小事件 (2)
半ば強引に店から出されたハイドは、アルに何があったのか問いかける。
「こんな怪我人を連れ出して何する気だ?僕は制服も着てない」
「いいのいいの。ちょっとしたトラブルだって言っただろ?たいしたことじゃないんだ」
アルはトラブルがそこまで重大ではないことを伝える。ハイドはそれを聞いて不満をぶつけた。
「こっちは仕事中だったんだけど?たいしたことじゃないなら僕が行く必要ないんじゃないか?」
「それはお互い様だ。それに、ハイドはたいしたことじゃなくてもできないだろ」
アルはそう言って肩を叩いてくる。ハイドは痛みで顔をしかめた。ただ、アルが言っていることは間違っておらず、自警団として活動できる範囲が限られている中、ハイドに仕事を選り好みできるはずがなかった。
「それで……何があったんだよ?どこに向かってる?」
「西地区のとある老夫婦のお宅だ。そこで問題が起きて自警団に助けを求められた」
「なんだよ、その問題って?」
ハイドは興味を示さないまま話を聞く。アルは簡潔に答えた。
「その老夫婦が飼っていた犬が逃げ出したらしい。それで今もどこにいるのか分からないんだって」
「……それで?」
「その犬は近所では凶暴な大型犬として知られていて、早く見つけないと誰かが襲われるかもしれないって」
アルはゆっくり歩きながら説明を行う。ハイドはそれを聞いて、自分が役に立てないことを確信した。ハイドは車椅子での移動を余儀なくされていて、簡単に動き回ることはできない。自警団としてその犬を探すことが仕事になるのであれば、残念ながら使い物にならないのだ。
「そんなに大きな犬だったら、むやみに探し回らなくてもすぐに見つかるだろ」
「それが、いなくなってから二日が経とうとしてるんだが、全くその痕跡さえ見つからないんだ。確かに大型犬が街の中に逃げたとすれば、誰かがその犬を見てるはずだ。でも、そんな目撃者も今のところやって来てない。だから問題なんだ」
アルは今回の些細な事件の本質を語る。ハイドはそれを聞いて少しは面白い話だと思う。しかし、自分がその問題に関わりたいかと言われればそうではなかった。
「それで、これからの予定は?」
「もう一回その老夫婦の所に行って、ハイドにもその時の状況を聞いて欲しいんだ。それで、その犬がどこに消えてしまったのかを考えて欲しい」
「……多分、そんなことをしている間にどこかで見つかりそうだけどな」
「とにかく聞いてみるだけ聞いてみてくれ」
アルはハイドが抵抗できないことを良いことに、強引に話を進めてハイドの役割を示した。ハイドはそれに反対することさえできないで、その老夫婦に会いに向かった。
老夫婦は西地区の北部に住んでいた。周囲には他の家が点在していて、近くの店舗となれば雑貨屋が少し離れたところにある程度の土地である。それ以外は農地が占めていた。
老夫婦の住まいは二階建てで、庭もある広い家だった。庭には犬小屋が一つ置いてある。
「ようこそ、上がってください」
出迎えてくれたのは一人の高齢の女性だった。自警団が以前にもやって来ているはずだったが、ハイドらのことを温かく歓迎してくれる。
「何度もすみません、ルビーさん。まだストロングは見つかってなくて、それで自警団で一番の頭脳を持つ彼に一緒に探してもらおうと思いまして。もう一度話してくれませんか?」
アルが訪れた理由を説明する。適当な紹介にハイドは溜息をつきたくなったが、ルビーの視線を感じて笑って誤魔化した。
「ハイドと言います。よろしくお願いします」
ハイドは社交辞令として笑顔を絶やさない。アルの適当な言葉を否定しなかったのは、ルビーという温厚で人当たりの良い困っている人の前で、二人の押し問答を聞かせるわけにはいかなかったからである。
「私はルビーです。こちらこそお願いしますね。……ハイドさんはどこか怪我をされていたり?」
ルビーはハイドが車椅子に座っている理由を尋ねてくる。体に障害や重度の疾患を持っている人が自警団員になれないことを知っていて、その点を質問しているようだった。
「ええまあ、ちょっとしたことで怪我をしてしまって。もうすぐ完治するんですけど」
