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チュートリアル  作者: 鈴木 一
Episode.001 : First Meeting
14/21

Episode.001-03


[ ――『エレウシス』 日本フラグメント―― 7月26日 20:41(UTC + 9:00) ]



===================================

クエスト名 : 目撃者

種別    : 宿命クエスト

難易度   : ★

説明    : 滅多に人が立ち入らない辺鄙な森の中で、

       貴方は、秘密結社『黒火ブラック ファイヤー』の密談を偶然目撃した。

       話の内容は不明だが、『黒火ブラック ファイヤー』の情報は大変貴重である。

       同時に、『黒火ブラック ファイヤー』の機密情報を知ってしまった貴方は、

       危険な立場に立たされてしまった。

       秘密を共有し、互いを助け合える仲間が必要である。

       他に目撃者がいないか探してみよう。

達成条件  : 同じクエストを請け負っているプレイヤーを全て見付ける。

===================================


 黒血は、自分が請け負った、通称“出会い系クエスト”の情報を閲覧していた。クエスト開始時に表示されたシステム メッセージの文言が正式名称なのだとすれば、これは“Dramatic Destiny”という種類のクエストらしい。

 事前に黒血が知り得た情報によれば、この類のクエストは、プレイ スタイルやキャラクター メイク時の質問の答えなど、ゲーム内の情報を分析した上で、相性の良さそうなプレイヤーを強制的に出会わせる為のものである。女性プレイヤーに囲まれたハーレム ライフを目指している黒血にしてみれば、何とも期待度の高いクエストだ。

 黒血の頭の中からは、出会える相手が男性プレイヤーである可能性が、すっぽりと抜け落ちているようであった。


「NPCの密談を覗くだけのクエストで焦ったけど、【達成条件】からするに、これも歴とした“出会い系クエスト”みたいだな」


 黒血が遭遇した『目撃者』というクエストは、『暗殺教団』、別名『黒火ブラック ファイヤー』と呼ばれる殺し屋達の秘密結社が、人気ひとけのない森の中で何やら言葉を交わしているのを、ただ“目撃”するだけのクエストであった。全く“出会い”が発生する気配もなく、黒血は不安になっていたのである。

 黒血は失念していたが、『Raison D'etre Online』のゲーム情報を、サービス開始前から収集、掲載していた所謂“まとめサイト”では、“出会い系クエスト”には、大別して3種類のパターンがあると記載されていた。【邂逅】、【協力】、【共有】の3種類だ。

 何らかのシステム的な導きによって、単純にプレイヤー達が顔を合わせるのが、【邂逅】とカテゴライズされるクエストで、何人かのプレイヤーが、戦闘などの行為を共に遂行するのが【協力】という分類の“出会い系クエスト”である。そして、同じ事件を目撃するなどして、複数のプレイヤーが立場を同じくするのが、【共有】という“出会い系クエスト”なのだ。


(ぼんやりしている暇はないな。クエ受けた人間がこの場にいる内に達成しないと、同じクエ受けた人間を探し出すなんて、とんでもなく骨が折れそうだ……)


 黒血は、『目撃者』クエストの【達成条件】を確認すると、素早くメニュー画面を閉じ、考えをまとめていく。


(プランAは、『目撃者』クエストを受けた人がいないか、大声で探しまわるパターン。オーソドックスで、一番確実そうではある……)


「だけど、スマートじゃないよな」


 今後とも付き合っていく可能性が高い仲間を探すのだから、あまり不格好な真似はしたくない、黒血はそう考えていた。変な所で周りの評価を気にし出すのは、黒血の悪い癖である。


(プランB、同じクエストを受けていたなら、見ていた場所も同じ筈。となれば……)


 黒血は、先程まで『黒火ブラック ファイヤー』の面々が“密談”していた、針葉樹林の少々開けた場所に出た。下手に探し回るよりも見付けて貰おう、という彼なりの“スマート”な結論だ。



 黒血に数瞬遅れて、白銀に輝く木立の中から、一人の女性が姿を現す。白いシャツに茶系の革パンツ、という初心者装備に身を包んだスレンダーな女性であったが、彼女が纏う風格は、『エレウシス』の世界を統べる黄金光の女神(マグナ・マテル)のそれにも似た。

 彼女の存在が加わるだけで、立ち並ぶ樹幹は、荘厳な神殿の列柱装飾と化し、白雪に彩られた枝葉は、絢爛たる聖堂の穹窿ドームへと早変わりする。さながら彼女は、絶対不可侵の美の女神(アプロディーテ)であった。

