公開審査、開幕
審査会の扉が開いた。
王都中央広場に設けられた石造りの壇上へ、リゼットとユアンは並んで進んだ。傍らには、雨音を記録する新型鐘と、ヴァルドが提出した鐘がそれぞれ台座に置かれている。
広場を埋めた市民の間には、水路町の住民たちもいた。ミナは母親の手を握りながら、鐘を見上げている。元師匠は証言の束を胸に抱え、緊張した顔で立っていた。
壇上の中央には王が座り、その左右を審査官たちが固めている。審査会の開催を取り消した張本人であるヴァルドは、王の前でも落ち着き払っていた。
「本日の審査では、二つの鐘の設計上の優劣と、王都水路の異常に関する申告を確認する」
審査長が宣言した。
「なお、提出された設計図には同一の特徴が含まれている。発明者の主張が衝突しているため、双方に説明を求める」
ヴァルドが一歩進み出た。
「説明は簡単です。私の工房で長年研究してきた設計を、元職人のリゼットが盗み出し、自分のものとして発表した。それだけのことです」
広場からざわめきが起こった。
リゼットは拳を握った。以前なら、その声に押されていたかもしれない。けれど隣には、ユアンがいる。彼の袖が、ほんのわずかに揺れた。緊張ではない。鐘の台座を伝う振動を読んでいるのだ。
「では、両方の鐘を鳴らす」
審査長の合図で、まずヴァルドの鐘が打たれた。
高く、華やかな音が広場に響く。観客の多くが感嘆の声を漏らした。ヴァルドは満足げに顎を上げる。
「聞けば分かるでしょう。これこそ王都にふさわしい鐘です」
次にリゼットの鐘が打たれた。
音は派手ではなかった。けれど、余韻が長く、石畳の下へ静かに沈んでいく。ユアンが台座へ手を置いた。
「地下の水路へ振動が届いている」
彼は審査長に向けて言った。
「二つの鐘は外見も音の構造も似ています。しかし、内部の重りの固定法が違う。私たちの鐘は、水路の流れが変わったとき、音だけでなく振動の乱れを記録できる」
「証拠は?」
ヴァルドが冷たく笑った。
リゼットは共鳴板を台座に置いた。細い線が刻まれた記録が、何枚も広げられる。
「これが、九話前に見つけた地下水路のひびの記録。こちらは、危険な採水装置が稼働したときの振動。そして、こちらがヴァルドの鐘から得た記録です」
最後の一枚を示すと、線は途中から不自然に途切れていた。
「この鐘は、水路に異常が起きても記録を残せないよう、重りの動きを固定している。見栄えのよい音を出すために、危険を知らせる振動を消しているのよ」
「捏造だ!」
ヴァルドが怒鳴った。
「そんなもの、いくらでも後から書ける!」
その声を合図にしたように、元師匠が前へ出た。
「ならば、これを見てください」
彼は古い控えを審査長へ差し出した。
「これは私が保管していた、リゼットの初期設計図です。彼女がヴァルドの工房へ入る前に描いたものだ。重りの形、記録板の配置、すべて現在の設計につながっている」
審査官の一人が控えを調べ、眉をひそめた。
「工房印はないようだが」
「当時の私は、彼女の設計を正式な記録にすることを許さなかった。女職人の名では注文が取れないと言って、私自身が隠したのです」
元師匠は深く頭を下げた。
「その後、ヴァルドに偽造を頼まれました。彼はリゼットの図面を写し、工房印を偽って登録しようとした。私はそれを知りながら手を貸した」
広場が静まり返った。
ヴァルドは顔を赤くして審査長へ詰め寄った。
「老人の妄言です! 証人を買収したのでしょう!」
「買収などしていません」
ミナの母親が声を上げた。
「私たちは、あなたの鐘が鳴ったあとに水が濁り、子どもたちが腹を痛めたことを覚えています。採水装置を動かした夜の記録も、町の皆で持ってきました」
一人、また一人と証人が壇上へ進んだ。
水路工夫は流量の変化を語り、孤児院の世話役は水汲み鐘の破損を語った。市場の商人は、ヴァルドの工房から夜中に運び出された部品を見たと証言した。
証言が重なるたび、ヴァルドの立つ場所だけが狭くなっていく。
王が手を上げた。
「最後に、危険が現在も残っているか確認せよ」
ユアンがリゼットを見る。
「任せて」
リゼットは新型鐘の内部を開いた。記録板には、先ほどから細かな波が連続して刻まれている。
「地下水路のひびは、まだ完全には塞がっていない。このまま採水装置を使えば、今夜にも一部が崩落する可能性があるわ」
「確かなのか」
「私の音の記録と、ユアンの振動の記録が一致している」
リゼットは王をまっすぐ見た。
「今すぐ水路の流れを分散し、装置を止めてください。審査の結果を待っている時間はありません」
ヴァルドが叫んだ。
「そんな脅しで王都の運用を止めるつもりか!」
ユアンが共鳴板を持ち上げた。
「脅しではない。崩落の前兆は、すでに始まっている」
その瞬間、広場の地下から低い揺れが伝わった。
人々が息を呑む。リゼットの鐘の縁が震え、記録板の線が一斉に跳ねた。ユアンは目を閉じ、掌を台座へ押し当てる。
「南東水路。深さは……三十歩ほど。ひびが広がった」
王が立ち上がった。
「直ちに採水装置を止めよ。水路工夫を派遣し、リゼットとユアンの指示に従わせる」
兵士たちが走り出す。
しばらくして、地下から伝わっていた揺れが弱まった。広場の人々は、ようやく息を吐いた。
審査長が立ち上がる。
「提出された証拠と証言により、ヴァルドによる設計盗用、工房印の偽造、水路記録の隠蔽、ならびに危険な採水計画への関与を認定する」
ヴァルドは何か言おうとしたが、声にならなかった。
「損害賠償を命じ、組合資格を剥奪する。偽造に関わった者については、別途裁定を行う。また、リゼットの設計を正式に登録し、ユアンとの共同研究を王立水路の新規事業として認める」
その言葉が広場に響いた。
最初に拍手をしたのは、水路町の人々だった。続いて市場の商人たちが手を叩き、やがて王都全体が大きな波のような音に包まれた。
ユアンは音を聞けない。
けれど、リゼットの手が彼の腕に触れた。彼女の指先から、震えが伝わってくる。
「今、何が聞こえる?」
ユアンが尋ねた。
「鐘みたいな音よ」
「どんな鐘だ?」
リゼットは笑った。
「たくさんの人が、もう隠れなくていいと知らせている鐘」
ユアンは彼女の手を握った。
壇上の鐘が、夕方の風に揺れた。明日から二人は、水路を直し、工房を建て、まだ見ぬ町へ鐘を届ける。
その先にある未来を、二人はもう恐れていなかった。




