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返還

 次の日、ハイドは同じようにヨシノと分担して作業をしていた。測定と分類をハイドが行い、ヨシノがそれを記録していく。この作業体系は今までの方式とはまるで違い、ヨシノと情報を交わしながら行っていく必要がある。いつもは静かだったヘリー修繕店に業務的ながら会話が続いていた。


 メンデレーは落ち着きを取り戻しつつあるが、自警団や軍の活動が活発になっている。ハイドは怪我のために参加できていなかったが、ヘリー修繕店に街の役人や自警団員が何度か訪れていて、特殊な雰囲気を感じ取ることはできていた。


 「いつまでこんなことが続くんでしょう?」


 ヨシノはハイドから伝えられた情報を紙に書きながら質問する。しかし、それは誰にも分からない。


 「いつかは分からないけど、きっと戦争が終わるまで続くんじゃない?それか、対立してる勢力のどちらかがいなくなったときか」


 ハイドはさほど気にしないで作業を進める。街や自警団は帝国派がメンデレーに蔓延ることを阻止しようとしていて、帝国派は自らの考え方をメンデレーに浸透させようとしている。今はフリース共和国の人間だという意識を持つ住民の方が多いものの、いつその状況が変わるかは未知数だった。


 「怪我が治ると、店長はまた自警団として活動するんですか?」


 「……まあね」


 ハイドは考えを巡らせることなく答える。理由はハイドにも分かっていないため質問されると困ると思ったが、ヨシノはそうですかと答えただけだった。業務連絡以外に話す内容を失うと、淡々と作業を行っていく。


 しばらくすると、再びヘリー修繕店の扉が開いた。ハイドはまた役人か自警団が聞き込みに来たのだと勝手に思い込む。しかし、扉の前に立っていたのは私服の女性だった。


 「……あの、ここがヘリー修繕店ですか?」


 女性は大きな鞄を持っていて、長い髪を風に揺らしている。年はまだ十代の後半ほどに見えた。


 「そうですけど、あなたは?」


 「あの……ここにお父さんの指輪があるかもしれないって聞いて」


 女性は小さな声で来た理由を話す。それは、ヘリー修繕店に最も重要な仕事が舞い込んできたことを意味していた。


 「ヨシノさん、その人をここの椅子に」


 ハイドはすぐさま指示を出して、机の上を片付ける。女性はヨシノに連れられて椅子に座った。返還の仕事をするのは数ヶ月ぶりだった。


 「えっと、お父さんの指輪を探してるんだって?」


 「はい。……村にいた兵士の人がここにあるかもしれないって」


 「ちょっと待ってね……」


 ハイドは急いで紙を取り出して、女性の話を聞く体勢に入る。ただ、女性はそれっきり話をやめてしまう。ハイドは自分から質問を行っていくことにした。


 「まず、名前を教えてくれる?」


 「セレナです。アボガリアのカルコゲンに住んでいました」


 「……カルコゲン」


 ハイドはその名を聞いて一つの資料を出す。それには、ハイドが軍から受け取った遺品がどこで回収されたのかがまとめられている。その中を調べると、半年前に軍から受けとった遺品の回収先にその名前があった。それは、その村で何かが起きて人が死んでいることを意味している。セレナは遺品を探しに来たようだった。


 「今はどこに住んでいるの?」


 「フリース共和国のブロンです。妹と弟の三人で」


 「そっか……」


 ハイドはなんとか反応するも、それから言葉が出てこない。セレナが口にした内容から、彼女の今の境遇が分かってしまったのだ。


 「それで……この店を教えてくれた兵士さんがいたのは、カルコゲンでの話?」


 「はい。カルコゲンがゲリラに襲われて、私と妹と弟は逃げることができたんですけど、お父さんとお母さんは逃げられなかったみたいで。……遺骨は回収できました」


 セレナは淡々と過去の話をする。しかし、その表情は特別悲痛でゆがんでいるわけではない。聞いていたハイドの方が、表情を変化させないように気をつけた。ハイドの仕事はセレナに同情することではないのだ。


