど……分かった。そういうことなら、あのサファイアはお前が役立ててくれ。皆もそれでいいか?」
ケントの問いに、全員が頷く。サファイアの効果は先の依頼で嫌という程に体験しており、それを今後はこちら側が扱えるとなれば、これ程心強いこともない。皆がそう考えたようで、満場一致で反対意見は出なかった。
「ありがとうございます。それとマヤさん。しばらくの間は、私に付いてもらえますか? こういうのは専門家に見てもらう方が、効率的に覚えられるはずですので」
「うん、任せて! 魔術のことなら、私が何でも教えてあげるね!」
そして魔術といえば天才魔術師、マヤの出番である。こうしてニュクスは彼女の指導のもと、魔術を覚えることとなった。
「うーん。ワタシももっと強くなりたいですけど、どうすればいいですかねえ?」
すると今度はソニアが、自分にあった鍛練の方法を考えようと、腕組みをしながら唸り声を上げる。
「ソニアちゃん。君は私と一緒に来てくれ。しばらくは二人で手頃な依頼を受けて、もっと色々な魔物と戦おう」
そんな彼女の悩みに答えたのは、リューテだった。
「ほえ? それっていつも通りじゃないですか?」
「ああ。君の身体能力は今の時点でも、この場の誰よりも優れているからな。特別な鍛練をせずとも、戦闘経験を積むことと仲間との連携力を高めること。この二つを伸ばせば、この先の戦いにも付いていけるようになるはずだ」
「本当ですか!?」
「勿論だ。それと、壊れた武器も新調しなければな。次はもっと頑丈な素材で作るとしよう」
「分かりました! よーし、頑張って強くなりますよー!」
ソニアの役割は、天性の高い身体能力を生かしたメンバーの切り込み隊長で、常に誰よりも最前線で戦うこととなる。そして、経験に裏打ちされた堅実な実力を持つリューテも彼女と同じ役割を担うことが多い。そのため、二人で組んで魔物との戦闘経験を積むことが最も効果的な鍛練になると、リューテはそう考えた。
こうして、残るメンバーはケントとエルナのみとなった。
「俺は……どうしたものかな」
「……ねえケント。私、一度故郷の村に帰ろうと思ってるのだけど、もし良かったら一緒に来ない?」
ケントもまた、強くなるために何をすればいいか、良い考えが思い浮かばずにいた。そこへ、エルナが自分と共に生まれ育った村まで来ないかと提案する。
「故郷の村? ってことは、ゼピュロスに戻るのか?」
「ええ。あなたと初めて会った日に、私の両親の話をしたのを覚えてるかしら?」
「ああ。二人とも、昔は優秀な冒険者だったって話だろ? 父親が凄腕の剣士で、母親が弓の名手だって……あっ、もしかして」
「そういうことよ。私はお母さんから、あなたはお父さんから、一緒に稽古をつけてもらいましょう?」
冒険者だったのは昔の話ではあるが、それでも父親はAランクに、母親はBランクにまで上り詰めた確かな実力者であり、エルナにとっては幼い頃からの憧れの存在である。二人ならば、自分とケントが今よりも強くなるための知恵を授けてくれるに違いないと、そう思っての今回の提案だった。
こうしてケントは、エルナと共にゼピュロスの近くにある彼女の生まれ故郷である村に行くことが決定した。
「よし。これで皆、当面の方針は決まったな」
話し合いは思いの外順調に進み、最終的な結果としてケントとエルナ、ニュクスとマヤ、ソニアとリューテの三組に分かれて、それぞれ修業をすることとなった。
「では改めて、これよりしばらくは鍛練の期間とする。少しでも強くなるため、そしてこれからの戦いを生き抜くため、皆で頑張ろう」
リューテがそう締め括ったことで、会議は終了する。そして今この時からが、鍛練の始まりである。
ケントたちはすぐさま立ち上がり、各々自室に戻って鍛練を始めるために必要な準備に取り掛かった。
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