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チュートリアル  作者: 鈴木 一
Episode.001 : First Meeting
18/21

Episode.001-07


[ ――『エレウシス』 日本フラグメント―― 7月26日 21:11(UTC + 9:00) ]


 結局、黒血達は、かなりの時間を【設定】画面の確認に費やしていた。上位を狙う他のプレイヤー達は、とうに街へ赴き、クエストを請け負ったり、仲間を集めてモンスター狩りへと出立していたりする事だろう。

 社会学で古くから提唱されている概念に、マタイ効果という物がある。『新約聖書』のマタイ福音書に綴られた、持っている人間は更に富んでいき、持っていない人間は更に搾取される、という風な意味合いの文言から名付けられた、“優位性の累積”を指摘した考え方である。

 オンラインゲームの世界でも、前述のマタイ効果は存在する。マタイ効果という言葉を知らずとも、多くのMMORPGプレイヤーは、この理論を経験則として理解しており、実践していた。

 もっと馴染のある表現をするならば、“最初が肝心”という事だ。ゲーム開始当初から上位陣に入り込めれば、効率的な狩場を独占できるし、一般に流通していないアイテムの相場をコントロールして大儲けする事もできる。そうして作り上げた最初の優位性――レベルや資産――を使い、更なる優位性を確保していくのが、MMORPGにおける、トップ プレイヤー達の常套手段であった。

 切っ掛けは僅少な差に過ぎないが、その小石程度の優位性が、段々と雪だるま式に膨らんでいき、やがては絶対的な格差を形成していく。

 今、黒血達が無為に浪費している時間、この瞬間こそが正に、マタイ効果で言われる“持つ者”と“持たざる者”とを分かつ、分水嶺なのだ。

 しかし、ゲーム開始直後に【神格】クラスの石板と装備を入手していた黒血は、今の段階で“持つ者”に分類されている。彼自身がそれを強く自覚している為に、彼は、瑣末なタイムロスを厭わず、むしろ、出会った仲間とのコミュニケーションにこそ意義を見出しているのだ。否、黒血とは、元来からこういった“オンラインゲームの楽しみ方”をする人間であった。



「称号とか、自分のステータスを知られたくないんだったら、【ランキングに名前を公開しない】と【マイページを公開しない】を、有効にしておいたらいいんじゃない?」


 称号を非表示にできるかも知れない、と黒血を糠喜びさせてしまったミュリアが、黒血の要件を充足させ得る設定項目を、甲斐甲斐しく見繕っていた。ミュリアは、黒血のすぐ隣まで移動すると、彼が開いているメニュー画面の上で、しなやかな指を滑らせ、今告げた設定項目の位置を指し示す。

 現実世界であれば、横に立つ麗人の甘美な薫香を、黒血はその鼻腔に感じる事もできたのであろうが、生憎とアバターは無臭で、息を吸い込んでも、黒血の嗅覚が捉えるのは、ただ針葉樹の放散する清涼な香りだけであった。


「あ、そうですね。じゃあ、これとこれをオンにして……。ありがとうございます」


 黒血は、ミュリアに提案された2つの設定項目を有効にしてから、彼女へ簡略な謝辞を述べた。黒血の言葉にミュリアは、芝居がかった大仰な動作で頷き、しかし鷹揚なその態度とは裏腹に、両頬にくっきりと笑窪を作りながら、大輪の笑顔を見せている。

 愛嬌に溢れるミュリアの振舞いは、男である黒血からしてみれば、大変に可愛らしく魅きつけられるものであるが、他の女性からは、反感の目でもって見られてしまうのかも知れない。そういった不穏な事柄を思い浮かべながら、黒血は、もう一人の女性、リディアを見やった。

 濡れた鴉の羽色のような深い艶を持った黒髪を、形の良い後頭部で高く括ったリディアは、その濃密な黒とは真逆の、如何なる色彩をも排した純粋たる白を肌に宿す。陰陽いんようの交わりを髣髴とさせる黒と白の鮮やかな対比は、静謐で東洋的な美感に満ち満ちて、彼女は、女神然とした崇高なまでの色香を纏っていた。