ハイドは何があったのかは話さないで簡単な説明で止めておく。ルビーも詳しくは聞いてこなかった。
「それでは話してもらって良いですか?」
ハイドはルビーの負担のことも考えて、早速本題に入ることにした。
「……ええ。ストロングがいなくなったのは二日前のことです。その日は何かにずっと興奮していたみたいで、ストロングがどこかに吠えている様子を窓からずっと見ていました。でも、珍しいことではなかったので、それを放っておきました。それから少し時間が経った後、今度はストロングが首輪の紐を引っ張って暴れている姿を見ました。それを見て、私の主人が宥めに行こうとしたんです」
「それはこの家の中から見ていたんですよね?どの窓から見えていたんですか?」
ハイドは質問を挟む。ルビーはすぐに一つの窓を指差した。ハイドは自分で車椅子を動かし、その窓から外を眺める。すると、ルビーの話の通りストロングが繋がれていたのであろう紐が見て取れた。しかし、それは無残にも千切れてしまっている。
「ストロングはあの紐を引き千切って逃げたんですか?」
「そうです。その時のことを見ていたのではっきり覚えてます。主人が急いで追いかけたのですが、見つかりませんでした。それで自警団の方に助けを求めた次第です」
「なるほど」
ハイドは話を聞いて少し考えてみる。しかし、今の時点で分かることはなかった。
「……ちょっと、庭に出てあの紐を見て良いですか?」
「どうぞ」
ルビーはすぐに了承して立ち上がり、ハイドらを庭に案内する。ハイドはアルに移動を任せてルビーについていった。
庭はかなり広く、周囲は柵で囲まれている。しかし、出入り口には人が一人通れる程の隙間があった。庭は芝生で覆われていて、手入れが行き届いている。
「……確かに紐の繊維がばらばらになってますね。千切れたみたいだ」
ハイドはストロングが繋がれていたという紐を観察する。紐は劣化しているわけではなさそうだったが、大きな犬が力を出せば千切ることも可能なのかもしれないと考える。
「ストロングが興奮していたときに、誰かを見たりはしませんでしたか?知らない人が覗き込んだりしていて、それにストロングが吠えていたという可能性は?」
「覚えてないです。でも、そんな人影は見なかったような気がします」
「そうですか」
ハイドは有力な情報を得られないで考え込む。ハイドが気にしていたのは、ストロングが逃げたのは偶然なのか、それとも故意に行われたのかということだった。故意に行われたとするなら、誰かがストロングを挑発して興奮したストロング自身に紐を千切らせたという可能性が考えられる。ルビーとその主人はストロングが紐を千切って逃げていく瞬間を見ている。誰かが紐に触れていた事実はなく、故意に切断された可能性はない。
しかし、どのような可能性であろうとストロングを逃がす理由が見つからないためハイドは困った。ストロングを挑発しても、ストロングが紐を千切れるとは限らない。それに加えて、ストロングを逃がしたところで何か利益が出る人間がいるようには思えなかったのである。
残る可能性として考えられることは、ストロングを逃がすつもりはなかった誰かがただ挑発して遊んでいたところ、不幸にもストロングが逃げ出してしまったという可能性だった。そうだったとしても、ストロングが見つかれば解決する話である。偶然だとすれば、もはや考えても仕方がないことである。
結局、聞いたこと以上のことは分からなかった。
「ストロングの年はいくつ位なんですか?」
「老犬です。拾って育てたので、詳しい年は分からないですけど」
「そうですか」
ルビーは心配そうな顔で犬小屋の方を見つめている。ハイドはストロングを見たことがないものの、愛情を注がれて生きていたことはよく理解できた。
「私と主人は三十年前に戦争で長男を亡くしました。その三年後、次男を空襲で亡くしました。二人とも家族がいましたが、それぞれの家族とはそのことが原因で今では会っていません。孫をこんな所に連れてくることはできないと連邦の中で生活していて、それから連絡を取っていないのです。会いに行きたいけど、私も主人も年を取って遠出ができなくなってしまいました。そうして大切な物を失っていったのです。ストロングは私たちの子供同然でした。何年も一緒にいてそう思っています。ですが、そんなストロングもいなくなってしまった。……悲しくてどうしようもありません」
