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チュートリアル  作者: 鈴木 一
Episode.001 : First Meeting
16/21

Episode.001-05


[ ――『エレウシス』 日本フラグメント―― 7月26日 20:53(UTC + 9:00) ]



「なんか【達成条件】の文章が不親切だよね……」


 愛らしい膨れっ面でメニュー画面を見つめながら、ミュリアが呟いた。リディアが同意するような相槌を打つ横で、同じように考えていた黒血も、小さく頷く。

 彼等が今し方クリアした『目撃者』クエストでは、“同じクエストを請け負っているプレイヤーを全て見付ける”事が、【達成条件】として表記されていたのだが、実際には、同じクエストを受けたプレイヤーとパーティーを組まなければ、クリア扱いにはならなかったのである。


「こっちのクエスト情報には、“合流した”って書いてあるんだし、最初のクエストの【達成条件】にも、同じクエスト受けた人達と合流する、って書けば良いのにね」


 リディアが、更新された『目撃者』クエストの情報――【達成条件】を満たした『目撃者』クエストであるが、連続したクエストであったらしく、新しい【達成条件】が提示されていた――を指差しながら不平を洩らす。

 彼女がメニュー画面を見ようとして俯くと、白磁の如く清らかな彼女の白面に、濡れたような光沢を放つ深い黒色の髪が一房、音もなく垂れ掛かる。それを流麗な動作で耳に掛けるリディアを眺めていた黒血は、はっと我に返ると、慌ててメニュー画面へと視線を移した。


===================================

クエスト名 : 目撃者

種別    : 宿命クエスト

難易度   : ★

説明    : 貴方は、秘密結社『黒火ブラック ファイヤー』の密談を目撃した人々と合流した。

       今後、事態に変化が起こった場合に備えて、

       彼等といつでも連絡が取れるような関係を構築するべきである。

達成条件  : 同じクエストを請け負っているプレイヤーと連絡先を交換する。

===================================


「連絡先を交換、って何だろうね」

「フレンド登録する、とかじゃないですか」


 ミュリアの疑問に対して、呆けていた事を悟られまいと、黒血が滔々と答える。多くのMMOゲームをプレイしてきた黒血にしてみれば、『エレウシス』という今居る世界が、“ゲーム上の世界”である、という事実を失念せず客観的に把握できてさえいれば、提示された【達成条件】を“ゲーム的に解釈”する事は造作もない。


「パーティーを組ませてみたり、フレンド登録させてみたり、っていうのは、ネトゲのクエストではよくあるパターンですから」


 顔を上げ、回答の論拠となっている自身の経験則を補足した黒血は、リディアとミュリアを交互に見やり、様子を窺う。二人とも、黒血の意見に賛成のようだ。


「そういうものなんですね。フレンド登録っていうのは、アドレス交換みたいなものなんですか?

 それなら、クエストとは関係なく、やっておきたいですね」


 クエストとは関係なく、というリディアの言葉に、黒血は胸をときめかせた。銀幕の中にさえ見出す事が困難な程、非の打ち所がない絶世の美貌を誇る女性から、アドレスの交換と同義であるという認識の下に、フレンド登録を持ち掛けられるなど、健常な男にとっては、如何なレア アイテムの入手よりも心躍るものであろう。




「……で、フレンド登録はどうやるの?」


 一瞬の沈黙の後、真っ先に会話の口火を切ったのは、またしてもミュリアであった。分からない事を他人に質問する事は、有効な課題解決の手段ではあるが、疑問が発生して直ぐにそれを誰彼へと問い掛けるのは、臆面がない行為だと捉えられても仕方がない。しかしながら、ミュリアの振舞いには、人に厭悪の情を湧き立たせるような所はなく、ただ彼女の印象に、無垢なる子供と同じ無邪気さや純真さを際立たせる。

 美人は得だ、などとはよく言うが、なるほど確かにその通りだ、と黒血はミュリアを見て得心した。

 彼が他のMMOゲームでギルドの新人指導を受け持っていた時には、それが役目だと分かっていても、繰り返される新人達からの質疑に辟易したものである。であるのに、今はどうだ。黒血はむしろ、ミュリアの質問に回答を与えられる事について、誇らしさすら覚えていた。


「メニュー画面を開いて、【アクション】から【ターゲット】を選ぶと、メニュー画面に目の前の光景とカーソルが表示されるので、表示されたカーソルを使ってプレイヤーをタッチすると、実行できるコマンドが選べるみたいです。

 その中に、フレンド登録もありましたよ」


 黒血の説明を聞きながら、ミュリアとリディアがメニュー画面を操作している。暫くすると、彼女達のメニュー画面の中に、ビデオ撮影しているかのように辺りの風景が映し出され、二人が小さく歓声を上げた。

 こういったゲーム内での操作は、慣れれば思考のみを介して実行する事も可能だし、多くの場合、モーション ショートカットと呼ばれる、特定のアバター動作を行う事による起動方法が設定されている。彼女達が今表示させた画面は、両手の親指と人差し指で長方形を形作り、カメラを構えるようなジェスチャーを行う事でも呼び出せる。だが、黒血を含めたマニュアル嫌いの三人が、その事を知るのは、まだ先の事であった。


「黒さんの名前に、『かわいそうな子』って付いているのは称号?」


 まだ彼等が出会ってから数分しか経過していないにも関わらず、最早ミュリアの“聞きたがり”は、黒血とリディアの頭の中で強烈に刷り込まれていたようで、絶え間なく繰り返されるミュリアの問い掛けに、リディアは、微笑ましい光景でも目撃したかのような朗らかな笑みを湛えていた。

 片や黒血は、ミュリアの発言に平常心を揺す振られている。彼女から親しみを込めて、“黒さん”と呼ばれた事に舞い上がっていた訳ではない。『かわいそうな子』という、えらく不名誉な称号を、彼女達に晒してしまった事にこそ、彼は平静を失っていた。


「え? あ、えーっと、うん……。そうです、称号です……」


 見事なまでに“しどろもどろ”を絵に描いたような黒血の態度に、リディアとミュリアは不審がったが、特に追求するような事はしない。大人の対応なのか、黒血に興味がないのか、黒血に確かめる術はなかった。


 称号には、それぞれに補正効果が設定されており、プレイヤーは獲得した称号から、様々な恩恵を得る事が出来る。そして、称号の持つ補正効果には、称号を所持しているだけで効果が発揮されるタイプと、称号を名乗る――ゲーム的に言い換えれば装備する――事で初めて効果が表れるタイプの2種類があった。

 称号『かわいそうな子』が持つ補正効果“与ダメージ+10(絶対固定値)”は、生憎と後者のタイプであり、黒血は、その強力な補正効果を得る為に、不本意ながらも『かわいそうな子』という称号を装備していたのである。


「そういえばメニューの【設定】で、称号を表示させる、させない、っていう項目があったような……」


 形の良い顎に人差し指を当てながら、何かを思い出す風に中空を見つめていたミュリアが呟く。ばつの悪そうな苦笑いを浮かべていた黒血は、ミュリアの呟きを聞くと、飛び掛からんばかりの勢いで、前のめりになって反応した。


「本当ですか!?」


 言いながら黒血は、メニュー画面を操作し、【設定】画面を開く。一瞬、黒血の勢いに気圧され、たじろいだミュリアであったが、黒血の必死な様を見つめると、同じく黒血の執着に驚いていたリディアと顔を見合わせながら、二人で小さく笑った。




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