Interlude-01
[ ――『エレウシス』 日本フラグメント―― 7月26日 19:35(UTC + 9:00) ]
蒼銀の朧な月光に照らされて、白雪を被った針葉樹林は、幻想的な光彩に包まれていた。雪深い辺境の林の中に生き物の気配は希薄で、淡い光の降り注ぐ静謐な空間を、隠り世のように感じても不思議はない。
そのような場所に、放心したように立ち尽くす黒血は、さながら生ける屍のようだ。『ドレイク商会』の会長補佐エレーナの告げた彼の境遇――1億シェルの負債を抱え、奴隷身分に落とされた――は、彼から生気を抜き取るのに十分な凶報であった。
「ゲームなんだし、そう落ち込んでいても仕方ないよな」
ゲームでの出来事だ、という事を自分に言い聞かせるように呟いた黒血は、メニュー画面を開きながら、頭の中を整理する。
(借金は1億。利息は月500万。ただ、月に100万ずつ返済していけば、取り敢えず状況がこれ以上悪くなる事はないらしい……。借金は増えるらしいけど。
あとは、どうしようもなくなったら、神格アイテムを売り払うという奥の手もある。使いたくはない手だがな。
とにもかくにも、まずは金稼ぎだ!)
「……よし!」
すべき事が明確になった事で、黒血の頭の中に渦巻いていた煩悶は消え去り、ようやく彼の『Raison D'etre Online』での冒険が始まる。
「最初は装備の確認からだよな。基本基本」
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<武器>
右手武器 : ナイフ
左手武器 :(なし)
<防具>
頭装備 :(なし)
首装備 : 奴隷の首輪
胴体装備 : みすぼらしいシャツ
腕装備 :(なし)
手装備 :(なし)
下半身装備 : レザーパンツ
足装備 : ファーブーツ
外套装備 :(なし)
<アクセサリ>
(なし)
AP 0/10
<外装>
(なし)
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黒血の装備は、キャラクター メイクの際にシステム ボイスによる説明を全て聞いた事によって、『ナイフ』――フォークとナイフのナイフ、つまり食器のナイフである――と胸元に大きくシミの付いた『みすぼらしいシャツ』に変更されている。実に貧相な見た目ではあるが、みすぼらしいシリーズの防具と食器をセットで装備する事で、『かわいそうな子』という称号が入手でき、ダメージが10増加する。
首装備の『奴隷の首輪』は、つい先程エレーナに装着させられた物だ。
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アイテム名 : 奴隷の首輪
種別 : 首輪
希少性 : 一般(白)
性能 : 防御力+1
魅力-10
特殊能力 : 装備解除不可
説明 : 奴隷の証である鉄製の首輪。鎖が付いている。
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「どうしようもないダサさだな……」
装備確認画面に映し出されたアバターの姿を見て、黒血は嘆息を漏らした。それが今の自分の姿でもある、という事実を思うと、黒血は一層と陰鬱な気分になるのであった。
しかし黒血には、神格アイテムである『破壊する者の外套』という隠し玉がある。おもむろに彼は、ベルトに掛けられた大き目の腰巾着――物体の体積も質量も度外視してアイテムを格納できる“魔法の腰巾着”は、インベントリの情報を物理的に再構成する――を開き、そこから『破壊する者の外套』を取り出す。黒血は、それを実際に羽織ってみた。
アイテムの装備は、【装備】画面からでも可能だし、仮想現実に慣れれば思考するだけでも可能なのだが、せっかくの仮想現実という事で、実際に物をアバターに装着する事でも、システム的に装備した事になるように作られている。【装備】画面を確認すると、【外套装備】の欄に『破壊する者の外套』が表示されていた。
外套装備を付けた事で、幸いにも黒血の見栄えを殊更悪からしめていたシャツのシミが隠れ、アバターは、なかなか彼好みのファンタジーらしい格好となった。『破壊する者の外套』は、深い黒色をした、やや厚手の生地で作られており、全体的に潤いのある色艶をしている。黒一色のゆったりとした外套は、黒血の好む“厨二的”な魅力に溢れ、性能だけでなく、外観も彼を満足させるに足る品であったようだ。
「次は石板かな」
そう言うと黒血は、メニューの【キャラクター】画面から【栄光の石板】を選択する。
彼は、『女神の試し』によって、3枚の石板――双六のように複数のマス目が刻まれており、各マス目にキャラクターを強化する為の力が封じ込められた『Raison D'etre Online』における最重要アイテム――を入手していたが、まだ何れの石板も装備していないようだ。一度装備した石板は破壊する事でしか外せない、という仕様を踏まえた上での“親切設計”なのであろう。
黒血の所有している石板は、『神速(金)』、『軍師(緑)』、『盗掘家(青)』の3種類である。余談だが、ゲーム開始当初に神格アイテムと神格石板を揃えてしまった黒血は、一生分の運を使い果たしてしまったのではないか、と密かに危惧している。
「取り敢えず、『神速』だけ装備しておこう」
(せっかく入手した最高品質の石板だ。真っ先に成長させたいと思うのが人情だろう……)
メニュー画面で操作を行い、黒血は神格石板『神速』を選択した。
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アイテム名 : 神速の石板
種別 : 栄光の石板
封印数 : 0 / 256
希少性 : 神格(金)
説明 : 隠密系の最終石板(正統・速度特化)。
“聖女帝”を支えた“翼将”の一人、“国破り”の魂を封じている。
主に敏捷・戦闘系の力を得られる。
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装備した石板は、全ての力を解放して“奉納”するか、さもなければ破壊するしか外す手立てはないが、それでも装備するか、という警告メッセージに黒血が了承の選択をすると、【栄光の石板】の表示欄に、『神速』が追加された。