 「それで連邦軍の人に助けられて、避難民としてブロンまで連れていってもらいました。そこには避難民のキャンプがあって今はそこで生活しています。でもこの前、カルコゲンを連邦軍が制圧して安全になったことで、一時的に帰還したい人のために輸送の車が出たんです。私だけがそれに乗ってカルコゲンに行って、両親の遺体を見つけました。でも、その時のお父さんが指輪をしてなくて、それがどこにあるのか近くにいた軍の人に聞いたらメンデレーのこの店にあるかもしれないと」


 セレナはヘリー修繕店にやって来るまでの経緯を説明し終える。ハイドはそれを聞いて絶句した。あまりにも話の内容が痛ましかったのだ。


 「……その指輪はお父さんがずっとつけていたのかな?」


 「はい。何でもおばあちゃんの形見らしくて、手放していた所を見たことがありません」


 「どの指につけてた?」


 「中指です」


 ハイドはその情報を聞いて、おおよその大きさを考える。人によって指の太さはもちろん違うが、些細な情報でも必要になってくることがあるのだ。


 「じゃあ、詳しくその指輪の特徴を教えてくれる?」


 ハイドが確認したところ、カルコゲンから回収されてきた指輪は全部で百程度ある。それはつまり、それほどの人が手放さなければならなくなったことを意味している。カルコゲンという街の規模をハイドはよく知らないが、それでも凄惨な戦い、あるいは一方的な攻撃があったことは簡単に想像できた。


 ただ、今ここで重要なのはどのようにしてその中から特定していくかということである。もちろん、軍が回収できていない可能性も排除できない。


 「赤色の石みたいなのがついてました。丸いところは金属で……それで」


 セレナは説明を始めるも、すぐに言葉を詰まらせてしまう。聞いたことを細かく紙に書いていたハイドだったが、セレナの声が止まったため顔を上げる。するとそこには、声を抑えて涙を流しているセレナがいた。ハイドはすぐに話を中断する。


 「すぐに思い出さなくて良いよ。ゆっくりで良いから。……ちょっと休もうか」


 ハイドはそう言ってセレナに手ぬぐいを渡す。セレナはそれを受け取って涙をこらえようとしている。しかし、そんなセレナの意思とは関係なく、涙と嗚咽が溢れ出てきていた。ハイドはヨシノを呼ぶ。


 「お茶を出してあげて」


 セレナは弟と妹の三人で難を逃れたと言っていた。その話から、セレナが二人の前では気丈に振る舞っている様子が簡単に想像できる。それに加えて、この年齢にして両親の遺体を確認することまでしなければならなかったのだという。心にどれほどの傷を受けているのかは想像できなかった。


 それからしばらくはヨシノがセレナの相手をして、なんとか話ができる状態に戻った。目を腫らしたセレナは何度も深呼吸をしている。


 「大丈夫?」


 ハイドが問いかけると、セレナは小さく頷く。ハイドはそれを確認して話を再開した。


 「じゃあその指輪のことなんだけど、例えばどこかに文字が掘ってあったりとかしてなかった?あるいは傷がついていたとか、少しゆがんでいたとか」


 「……ごめんなさい、分かりません。大切な物だってことは聞いていたんですけど、どんな物なのかしっかり見たことはなくて。まさかこんなことになるなんて……」


 「そっか、大丈夫。じゃあ、ちょっと待ってね」


 ハイドは今までの情報だけで一致しそうな指輪を探すことにする。指輪は地下に保管されているが、ハイドは紙の上だけの情報で最初の確認をする。紙の上には全ての遺品の情報が載っているのだ。


 ハイドが探したところ、一致しそうな指輪は三つあった。どれも同じ赤の鉱石が装飾されていて、土台には金属が使われている。大きさも一般的で、中指につけられていたとしてもおかしくない。


