1話 森の中の出逢い
うす暗い森の中をただ一心に走り抜ける。
横には名も知らない少年。後ろからは魔物の咆哮。
森の中を歩いていると、道を外れたところから悲鳴が聞こえた。何事かと思い、声のする方に行くと魔物と少年が。少年の方は放心して動けないようだった。
とっさに炎の魔法で目晦ましをして少年の手を引き逃げ出した。そして今に至る。
「グォォオオオ!!」
一段と大きく、近くから雄叫びが聞こえる。鼓膜を破るほどの大きな声に、身体がひるみそうになるのを必死に抑える。
狼のような姿をした魔物からこのまま逃げ切るのは無理だ。そう判断をし次の行動に移る。
「このまま走って!」
少年の手を放しながら彼を進行方向に押し出す反動で狼と向かい合う。
興奮で沸騰しきった頭を何とか冷静にし、脳内で魔法陣を構築。暗い森に規則的な円形の文様が浮かび上がる。
「……燃えて!」
言葉に応えるように炎が魔物を包み込む。グガァァ!!というひときわ大きな咆哮が木々を震わせた。自分の背丈の倍ほどもあった巨体はその場に倒れこみ、それきり動かなかった。
「はぁぁ……」
完全に息絶え、姿が消滅したことを確認すると、一気に安堵の感情が降ってきた。大きなため息をつく。全身の力が抜けそうだった。
でもまだ気は抜けない。
「さっきの子は……?」
とりあえず目の前の危険から逃げてもらうためにそのまま送り出したが、まだ魔物が潜んでるかもしれない。すぐに見つけないと……
もう一度魔法を使い、あたりを照らす。そして、先ほど少年が走っていった方へ進む。
まもなく、光に気づいた人影がこちらに駆け寄ってきた。
「君!大丈夫だった?」
そう声をかけたが、返事はない。息がひどく切れている。
「いったん落ち着こう。さっきの魔物はもう倒したから」
そう言い、彼の手を取ってその場に座らせる。近くで見ても目立った怪我は見受けられない。無事みたいだ。
周りを警戒しつつ、呼吸が落ち着くのを待ってから、水を渡す。
「あり……がと……」
のどを潤すと少しは緊張も解けたのか、小さくそう言った。
私と同じくらいの年の、金髪の少年。彼にいったい何があったのだろう?
「無事で良かった。他に一緒に来た人は?」
少年は荷物はそれほど持っておらず、服装も旅人のそれには見えなかった。だから、一緒に来た大人とはぐれて道を外れたところを狼に襲われたのではないかと思った。
「ううん、僕一人だけ」
意外な答えだった。ということは、街から迷い込んだのだろうか?
「とりあえず、道の方に戻ろう。」
そう伝えて、立ち上がるように促した。そこで思い出す。まだこの子の名前を聞いていない。
「名前をまだ聞いてなかった。私はウィロー、冒険者だよ。君は?」
「……エラルド」
「エラルド、ね。よろしく」
座ったままのエラルドに手を差し出し、握手をしながら手を引っ張る。少しよろけながらも彼は立ち上がった。
まずは足元の悪い山道を抜け、整備された道へ戻る。
安全が確保できたことを確認し、エラルドに問いかけた。
「家はどこ?もし道がわからないようなら送って行くよ」
「……家、帰れない」
「どうして?」
「僕、今日家出してきたんだ。だから、帰れない」
家出。そのワードに少し固まってしまう。
普通に考えれば、何とか説得し家に帰ってもらうほうが良いだろう。でも、エラルドは本当に悔しく辛そうな顔をしている。悲痛とも言えるその表情にかける言葉がなかなか見つからない。
「何が……あったの?」
しばらくして、やっと聞けたのはそれだけだった。そして、同じくらいの沈黙が続いた後、返答が来る。
「記憶喪失なんだ、僕。一年から前のこと、何も覚えてなくて。」
想像していたよりもずっと大きな事情があるようだ。
「……森の中に長居はできない。とにかく近くの街まで下りないと。道すがら話を聞かせてもらえる?」
その言葉にエラルドはうなずく。行動方針は決まった。
「さっきも言った通り、僕、記憶喪失で。一年前に山の中にいたのを近くの村の人たちが助けてくれたんだ。」
記憶喪失。その実情は当人でしか理解できないものも多いだろう。下手に共感をするべきではない。そう思い、無言で続きを促す。
「この一年間は先生の家で生活をしていたんだ。先生っていうのは、村のお医者さんで、とっても優しい人なんだ。……でも」
そこで声のトーンが下がる。
「でも、僕が魔法や剣の練習をしたいって言っても止めるんだ。僕が記憶喪失だから、無茶はしちゃだめだ、って。村にいる限り、僕は何もできないまま。そう思うと我慢できなくて……村を飛び出してきた」
「……エラルドは強くなりたいの?」
「うん。変かもしれないけど……いつも誰かが頭の中に『強くなれ』って話かけてくるんだ。その言葉を聞くと居ても立っても居られなくなって……ウィローさんは冒険者なんだよね?」
「そうだね。まだ駆け出しだけど」
「いいなぁ、僕もあんな風に魔法が使えたらなぁ……自由にいろんなところに行けたらなぁ」
「……」
「僕も、旅に出たい」
独り言のようにそう語るエラルドは本当に悲しそうだった。
記憶喪失の辛さは私にはわからない。でも、自由な世界を旅したいという気持ちは私が一番よくわかっている。
――何か……できることがあるだろうか?
考えながら歩いていると、街の灯りが見えてきた。
「今日のところはこの街で宿をとろう。疲れてるだろうし、今後のことは明日考えることにしてさ」
声をかけると、「うん」と小さく返事が返ってきた。足元がおぼつかない様子なのでかなり眠いのだろう。
とにかく一番近くにあった旅の宿屋に入ることになった。
◇
「はぁ……」
ベッドに腰かけ、一人ため息をつく。
二人分の部屋を取り、エラルドを部屋まで送り届け、やっと一人になれたところで考え事を始める。
「旅に出たい、かぁ」
そのまま倒れこみ、天井を見上げる。
さっきのエラルドの発言について考える。
なぜ、あの発言をしたのか、それが本心なのか。それは本人しか知りえない。
でも、だけど、
「自由になりたい気持ち、それはよくわかる……誰に止められたところで諦められるものじゃない」
記憶が無く、原因がわからない焦燥感を抱え続ける日々というのはどれほど苦しいものだろうか。 旅にでて、その気持ちが少しでも和らぐのなら……なんとか手助けがしたい。
寝返りをうち、ベッドサイドのテーブルに置いた手帳に目を向ける。
革製の年季の入った手帳。そして、旅に出るきっかけをくれた手帳。私の旅はこの手帳と手帳の前の持ち主であるおばあちゃんから始まった。
目を瞑り、自分が旅に出るきっかけを今一度思い出すことにした。
1話投稿しました!
2話は20:00に投稿予定です




