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チュートリアル  作者: 鈴木 一
Episode.001 : First Meeting
13/21

Episode.001-02


[ ――『エレウシス』 日本フラグメント―― 7月26日 20:33(UTC + 9:00) ]


 黒血は、NPCの人影が見えた方向へと白銀の針葉樹林を分け入っていた。相手に気取られず距離を詰めようとしてか、彼の足取りは、自然と“忍び足”になる。【歩法】スキルの熟練度を少し高めれば、特殊スキルとして【忍び足】が獲得できるのだが、黒血の【歩法】スキルの熟練度は、まだその域にすら到達していない。今の彼がしている“忍び足”には、物音を極力立てないようにするアバター操作、という意味では効果があるのかも知れないが、『Raison D'etre Online』というゲームにおけるシステム的な効果は、全くもって期待できない。

 足音を殺そうと、殊更慎重に足運びへ注意を払う黒血の姿は、事実を知る者の目には、少々滑稽に映るのかもしれないが、幸いな事に、今の彼の姿は、誰からも認められてはいなかった。しかし、“出会い系クエスト”を期待していた黒血にしてみれば、誰にも見られていない、つまり誰とも出会えない今の状況は、むしろ不運に分類されるべきなのかも知れない。

 ともあれ、誰一人として出くわすプレイヤーがいない状況に不信感を抱いた黒血ではあるが、順調にNPC集団には近付いていた。

 彼等にある程度の距離まで近付くと、黒血は、周りの針葉樹と比べて一回りほど幹の太い樹木の陰に隠れながら、NPCの集団を観察し始める。彼等の風貌や醸成する空気感を直接確認した黒血は、殆ど無意識にした事ではあったが、彼等への接近を密かに行った事が間違いではなかったと理解した。


(黒ミサっぽいな……)


 黒血と10メートルから15メートル程離れた場所に集合しているNPC達は、7名。皆が一様に、隠者が纏うようなフード付きのローブで身を包み、顔を不吉な仮面で隠している。ローブは、闇夜に溶け込むような黒色に染め上げられ、篝火の朧な光に照らされた彼等は、悪魔崇拝者の集まりのようにも見えた。


「異界から夥しい数の冒険者が『エレウシス』に降り立っているようだな……。これは、まさに預言された“黒王こくおう”様復活の第一の予兆と合致する」

「そうだな。これが予兆であるならば、この北の大地に混沌を呼ぶ動乱も、遠からず訪れるであろう」


(“黒王こくおう”復活って……。ガチで悪魔崇拝者達じゃねぇーか)


 キャラクター メイク時に聞いた『エレウシス』開闢物語の情報では、“黒王こくおう”ザラスシュトラは、元々女神の世界の住人であり、悪魔ではない。従って、ザラスシュトラを崇拝しているという事だけで、彼等を悪魔崇拝者だとは言い切れず、黒血の彼等に対する評価――悪魔崇拝者――は、必ずしも正しくはない。しかしながら、少なくとも彼等が、反女神アンチ マグナ・マテルの思想家達であるという事は、疑いようもない事実であろう。

 黒衣を纏った反女神アンチ マグナ・マテルの思想家集団に、黒血は思い当たる節があった。小説『レゾン・デートル』で主人公達が戦う敵組織、『レムリア大陸』3大闇組織の1つ『暗殺教団』である。

『暗殺教団』は、その名の通り、大陸各地で暗躍する殺し屋達の集まりであるが、彼等は金銭などの報酬を目当てに、依頼を受けて暗殺を行う訳ではない。彼等は、“大陸に混乱をもたらす”という一貫した思想の下に行動しており、小説中では、その思想の根底にある目的が明確になっていなかった。

 得られた情報から鑑みるに、どうやら『暗殺教団』は、善と悪、秩序と混沌の闘争の地である“フラグメント”において、混沌陣営の尖兵としての役割を担っているようだ。

 余談であるが、『奴隷盗賊団』が『自由の鎖(フリーダム チェイン)』と名乗っているように、『暗殺教団』も、自ら達を『黒火ブラック ファイヤー』と称している。『エレウシス』の神秘主義オカルティズムでは、“火”は知識を表し、“黒”は他を超越した領域を表す。つまり、“黒い火”とは、凡俗の到達し得ない絶対的な真理を表すのだ、と小説では述べられていた。


「で、どうする? この地でも“務めを果たす”か?」

「いや、必要ないだろう。この地で起こる動乱の趨勢に意味はない。戦いさえ起これば良いのだから、余計な手出しは時間の無駄というものだ。

 預言されている以上、こちらが工作するまでもなく戦いは起こる」

「来るべき動乱の時代を誘発する為の工作は、同志達が大陸中で行っている最中だしな」

「我々は、当初の計画通り、この地に“断層”を穿てばよい。動乱を待つまでもなく、この地に蓄積された“混沌の歪(オブ)”は、“断層”を生むのに十分だ」

「最近は“混沌の歪(オブ)”の量も少なく退屈だったが、また忙しくなりそうだな」


 顔を仮面で隠した黒衣の7名からは、今誰が話しているのか窺い知る事ができない。声音から、彼等の性別が男であると推察できるものの、それも確証が持てる程ではなかった。

 そうであるにも関わらず、10メートル以上の距離を離れた黒血の耳でも、彼等の“密談”は正確に聞き取れている。黒血は、聴力を強化するスキルに長けている訳でもなく、特殊アイテムなどを所持している訳でもないので、これは“ゲーム的補助”であろう。