 次に、ハイドはその三つの指輪の特徴を確認した。すると、一つについては特殊な加工が施されていると書かれていた。他の違いには、金属がどんな種類なのかということと赤の鉱石についている傷のことがある。


 土台の金属に関して、一つはジルコニウム、他の二つは銀が使われている。赤い鉱石への傷の付き方は、ジルコニウムを土台にしている指輪が最も激しく、他の指輪にもそれほどではないにしても傷はついていた。また、赤色の鉱物はどれも蛍石という種類のものが使われている。土台にはどの指輪にも目立った傷はついていないと書かれていた。


 ただ、セレナは指輪のことをしっかりと覚えていないという。それに、普通の人が金属や鉱物の具体的な種類を見分けられるはずがない。そんなことから、その違いについて質問してもセレナは答えられないと判断するに至った。


 「一つ質問してもいい?」


 「……はい」


 「おばあちゃんの形見をお父さんが受け継いで持っていたんだよね?そのおばあちゃんはどこに住んでたの?」


 「……確か、クリンプです。アボガリアの北の街の」


 セレナが新しい地名を出す。ハイドは次の質問を行う。


 「その指輪をおばあちゃんはそこで買ったのかな?」


 「……分からないです。指輪のことはあんまり知らないんです。でも、見た目は覚えてます」


 セレナは見ればすぐに分かることを伝えてくる。しかし、ハイドにはその方法を取れないため、別の方法でアプローチすることを考えた。


 そうして、ハイドが他に手掛かりとなりそうな情報を探していると、ヨシノがそばに寄ってきた。ハイドの横までやってくると、耳打ちで話かけてくる。


 「ありそうなんですか?……もし可能性がないなら、話をこれ以上聞くのは酷です」


 ヨシノはセレナのことを気にしているようだった。ハイドが中々指輪があるのか明言しないことから、そんなことを心配したらしい。ハイドはその質問に小声で返答した。


 「可能性があるのは三つある。だから今はその絞り込みをしてる」


 「どうして?その三つを見せてあげたら良いんじゃないですか?」


 ヨシノがすぐにハイドの方法に対して反論する。しかし、ハイドにはそれができない事情があった。


 「できない」


 ハイドは、きっぱりそう伝えると再びセレナと会話を始める。ヨシノは不満そうに下がっていった。


 「見たら分かるってことなんだけど、この紙にその指輪の絵を描ける?赤の鉱石がどんな形だったかだけでも良いんだけど」


 「……絵ですか?」


 セレナは困惑する。しかし、渡された鉛筆で指輪の形を正確に描こうと奮闘した。ただ、それは全く特徴的な形をしていなかった。他の人が指輪を描いても、同じような絵が出てくるであろう一般的なものである。しかし、ハイドはそれからも手掛かりを見つけ出そうとする。


 「……赤の鉱石がついてるのは、指輪のこの位置で合ってる?」


 「はい」


 「それで、丸いわけではないんだね?」


 「角がありました」


 セレナはかすかな記憶をたぐり寄せてきて、情報をハイドに与える。しかし、それは三つの指輪全てに該当することで、ハイドは中々絞ることができなかった。


 「ごめんね、またちょっと休憩しようか」


 時間をかけて進展しなかったため、ハイドは再び休憩することを伝える。今度はハイドがその時間を必要としていたのだ。しかし、その瞬間にヨシノはハイドを車椅子ごと移動させ始めた。


 「ちょっと待っててね」


 ヨシノはセレナにそう言って、ハイドを台所に連れていく。面と向かったヨシノの表情は怒りで満ちていた。


 「何を考えてるんですか?」


 ヨシノの一言目はそんな言葉だった。ハイドを追及していることは間違いない。


 「どうして見せてあげないんだってこと?」


 ハイドはどうしてヨシノがこんな顔をしているのか分かっていた。ヨシノは頷いてハイドに理由を求める。


 「見せられないのは、あの子が間違った指輪を持っていくかもしれないからだ」


 「どうして?見たら分かるって言ってた」


 「それはあの子が思っているだけのことだ。ここに来るほとんどの人は大切な人を失って、その大切な人が生きていたことを証明できる物を探し出そうとしている。すると、見つけたいって感情から、似ている物を間違えて探していた物と錯覚してしまうことがあるんだ。それは仕方がないことなのかもしれない。だけど、それで間違った物を持っていって、仮にその後に本当にそれを探していた人が来たらどうする?……それを防ぐことができるのは僕らしかいない。僕らが正確に渡してあげないとダメなんだ」


