プロローグ
エルニア大陸西方の街には”禁地”と定められた土地がある。
なぜその名で呼ばれることになったのかは不明だが、いつしかそう呼ばれることになっていた。
その禁地に足を運んだ者によれば、近づくだけで生命力を奪われる、奇妙な声や音が聞こえる、仲間が殺された、などと皆口を揃えて言うという。
不吉の象徴として呪い子や奴隷を捨てる場所としても有名な場所だ。
これらのことからこの大陸内だけではなく、他の大陸でも悪風が広がり恐れられていた。
そんな禁地に、重々しい鎧を着た数十人の騎士が左右に列を成し、足枷口枷手枷、身体中の至る所に鎖を付けられた少女が訪れた。
「これより、マビュラス王国災厄の双子の王家継承者、いや罪人ケニカを追放する。
意義ある者は剣を示せ。」
列の中から一際目立った鎧を着た騎士が周りを見渡す。
どの騎士も腰に掛けた剣には手を触れず、ひたすら虚空を見つめていた。
「異議無しと判断し、即刻追放とする。
禁地の魔物によって死体ごと跡形もなく消えるであろう。
それを見届けて我らの使命を終えるとする。」
少女に付けられていた一部の鎖が外され、傷で負傷した足を一歩ずつ動かす。
禁地に近づくたびに、命を削り取られるような感覚に陥るが、ここで逃げたとしてもすぐに殺されるだけの命、その絶望に少しでも生きたいという最後の抗いのためだけに少しづつ足を動かしていく。
「騎士達よ、所定の位置へ下がれ。
罪人よ、そのまま真っすぐ歩け。」
淀んだ空気、雨が降り出してきそうな雨雲、妙な心の騒めき、不安な要素だけが待ち構えている。
禁地の手前には、禁地と普通の土地とを分け隔てる溝があり、その溝を越えた瞬間魔物によって食い殺されるという噂が広がっていた。
少女がその溝に向かって一歩ずつ進んでいく。
その光景に何人かの騎士は息を呑み、足を震わせる者もいた。
「罪人が域を超えたことを確認。
騎士達は即刻護りの姿勢を!」
少女が溝を踏み越えた瞬間、禁地の森からおぞましい気配が感じられる。
魔物のような足音ではなく、足並みをそろえた複数人の人と思われるような足音。
魔物とは思えない気配に騎士達は困惑する。
やがて森から現れたのは青年ぐらいの身長の男。
右手を腰に当て、左手には一本の剣を握っていた。
「我は、稀有な存在。
この森に虫一匹が立ち入ることを禁ずる。
よって、即刻消え失せろ。」
青年が放った言葉に大半の騎士が気絶し崩れ落ちる。
「禁地の声に惑わされるな!耳を塞げ!!」
「我は、二度同じことを言うのを嫌うぞ?」
その言葉は目の前にいた少女に向けられていた。
赤く染まった目は殺意に満ち、怒りを露わにしていた。
青年は少女の今の立場を瞬時に理解し、溝に向かって歩く。
「貴様は、この我がこの土地から出られないと思い、そこから見守っているのだな?」
「あ、ああっぁ!その溝は聖域だ!!」
恐怖で理性を失いかけている騎士が口を開く。
「戯け。
我ぐらいにこのような制限、効かぬわ。」
青年は人々が聖域だと信じ込んでいた、その溝を軽々しく踏み越えた。
「笑止千万、聖域だと?
聖域が張ってあるとするなら、我はここには居らぬ。
さて、絶対的な安全が崩れた貴様らはこれからどうするというのだ?」
剣先を騎士達に向け剣を構える青年に騎士達は命の危機を感じた。
瞬間、青年は剣を下ろし、すぐさま溝内へ戻った。
「っち。」
青年が向ける言葉は騎士達を通り越してさらに後ろ、一人の人間が歩いてきた。
不吉とされる黒髪にボロボロのローブを身にまとった見るからに怪しい男。
手ぶらでひたすらこちらに歩いてくる。
「い、一般人はいますぐ逃げなさい!!」
「こちらは危険だ!!」
数名の騎士達が忠告をするが男は聞く耳持たずに、その上欠伸をしながら進んでくる。
尻もちついている騎士達を横目に青年の元にまで辿り着くと、青年の頭を掴む。
「おい、ガキ。」
「ガキとは我の事か?甚だしい、我は王ぞ?」
「俺から見たら、どこをどう見てもガキだ。
それにお前”生まれたてだな”?
見たところ追いやられてきたという感じだろうな。
あとであいつらにも言っておかないといけないな...。」
「我を無視するとはふざけた野郎だ。
即刻撃ち滅ぼしてくれるわ!」
青年は素早く剣を振るい男の首を刎ねようとする。
だがその剣は男の手によって阻止された。
青年はありえないと、目を見開き剣を抜こうとする。
男の手によって掴み取られた剣はびくともせず、次第にヒビが広がっていく。
「剣は大事にしろよ?
いらないのだら、こうするがな。」
パキンッと音を立てて剣先から壊れ落ちていく。
青年は未知の恐怖に思わず後ずさり森へ引き返そうとする。
「あぁ、そうだ。
ガキ、先輩に挨拶はしたか?
ルールに厳しいやつが一人いてな、どうやらお前はそれを無視してしまったらしい。」
青年はその場でピタリと足を止め、急に跪く。
青年の意志によって跪いたのではなく、もっと強大な力によってねじ伏せられた。
「許しを乞え、後ろの者達も同罪とする。」
男は素早く少女の肩に手を当てる。
謎の低い声が鳴り響いた瞬間に、青年や溝の後ろにいた騎士達の身体が爆発四散する。
真っ赤な血だまりだけがその場に残り、雨が降り出してきた。
「か弱い生物が、我らを無視するとは愚かなり。」
「一人ぐらいは残してくれても良かったのでは?」
「ガッハッハ!そなたぐらいだ、我に物申すのは!」
謎の声が消えたのを確認し、男は少女の身体についている枷を引きちぎっていく。
枷はすべて取られ、灰色髪の傷だらけの少女となった。
「声は出せるか?」
「......ぁ。」
「長い間黙っていれば喉も乾燥するか、ひとまず俺の小屋で休ませるか。」
少女は瞼を開け、惨劇を知る。
その血だまりと、枷からの解放、命が助かったことに安堵し、襲い掛かってきた眠気と疲労に再び瞼を閉じた。
「まったく、この土地に何人の捨て子が来るんだか。」
大きな雨粒が地に残った残滓を洗い流していく。
まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように。