「では、さっさと成すべき事を成そう。全ては世界に黒火を灯す為」

「……ああ。

 ところで、この任務が完了したら、一旦“殉教者の山”に帰還するのか?」

「特に次の話はないから、帰還する事になるだろう」


 黒血の存在に気付く事無く、彼等は目的地と思われる方角へ歩き始めた。手練の暗殺者でもある筈の彼等が、【隠遁術】スキル0の黒血が潜んでいる事を察知できないとは考えにくいが、これも、クエストを遅滞なく進行させる為の処置なのであろう。


「この森に古代の遺跡が隠されているという噂話を聞いたのだが、探索してから帰っても良いだろうか」

「俺は、王都ソフィアパレスで美術館に寄りたい」

「なら俺は……」

「待て待て! まずは任務に集中しろ。その後は、各自好きにすればいい」

「単独行動は慎めよ」

「じゃぁ、誰か遺跡探しに付き合ってくれ」


(緊張感のない奴等だ……。遠足じゃあるまいし)


 先程までの秘密結社然とした険呑な気配は何処へやら、黒衣の男達――女性も居るのかも知れないが、黒血には分からなかった――は、藹々と会話を弾ませながら、連なる木々の奥へと消えていった。


(これでクエスト終わりか……?)


 黒血が“出会い系クエスト”だと期待していた“Dramatic Destiny”は、今のところ、何の出会いも演出してくれてはいない。黒血がこのクエストでした事といえば、ただ『暗殺教団』の“密談”を覗き見ただけであった。

 当然、黒血がこのクエストに望んでいたものは、“出会い”である。しかしながら、小説『レゾン・デートル』の中で、女神マグナ・マテルに叛旗を翻し、大陸を混乱に陥れようと暗躍する殺し屋集団として描かれていた『黒火ブラック ファイヤー』が、実は“黒王こくおう”を信奉する組織であるという情報や、近く“この北の大地”『聖アイオティア女王国』で動乱が起こるという情報が得られた点では、黒血は満足もしていた。

 小説では、主人公達が『エレウシス』に迷い込む1年程前に、『聖アイオティア女王国』で大きな戦乱があったと述べられている。そして、その戦乱を契機に、『レムリア大陸』全体が戦火に呑まれていく事になるらしかった。

 大陸最強と誉れ高い2大兵団を擁する『聖アイオティア女王国』は、その戦争において王都陥落という大敗を喫する。パワーバランスの崩壊した大陸では、各国が各々の思惑で軍事行動を開始し、『レムリア大陸』全土が戦国時代に突入するのである。『レムリア大陸』の歴史上、大きな転換点ターニング ポイントとなるのが、きっと『聖アイオティア女王国』での動乱である筈なのだ。

 黒血は、このクエストを通じて、自分が『レムリア大陸』の歴史に関わっていけるのではないか、という野心めいた希望を抱いていた。プレイヤーの行動によって世界の行末が変化してゆく事は、『Raison D'etre Online』の大きな魅力の1つだ。




《“宿命クエスト”『目撃者』が更新されました。クエスト情報を確認して下さい》


 黒血の視界の隅で、儚げな鈴の音と共にシステム メッセージが表示された。促されるまま黒血は、メニュー画面を表示させ、【インフォメーション】から【クエスト】を選択して、クエスト情報の閲覧画面を開く。

 クエストは、大別して【メイン クエスト】と【サブ クエスト】に分けられる。全プレイヤーが共有する世界規模――ゲーム内の世界である――でのクエストが、【メイン クエスト】と呼ばれ、それ以外のクエストは、全て【サブ クエスト】に分類されている。

 黒血は、【クエスト】画面から更に【サブ クエスト】画面にメニューを進めて、【進行中クエスト】という項目を選択した。黒血のメニュー画面には、進行中のクエストが2件表示されている。1件目は『借金を返そう』という、“宿命クエスト”であった。


(これは後で確認しよう……。あまり見たくないけど)


 もう1つの黒血が抱える進行中クエストが、同じく“宿命クエスト”と表示されている『目撃者』というクエストであった。

【サブ クエスト】には、いくつもの種類がある。“宿命クエスト”とは、個人または集団に1対1で紐づく、世界で1つだけのクエストであり、クエスト自体の希少性というものが存在していれば、【伝承(紫)】や【神格(金)】に位置付けられるものだ。このクエストは、発生条件が、プレイヤーの行動の結果の積み重ねであったり、全くの偶然であったりで、意図して請け負う事は困難であろうと噂されていた。『Raison D'etre Online』の目玉の1つ、ランダム生成クエストの1種である。

 黒血は、『目撃者』を選択し、クエスト情報の詳細を呼び出した。


===================================

クエスト名 : 目撃者

種別    : 宿命クエスト

難易度   : ★

説明    : 滅多に人が立ち入らない辺鄙な森の中で、

       貴方は、秘密結社『黒火ブラック ファイヤー』の密談を偶然目撃した。

       話の内容は不明だが、『黒火ブラック ファイヤー』の情報は大変貴重である。

       同時に、『黒火ブラック ファイヤー』の機密情報を知ってしまった貴方は、

       危険な立場に立たされてしまった。

       秘密を共有し、互いを助け合える仲間が必要である。

       他に目撃者がいないか探してみよう。

達成条件  : 同じクエストを請け負っているプレイヤーを全て見付ける。

===================================



 どうやら“Dramatic Destiny”は、“出会い系クエスト”で間違いなかったようだ。



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