 「……でも」


 「もしかすると、こんなに過去のことを聞いておいて、あの子に指輪を渡してあげられないかもしれない。三つの中にお父さんの指輪が本当にあったとしても、僕が判断を間違えてそんなことになるかもしれない。……だけど、僕が確実だと納得できない限り、指輪をあの子に見せることはできない」


 ハイドはヘリーから引き継いだ考え方をヨシノに伝える。ハイドは決してセレナに意地悪をしているわけではない。それでも、誰かの心を癒やすために何かを犠牲にすることはこの店では許されない。それがヨシノの求める方法を採用できない理由だった。


 「………」


 ヨシノはハイドの言葉を聞いて、ゆっくりと下がっていく。ハイドの言葉を理解してくれたのかは分からない。しかし、ハイドには仕事が残っていて、これ以上ヨシノに付き合ってる暇はなかった。


 ハイドはヨシノを台所においてセレナのもとに戻る。ハイドはもう一度三つの指輪の情報を眺めながら、セレナと話を再開した。


 「ブロンからここまではどうやって来たの?」


 ハイドは関係ない話を始める。セレナは唐突に話題が変わって驚いたようだったが、すぐに答えた。


 「歩いてきました」


 「歩いて!?大変じゃなかった?」


 メンデレーとブロンの移動は、どんなに速く歩いたとしても三日以上は確実にかかる。ハイドはその距離を歩いてきたというセレナに驚いた。


 「大丈夫です。足腰は強い方なんですよ」


 「そうなんだ。それは何かやってたの?鍛えてたり?」


 ハイドは指輪の情報の備考欄に書いてあることを眺める。そこには観察して気がついたことが書かれている。ハイドは手がかりになりそうにない情報を眺めるしかできない。


 「家が農家だったんです。雑草を抜いたり水をあげたり色々としんどいですけど、それのおかげで」


 「……何を作ってたの?」


 「芋です。アボガリアの土地は痩せているので」


 セレナは懐かしそうにすることなく、淡々と質問に答える。ただ、ハイドはその話を聞いて何かに気付きそうになった。何かがハイドの中で引っかかったのだ。


 「その作ってた土に小さな透明の結晶とかなかった?」


 「ありました。……それで指を切ったこともあります」


 セレナは何度か頷いて肯定する。今度は懐かしそうに少し笑う。対照的に、ハイドは目を瞑って思考を集中し始めた。


 ハイドはアボガリアの中央に火山があることを知っている。カルコゲンはそこに近いわけではないが、その火山の噴出物が土壌の一部になっている可能性を見出していた。透明な結晶はガラス状結晶だと容易に推測できる。ハイドは資料の一つの備考欄の情報にのみ視線を集中させた。


 「お父さんがその畑で作業をしていた時、指輪はつけたままだった?」


 「はい。外した所を見たことがないので」


 セレナは不思議そうに答える。ハイドの様子に違和感を持ったのかのしれなかった。


 「……その赤色の石は光をあまり反射してなかったんじゃない?キラキラしてなかったというか」


 ハイドは自分が柔軟な考え方をしていなかったことを後悔する。セレナは少し考えた後に頷いた。


 「はい。確かにそうだったと思います」


 セレナは見れば分かると言っている。傷の付き方は分からなくても、どのように光っていたのかは分かるようだった。ハイドはセレナの言葉を受けて、一つの指輪をセレナに見せても良いかもしれないと考え始める。ほんの些細な会話から、それだけの証拠を集められたような気がしたのである。