 高い位置で細く結わえられた濡れ羽色の長髪は、黒檀よりも濃密な光沢を湛え、月光を反射しながら規則的に揺れ跳ねている。瞼の上辺りで切り揃えられた前髪は、非対称アシンメトリーに横への流れが付けられ、両サイドの御髪は、ストレートに鎖骨まで伸びていた。

 彼女の白皙の肌は、人跡未踏の地の、その穢れなき純白の新雪よりも清らかで、磨き上げられた陶器の如く曇りない。鋭くも、女性らしい滑らかさを持った輪郭の中に、高く整った鼻梁と、長い睫毛で殊更鮮烈な印象を与える濃褐色の双眸、桜花のように可憐な淡い紅色の唇が、名画に描かれた美姫びきにも劣らぬ黄金比で配されている。

 歩み寄る彼女が、いよいよ黒血の手の届く範囲まで近付いても、黒血は、彼女の顔立ちに一点の汚損も見付けられなかった。

 詩人が美しい女性を謳い上げる時、女性を“美女”と修辞する事は敗北に等しいが、仮に、世の詩人達に一生で一度きりの敗北のみが許されるとすれば、黒血の相対するその女性を、彼等の半数以上は“美女”と謳う事だろう。残りの半数は、既に他の女性で一敗を喫していた者達だ。


「こんばんは」


 不意に放たれた女性の声音は、黒血が想像していたよりも少々低く、それ故に媚態の全くない気高さを感じさせる。それでいて心地の良いアルトの響きは、軽く浮足立っていた黒血の心を幾らか鎮めてくれた。


「こ、こんばんは」


 当たり前の言葉を返すだけでも、黒血の鼓動は否応なく高まる。

 黒血の目の前に立った彼女は、身長160センチメートルくらいであろうか。身長175センチメートルの黒血よりも、頭一つ分程小さい。男女間の理想の身長差が15センチメートル程度、というのはよく聞く話で、なかなか相性が良いのではなかろうか、等と黒血は飛躍した想像を膨らませていた。


「私、リディアといいます。『目撃者』クエ受けてる人ですよね?」

「あ、はい。黒血です。よろしくお願いします」


 人間が立ち入る事を許されない、神仙達が住まう桃源郷の最奥、断崖絶壁に花開く一輪の花のように、凛とした佇まいの彼女、リディアであったが、黒血に話し掛ける口調は、殊の外飾らないものであった。


「クロチ、って変わった名前ですね」

「漢字で、黒色の黒に、血液の血と書いて、黒血です」

「え!? 漢字なの? ファンタジー世界が台無しですよ……」


 リディアの物言いは、中々に辛辣なものであったが、言われた当人には、全く応えた様子はない。特段、黒血の思考、嗜好は被虐欲求マゾヒズムに傾倒している訳ではないのだが、黒血は、胸の奥から沸き起こる高揚感に口元を綻ばせる。

 この時、黒血の頭の中から“ハーレム計画”は一掃され、ただただ、リディアと出会えた奇跡に情動の一切を支配されていた。この女性ひとさえ居ればそれで良い、黒血にそう思わせる程、彼女の美貌は絶世していた。




「誰か『目撃者』クエ受けてる人いませんかぁー?」


 その時、黒血とリディアの出会いから程なくして、青白い月光に染まる清閑な雪の針葉樹林に、伸びやかな女性の声が響く。月影に氷雪煌めく神秘的な森の中で、その透き通るようなソプラノは、舞い降りた天女の歌声を思わせる。


「プランAか……」


 しかし、黒血の口を衝いて出た言葉は、称賛でも詠嘆でもなく、事前に考えていたクエスト クリアの手法に、己が命名した名称であった。


「プランA……? ひょっとしたら、私も似たような事考えてたかも」


 黒血の呟きを聞いたリディアが、口元を白魚のような手で隠しながら、笑い掛ける。黒血を見上げるように微笑んだ彼女の目元も、しなやかな指の隙間から覗く綻んだ唇も、全てが美麗である。笑顔になる事を表現する言葉に、破顔する、というものがあるが、笑ったリディアの顔は、相も変わらず眉目秀麗で、端正な顔立ちに一切の崩れはなく、破顔という文言は相応しくないように思えた。


「自分で探し回るか、分かり易い場所に出て見付けて貰うか、ちょっと迷ったんですよ」


 リディアの言葉で黒血は、リディアも自分と同じように考えていた事を知り、言いようのない多幸感に包まれた。


「でも、この作戦は失敗みたいですね。見付けてくれない人もいるようですし……」


 そう黒血は、肩を竦めて笑って見せる。その言葉に被さるようにして、クエスト共有者を探す2度目の声が響き、黒血は、思い出したように自分達の所在を叫んだ。




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