ルビーの言葉が風に流される。ハイドはそれを聞いていて、家族を失うことの辛さをルビーが今回も味わっていることを知った。人間と動物に違いはない。その存在を大切に思っていて必要としていたならば、失ったときの傷は共に大きく癒えにくいのだ。
「僕らが絶対に探し出してみせます。心配しないでください」
ハイドがそんなことを口走ったのは、仕事の関係上ルビーと同じような人を見ているからかもしれなかった。そんな人の力になることがハイドの仕事なのである。
話を全て聞き終えて、ハイドとアルは来た道を戻りつつ近所の人に聞き込みを行った。しかし、最初にアルが聞き入れていたこと以上の情報を得ることはできなかった。ストロングの姿を見たという人は一人もいない。何も分からない状況ではあったが、何者かがストロングの失踪に関与している可能性だけは濃厚となっていった。
「何か気付いたことはあったか?」
ヘリー修繕店に戻っている中、アルが質問してくる。ハイドは首を横に振った。
「とにかくストロングが見つからないことには、何も分からないだろう。それがどんな状態であったとしても」
ハイドは含みを持たせる。何も確かではない中、適当なことを口にできなかったのだ。しかし、アルはハイドの言いたがっていることを察した。
「殺されてる可能性があるってことか?」
「分からない。今は全ての可能性が重なってる」
ハイドらが分かっていることは、ストロングがいなくなったという事実だけに等しい。その理由など、ハイドが予想できていることに加えて予想できていない可能性も含めると星の数ほどある。その中から事実を見つけ出すことはもちろんできず、近い可能性を推測することもできない。
「……ハイドでも分からなかったか」
「どうして僕ならどうにかなると思ったんだ?」
ハイドは今更になって自分が呼ばれた理由を問う。体を使えない状態であるからといって、頭を使うような仕事を引き受けても活躍できるわけがない。ハイドはアルが何を菅g萎えているのか分からなかった。
「そう自分のことを悪く言うなって。ハイドは使えない奴だって自警団の中ではよく知られてるけど、ヨシノさんの一件があって少し見方が変わってきてる」
「何だよ。ヨシノさんのことで何かしたか?」
「いや、ヨシノさんの件を実質解決に持ち込んだのはハイドだっただろ?どうやってかは知らないけど、あの子供たちを見つけ出してきてさ。それで見直されつつあったりして。でも、大怪我負ってやっぱりなって言われたり」
アルは面白そうに話す。ハイドはその話を聞いてどうでも良いと感じた。
「結局、何も分からなかった。ストロングがどうやって逃げたのかとか、そんなの分からないし。せいぜい探して見つけ出せるように頑張ってくれ」
ハイドは自分がこれ以上この案件に関わることはないと考えて、アルがこの小事件を上手く解決することを願う。
「人任せかよ。……まあ、こうなったらどうしようもないけどな」
アルはハイドの言葉を聞いて、仕方がないといった雰囲気を出す。ハイドは心の中で役に立てないことを申し訳なく思った。
「それで、いつになったら完治して戻ってくるんだ?」
「分からない。だいぶ良くなってきてるんだけど、痛みが中々引かない。それに、体がこれまで以上に動かなくなってる」
「それは大問題だな」
「それがなんとかなるまではどうしようもない。……また話を聞いて頭で応援するくらいはするからさ」
「分かった。焦ったりすんなよ」
最終的に、アルはそう言ってハイドの置かれている状況を飲み込んだ。
「それでさ……別のことで聞きたいことがあるんだけど」
話が一段落したとハイドが気を緩ませていると、アルが再び話しかけてきた。
「なに?」
「いや、最近ヨシノさんとは上手くやってるのかなと思って」
アルの質問は自警団と全く関係のないことだった。唐突な質問に何を答えれば良いのか困る。