 ハイドが注目したのは、指輪を構成する材料だった。土台にはジルコニウムが使われているものと銀が使われているものがあり、赤色の鉱物は蛍石だったということである。セレナにそんなことを聞いても意味のない話である。しかし、材料の物性に議論を移せば、真実を手繰り寄せられそうだった。


 結論から入れば、ジルコニウムを土台にしていた指輪が、セレナの探す指輪であるという証拠がそろっていた。その指輪の赤色蛍石は最も傷が多くなっていてくすんでいた。そして、どの指輪の土台にも傷はついていなかった。そんな観察によって得ていた事実が、ハイドの推測を事実に引き上げようとしていたのだ。


 「……ちょっと待っててね」


 ハイドはセレナにそう言って、自分で車椅子を動かす。向かうは地下の保管庫だった。


 「……見せる気になったの?」


 ヨシノはハイドに肩を貸す。ハイドが考え方を変えたと思ったのかもしれない。


 「証拠を得た」


 対して、ハイドは短く返答する。そして、自分の考えが間違っていないことをもう一度確認した。


 セレナの父親がガラス状結晶を含む土壌で作物を育てていたということは、その土壌と指輪が頻繁に接触していたと考えて間違いない。ハイドが着目したのはその点だった。可能性があった三つの指輪の内、一つが赤色蛍石をくすませていた。それがガラス状結晶に傷つけられた結果であると考えていたのだ。蛍石とガラスではガラスの硬度の方が高い。


 ただ、それだけではまだ確実と言えない。その指輪が最もくすんでいたものの、他の二つの指輪についても傷がなかったわけではないのだ。蛍石の硬度はそこまで高くないため、一般的に傷つきやすいとされている。


 そこで次に考えたのは、土台の材料だった。一つはジルコニウムで残りの二つには銀が使われている。そして、ジルコニウムが使われていた指輪は、最も蛍石に傷がついてくすんでいた指輪である。かつ、全ての指輪の土台に目立った傷はなかった。


 一般的に知られていることとして、ジルコニウムの硬度はガラスより高い。しかし、銀はガラスよりも低い。つまり、銀が土台として使われている指輪の蛍石についた傷がガラスによるものだった場合、ガラスより硬度が低い銀にも傷はつくはずである。しかし、ジルコニウムはガラスよりも固いため、ガラスに傷をつけられることはない。


 そのようにして、ハイドは一つの指輪に絞っていた。


 ただ、それだけでは探している指輪がヘリー修繕店に持ち込まれていないという可能性を排除できない。最後にハイドが根拠にしていたことは、セレナの祖母の出身だった。


 ハイドが絞った指輪だけジルコニウムが使われていることに加え、特殊な加工が施されていた。それがセレナの祖母の出身であるクリンプと関係していたのである。


 クリンプは海岸に近い街で、近くには大きな川も流れている。重要なことは、そこでジルコニウムの原料となるジルコンが産出していることだった。また、その地方では金属加工の方法が一般的ではないことが知られている。セレナの祖母がクリンプの出身と聞いてから、ハイドはこの可能性を残し続けていた。


 「奥の棚がここに書かれてる小物が置かれているところだ。その中から、この三つを持ってきてほしい」


 地下二階の保管庫までやってくると、ハイドはヨシノに紙を渡して指示する。ヨシノはハイドを壁にもたれかけさせて、その指輪を探しに棚に向かった。


 「……どうやって見つけ出したんですか?隣で聞いていて、絞りきれるような情報はなかったと思いますけど」


 「あったんだ。色々と」


 ハイドは詳しいことを説明しない。ヨシノが三つの指輪を持ってくると、ハイドはそれを確認して紙に書かれている指輪の情報と一致しているか確かめる。確認が取れると、ハイドは二つを布にくるめて一つだけを手に持った。


 「じゃあ戻ろう」


 ハイドは再びヨシノの力を借りて一階まで上がる。セレナは動くことなく、ハイドのことを待っていた。ハイドはまだ手に持っている指輪をセレナに見せないようにして、大きく息を吐いた。