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<栄光の石板>
第1石板 : 神速 (0/256)
第2石板 :(なし)
第3石板 :(なし)
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「持ってる『祝福の雫』も全部注ぎ込むか」
黒血は、石板上の力を解放する為のアイテム『祝福の雫』を20個所持している。『女神の試し』で提示された石板の内、選択しなかった石板の希少性に応じて入手したものだ。
神格石板『神速』の中には、複数の基本スキルを1つの専門スキル枠で専門スキル化できる特殊スキル、配列スキル――通称AS――がいくつか封印されており、これを序盤から活用できれば、かなりのアドバンテージとなる。石板上で解放できる力は、いくつかの定められた開始点に封じられた力か、解放したマスに隣接したマスに封じられた力のみであるが、20個の『祝福の雫』があれば、ほとんどのASが獲得できそうだ。
(そういうコンセプトの石板なんだろうな……)
結局黒血は、18個の『祝福の雫』を使用して、4つのASを獲得する事ができた。【走法】、【歩法】、【早業】という3種類の基本スキルを専門スキル枠1つで専門スキル化できる【神速戦闘】というASと、同じく【暗器】、【隠遁術】を専門スキル化できる【暗殺忍術】。そして【剣術】、【回避】を専門スキル化できる【閃剣術】と、【体術】、【跳躍】を専門スキル化できる【舞踏拳】の4つだ。
この『神速』という石板は、説明文にもある通り隠密系の石板らしく、得られるASにも、何処となく“忍び”を連想させる物が多い。
「ではでは、早速セットしていきますか」
黒血は、メニュー画面を【キャラクター】、【スキル】と遷移させて、【スキル】メニューから【専門スキル】を選択した。【専門スキル】メニューの中には、さらに【プライマリ スキル スロット】と【セカンダリ スキル スロット】という選択項目があった。
画面上の簡易説明によれば、専門スキルは2系統設定でき、選択している系統に設定されたスキルが、専門スキルとして扱われるようだ。選択されていない系統に設定したスキルは、その間は非専門スキルとして扱われ、一時的に熟練度が低下する場合もあるが、再度専門スキル化すれば、低下した熟練度は元に戻るらしい。
さらに説明文を読み進めていくと、この“スキル スロット”の切り替えは、【キャンプ】メニューでしか変更できない、と記述されていた。【キャンプ】メニューは、街中などの安全地帯か、【野営】スキルによって安全地帯化した場所でしか開けないので、戦闘中に戦士タイプから魔法使いタイプに“スキル スロット”を変更して戦う、という使い方はできそうにない。
戦闘、冒険、生産、商売などの複数のプレイ スタイルを楽しむ為に用意された機能であろう。
「まぁ、今はプライマリだけ設定しておこう」
黒血は、【プライマリ スキル スロット】を選択し、専門スキル登録の画面を表示させた。現在、黒血が設定できる専門スキルの数は、5つらしい。
「まずは、4種類のASを全部設定して、と……。あとは何にしよう」
膨大なスキル リストを見つめながら、黒血は最後の1枠を決めあぐねていた。スキルには、“戦闘系”、“冒険系”、“生産系”、“商売系”、“一般系”などの分類項目が割り当てられているのだが、戦闘職なら“戦闘系”スキルだけ取得すればよい、という訳でもないので、中々に難しい。
例えば、“冒険系”の学問スキルである【生物学】や【軍学】は、戦闘行為にプラス補正をもたらすし、【走法】や【歩法】といったアバター動作の基本となるスキルは、“一般系”である。
(序盤だし、全てのスキルを上昇する設定にしておいて問題ないだろうから、今は専門スキルにそこまでこだわる必要もないかな……)
スキル熟練度の合計値には、具体的な数値は明らかにされていないが、上限値が設定されている。その為、使わないスキルは上昇しないように設定しておくのがセオリーだ、というのを何かで見て知っていた黒血であるが、序盤においては、それも然程問題にならないだろうと判断したようだ。
そもそも、専門スキルに設定していないスキルが成長しないという訳ではないので、専門スキルの選択も、今は“適当”に決めてしまって構わないだろう、と黒血は、いつも通りの短絡思考へ切り替えた。不要なスキルの熟練度を低下させる事ができる、という事も彼は知っていた。
「“戦闘系”の【見切り】を付けておくか、それっぽいし」
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<スキル>
【プライマリ スキル スロット】
・神速戦闘
┣ 走法 : 0000/1000
┣ 歩法 : 0007/1000
┗ 早業 : 0000/1000
・暗殺忍術
┣ 暗器 : 0000/1000
┗ 隠遁術 : 0000/1000
・閃剣術
┣ 剣術 : 0000/1000
┗ 回避 : 0000/1000
・舞踏拳
┣ 体術 : 0000/1000
┗ 跳躍 : 0000/1000
・見切り : 0000/1000
【セカンダリ スキル スロット】
(なし)
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メニュー画面には、他にも【コミュニティ】や【インフォメーション】の【ランキング】、【ライブラリ】などといった、黒血の興味を惹く項目があったのだが、彼はメニュー画面を閉じて、針葉樹林を歩き始める。
「まずは金稼ぎ……、の前に街を目指さなければ……」
エレーナに連れられて、随分と開始地点から離れた場所に来てしまった黒血には、現在地の見当が付かない。どうやら彼は、軽い遭難状態にあるようだ。
「取り敢えず、一直線に歩いていれば、いつか森は抜けるはず」
何とも安直な考えで、彼は行動しているらしい。しかし、黒血の双眸には、青々とした希望ばかりが輝いていた。




