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勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。  作者: tomato.nit
踊る境界線

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70/70

70話 戻ってこい

 中継役が連れ出されたあと、部屋に残ったのは紙と油の匂いだけだった。


 セレネが俺の手首の布を解く。


 ようやく、解放されると思うと、セレネの手が触れた個所に意識が集中してしまう。


 「柔らかい」

 

 しまった。と思ったときには遅かった。

 

 セレネの視線は、明確に、俺のことを見下している。


「随分余裕だね。まあ、それでチャラにしてやるよ」


「いやそれは俺の台詞……」


「ああん?」


 縛られて痛い場所とセレネの手が触れた場所が重なる。


 完全に威圧され黙らされたが、納得は出来てない。


 リュシオンが戸口のところで腕を組んでいた。


「独断が過ぎるぞ、セレネ」


 灰色封を見て、そこで一度だけ言葉を切る。


「……だが、成果はあったか」


「先に言えば、あんたは止めたでしょ?」


「当たり前だ」


「うん。だから黙ってた。結果は見ての通りってわけさ」


 セレネは灰色封をひらひら振った。


 リュシオンの眉間に皺が寄る。


「次は事前に共有してくれ」


「その時があればね」


 その返しに、レイネは一度だけ目を伏せた。


 俺は封を受け取った。


 ハーゲン宛。


 境界接触、次段階へ。


 短い文なのに、手の中で妙に重い。


「持って帰るんだろ」


 セレネが言う。


「そっちの魔王様に」


「そのつもりだけど」


「じゃあ落とすんじゃないよ」


「俺が荷物持ちなのは今も昔も変わらないつもりなんだが」


「だからだよ」


 境界へ戻る途中、セレネが横目で俺を見る。


「次に武器なしで立ってたら、今度は本当に縛り上げるからね」


「今回は違ったのか?」


「手首だけなんだから我慢しな」


 俺は赤くなった手首を見せた。


「十分きつかったけどな」


 セレネは笑わなかった。


 でも、口元だけ少し動いた。


 境界で別れる時、リュシオンはまだ俺を切ったままの目で見ていた。


 魔族側の林へ戻ると、ゲルデが真っ先に怒鳴った。


「遅え!」


「すまん。それでも成果はあったぞ」


「縛られてたくせによく言う」


 ヴェラは俺の手首を一瞥し、それから封を見た。


「運べたか」


「一応、成功ですかね」


「一応か。まあいい。魔王様との約束を違えなかっただけでもよしとする」


 言い返す前に、魔王様の部屋へ通された。


 紫の目は、封を見た瞬間に細くなる。


「報告しろ」


「旧中継所に、待ってた奴がいました」


 魔王様の眉が、そこでほんの少しだけ動く。


「経緯から話せ。半分ほどは伝え聞いているが」


「セレネが偽命令に乗ったふりをしました。俺は縛られたまま、旧中継所へ」


「そこで何があった?」


「命令の中継役が一人。俺の処分とセレネの処分。同時に進めるつもりでした」


 魔王様は口を挟まない。


 だから、そのまま続ける。


「途中、ラーデンの件で、一度止まりました」


「負傷者と聞いているが」


「はい。治療室の確認が入って、筆が止まりました」


 封の角が、指に当たる。


「それでも、まだ書く気でした。魔王軍側の確認札が入って、もう一度止まった」


「封は」


 俺は差し出した。


「そいつの内ポケットから出ました。ハーゲン宛です」


 魔王様は封を受け取り、短く目を通す。


「ハーゲンか。死人が手紙を受け取る風習はないはずだがな」


「持ち帰ったな」


「はい」


 そこで喉が詰まった。


「……俺も」


 魔王様はわずかに目を細めた。


「ああ。よく戻った」


 その一言が何よりも染みた。


 いや、最後に向けられた微かな笑顔も捨てがたい。


 部屋を出た後も魔王様の姿を反芻していると、気付けば、記録室に居た。


 夜明け前の空気はもうない。


 カイムの机も、そのままだ。


 俺は一枚の紙を置いた。


『余白あり。人間側にも同手口。セレネ、偽命令に乗る。中継役一名拘束。ハーゲン宛封あり』


 机の端へ指を置く。


 冷たい木だ。


「お前が追ってたもの、少しだけ掴めたぞ」


 返事はない。


 でも、置いた紙だけはそのまま残った。



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