 「お父さんの指輪を探しに来て、きっと何がなんでも見つけ出したいって思ってると思う。僕はセレナさんの話を聞いて、セレナさんのお父さんが持っていたと思う指輪を見つけた。僕はこれが間違いなくお父さんの指輪だと思ってる」


 「本当ですか!?」


 最後の説明をしていると、セレナは少し大きな声を出す。半分諦めていたのかもしれなく、セレナは嬉しそうな表情をしていた。しかし、だからこそ言っておかなければならないことがあった。


 「でも、僕は間違いないって思ってるけど、蓋を開けてみれば間違っていたなんてことが絶対にないとは言い切れない。だから、ここで約束をしてほしいことがあるんだ」


 「……なんですか?」


 セレナは少し怖がった表情をする。


 「僕が見せた指輪がお父さんの物だったときはもちろんそれを受け取って欲しい。だけど、僕が間違っていた時はそのことをはっきりと伝えて欲しいんだ。悔しいかもしれないけど、別の人がその指輪を今も一生懸命探しているかもしれない」


 セレナに厳しいことを言っていると分かっている。しかし、祖父のヘリーから伝えられた信念を守るため、そのことをセレナに守らせる必要があった。セレナがそれを守らずに嘘をついたときには、手ぶらで三日間かけて帰ってもらうことになる。


 「分かりました」


 セレナはハイドと目を合わせて答える。ハイドはセレナの了承を得たことで最終段階に入った。


 「じゃあ、見せるよ」


 ハイドは持っていた指輪をセレナの前に出す。その後にハイドが観察していたのは、セレナの反応だけだった。


 セレナは見せられた指輪をそっと手にする。そしてそれをしっかりと眺めていく。表情に目立った変化は見られない。ハイドとヨシノはその状況を緊張感を持って見つめた。


 「お父さんのもので間違いないです」


 セレナが小さな声で話す。ハイドは喜びの声を期待していたが、セレナは案外冷静だった。


 「間違いない?」


 「はい。これは確かにお父さんの物です」


 セレナは小さな声でハイドの目を見て答える。セレナの反応に嘘をついている様子はない。しかし、落ち着いた様子がハイドに違和感を持たせていた。それはヨシノも同じだった。


 「何か気になることでもある?」


 今度はヨシノからセレナに問いかける。セレナは見上げるようにヨシノの方を向いて一言呟いた。


 「……喜ぶと泣いてしまいそうで」


 セレナはそんな言葉と一緒に笑顔を見せる。しかし、すでに涙は目尻にたまっていた。その時になってようやく、ハイドは仕事を全うできたと感じた。


 ハイドには、何か特別な言葉をセレナにかけてあげられはしない。セレナが話してくれたことを、第三者が無理に理解しようとしてはいけないのだ。ハイドも両親を失っているが、幼かったためその時のことを覚えていない。ヘリーの場合は老衰による別れだった。そんなことから、ハイドは大切な何かを突然失う感覚を知らなかった。


 しかし、ヨシノはセレナのことを放ってはおけないようだった。ヨシノには、帝国の攻撃によって一瞬のうちに家族を失った過去がある。ヨシノの目に映るセレナは、ハイドが見ているセレナとは違うのだ。


 感情が落ち着くまで、セレナはヨシノと一緒にいた。本来ならば、早い内にブロンに戻って妹と弟の面倒を見なければならない。涙を見せようとしなかったのも、自分が一番しっかりしなければならないからだと予想できる。それでも、父親の形見を見つけたことで、抱え込んでいたセレナの感情は溢れ出してしまった。


 それは決して悪いことではない。後になって、ハイドとヨシノはそのことをセレナに伝えた。それがどこまでセレナにとって役に立つ言葉なのか、今は誰も分からない。それでも、その言葉はセレナを笑顔にしてハイドとヨシノを安心させた。


 店を去るセレナは、ずっと力強くなっていた。

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