「ホウカから聞いた話によると、ヨシノさんがハイドのことを怖がってたそうじゃないか。寝ている間に何かをされるかもしれないって」
「何の話だよ」
ハイドはアルが些細な話を始めたことを面倒に感じる。どうでも良いことを勝手に話したホウカに文句を言いたくなった。
「いや、最初はハイドのことだからそんなことはしないだろうって思ってたけど、ヨシノさんがそんなことを考えるくらいだから本当に何かあったのかなと思って」
「何もないよ。勝手に事件を起こそうとするな」
ハイドはアルの言い方に不満を持つ。ハイド自身、ホウカからその話をされた後は注意深くしていたのだ。
「……でも、ヨシノさんに新しく思うこととかあったりしない?」
「はあ?」
ハイドはその時になって、初めて後ろを振り返って車椅子を押しているアルの顔を覗く。案外真面目な表情をしていて、何を目的としているのかハイドには理解できなかった。
「もうすぐ二ヶ月が経つだろ?何かがあったっておかしくない時期だ」
「だから何もないって言ってるだろ」
「好きになったりしてないか?」
アルの質問は唐突だった。ハイドはそんな直球の質問に口を閉じる。アルはそんなことを面白半分に話題にするような人間ではない。今までアルがハイドのそのような個人的なことを気にしたことはなく、同時にハイドもアルのそのようなことに首を突っ込んだことはない。
ハイドは一つの可能性を見い出した。
「おい、ホウカに言われてそんなこと聞いてるだろ」
「……え?どうしてホウカが?」
アルが白々しく答える。ハイドはそんなアルを見て確信した。ホウカはそういった類いの話を好んでいる。ハイドに直接同じような質問をしてきたこともあるのだ。そんなことから、今日のアルもそんなホウカの命令を受けているのだと推測した。
「何にしても絶対に言わない。ホウカの差し金だと思うとなおさら」
ハイドはホウカのことを嫌ってはいないが、そのような話を好んでもいない。それは、ハイドにそのような人がいないことを知っているのにもかかわらず、ホウカがあえて質問してきていると感じているからである。今回のアルの問いかけにも同様の感情を持っていた。
「まあ、嘘つくわけにもいかないからな。ホウカ、かなり気にしてたぞ?」
アルはあっさりとホウカの指示だったことを認める。しかし、それでもアルはホウカの肩を持っているようだった。
「どうして?関係ない話だ」
ハイドはホウカの詮索に嫌悪感を示す。しかし、アルは言い返した。
「関係ないってことはないだろ。ホウカはいつもハイドのことを気にしてる。それは分かってるだろ?今回も、ヨシノさんが窃盗犯だった過去があって、そのことが気になってハイドのことを心配してるんじゃないか?ハイドはヨシノさんのことを高く評価してるみたいだけど、心の奥にどんな表情を持っているのか分からないだろ?」
「……それはそうかもしれないけど。でも、だったらそう言って心配したらいいじゃないか。どうして変な聞き方をするんだ?」
「はあ……ハイドはこれだからダメなんだよ」
アルがハイドのことを蔑む。ハイドはそんなことをなぜ言われなければならないのかと感じた。しかし、すぐにアルが解決策を提示した。
「ハイドもホウカが何を考えているのか聞いてみたらどうだ?それが分かればホウカのことをそんなに悪く言うことはできないだろ?……まあ、ホウカがハイドみたいに簡単に口を割るとは思えないけどな」
「僕も考えていることを簡単に話したりしない」
ハイドはすぐに反発する。しかし、アルはハイドの頭をわしゃわしゃと触って笑った。
「簡単だって。なにせ酒を多めに飲ませとけば勝手に話し出すんだから」
アルはそう言って今度は肩を叩いてくる。ハイドは自分のそんな特徴を思い出し、確かにその通りだと思った。ハイド自身はその時に何を話したのか覚えていない。しかし、後々話を聞くと、心の内に秘めていた感情を暴露していたということはよくあるのだ。
「絶対に酒なんて飲まない」
ハイドは苦し紛れに言い返す。しかし、それができないことはアルだけでなくハイド自身も分かっていた。