 アバターの髪型や髪色は、ゲーム開始時にカスタマイズできるとは言え、基本的な髪質や肌質は“国民カード”に登録された塩基配列から再現されている筈で――とは言え、生活習慣や手入れの行き届き方で、髪質や肌質は大きく変わるのだが――、リディアの精彩に富んだ漆黒の長髪や純白の素肌から、彼女の現実世界での美貌も窺える。

 黒血は、ミュリアの天真爛漫な態度が、他の女性に嫌悪の情を抱かせるのではないか、という思いからリディアを見たが、リディアがミュリアを唾棄するのではないか、と危惧した訳ではない。黒血がリディアに視線を向けたのは、彼の懸念とは逆に、リディアとミュリアが、出会って1時間もしない内から、まるで往年からの親友同士のように和気藹藹と打ち解けている事が解せない、という感情からであった。

 男性と比べて比較的コミュニケーション能力に長ける女性が、初対面の人間ともすぐに親しくなるのは、黒血も十分理解していたし、目にもしてきた。しかし彼は、リディアとミュリアの関係から、それ以上の親密さを感じていたのである。そして、――これはまた語られぬ物語エピソードであるが――黒血の人を見る目は、中々に優れていた。


 リディアとミュリアも、二人でメニュー画面を見せ合いながら、黒血がしたのと同じ設定をしたようである。稀有な美貌の持ち主であるリディアとミュリアが、姉妹のように仲睦まじく並んだ様は、見る者に得も言われぬ多幸感を抱かせた。

 彼女達の傍に居ながらも、どこか遠巻きに眺める第三者のように佇んでいた黒血へ、不意にミュリアが話題を振る。


「【ランキング】とか【マイページ】とか、キャラクターのステータスを公開するのって、こういうゲームじゃ一般的なんですか?」


 唐突に声を掛けられた黒血は、表情の緩みを気取られまいと、一瞬で険しい顔つきになり――逆に怪しいのだが――、落ち着いた口調で返答をする。


「うーん、一般的ではないと思いますけど、少なくないですよ。自分の知っている範囲では、ですけどね」


 彼等が設定を弄っていた【ランキング】や【マイページ】とは、『Raison D'etre Online』で標準的に提供される機能であり、プレイヤーのレベルやスキルといった情報を公式情報として掲載する物だ。対人で行うオンラインゲームにおいて、キャラクターの能力値が知られてしまうのは、様々な不都合を生じさせ得る。これらの機能に対して、ミュリアが釈然としないものを感じ取っても不思議はない。

 ちなみに【ランキング】とは、キャラクターのレベルや資産、スキル熟練度などの格付け情報を公開する機能であり、日常生活の中でしばしば目にする“何々ランキング”といったものと同義である。例えば、この機能をPKerプレイヤーキラーが、“カモ”を探し出す――資産ランキング上位でありながら、レベルやスキルが低いキャラクターをピックアップする――為のツールとして利用するであろう事は、想像に易い。

 他方の【マイページ】は、キャラクターのレベルやスキル、交友関係などを纏めて公開するプロフィール機能だ。プレイ日記やTips、随想などを記事として投稿する機能も備えている。これを万人が無条件で閲覧できるという事には、ミュリアでなくとも、疑問を持つ者が多く居るだろう。

 これも余談となるが、『Raison D'etre Online』では、【マイページ】を交点ノードとして、プレイヤー間の繋がりをネットワーク状に構成するコミュニティ促進機能、世間一般でSNSと呼ばれる仕組みが用意されている。ゲーム内でフレンド登録を行えば、互いの【マイページ】が自動的に相互リンクされ、ネットワークが形成されていく。


 ここまで思い至った段階で、3人は、自分達が何をしようとしていたのかを、ようやく思い出した。


「そろそろフレンド登録しましょうか」


 幾許かの気まずさを乗せたような声音で、リディアが切り出す。足踏みしていた彼等の冒険が、再び動き出した。




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