地下へ
神崎が葉山総合病院へ搬送されてからも、治療は休むことなく続いていた。意識は戻らず、突発性神経変性疾患によって低下した神経機能も回復する兆しを見せていない。
医師たちはモニターに表示される数値を確認しながら、投薬量を調整し、呼吸を維持するための処置を続けていたが、どれだけ手を尽くしても、神崎の身体は少しずつ医師たちの手から離れていくように見えた。
黒崎が病室へ入ってきたのは、そんな時だった。
ベッドの脇まで歩み寄ると、神崎の顔を見るより先にモニターへ目を向け、表示された数値を一つずつ確認していく。
「意識は?」
「まだ戻っていません」
「呼吸状態は」
「維持できていますが、かなり不安定です」
黒崎は頷き、担当医から検査結果を受け取った。画面を確認しながら、いくつか質問を重ねる。瞳孔反応、神経反射、搬送されてからの変化。担当医が一つずつ答えていくのを聞き終えると、黒崎はしばらく黙ったまま神崎を見つめた。
「……分かりました。あとは私が受け持ちます」
その言葉に、担当医は素直に頷いた。
神崎は総理大臣であり、しかも今の状態では、通常の治療だけで対応できる患者ではない。黒崎が引き継ぐと言うのであれば、そこに異論を挟む者はいなかった。
NCTの医師たちがストレッチャーを囲み、神崎を乗せたまま病室を出ていく。廊下を進み、エレベーターへ入ると、最後に黒崎が乗り込んだ。
扉が閉まった瞬間、地上の病院の音が遠ざかった。
エレベーターは静かに下降を始め、表示が地下1階へ変わる。扉が開くと、そこには研究施設へ続く廊下があった。地上とは違って人の姿は少なく、白い照明に照らされた長い廊下には、ストレッチャーの車輪が床を転がる音だけが響いている。
研究施設の前を通り過ぎ、さらに奥へ進む。しばらくすると、何の表示もない扉が現れた。病室でも研究室でもない。ただ壁の一部に認証装置が埋め込まれているだけの、妙に無機質な扉だった。
黒崎がIDをかざす。
短い電子音のあと、内部でロックが外れる音がした。扉の向こうには、もう一つのエレベーターがあった。神崎を乗せたストレッチャーをそのままエレベーターへ入れると、黒崎も続けて乗り込む。
扉が閉まり、黒崎が再びIDをかざすと、操作パネルには「地下2階」と表示が浮かび上がった。
エレベーターが静かに下降を始め、やがて停止し、扉が開いた。そこに広がっていたのは、病院という言葉から想像する場所とは少し違っていた。
長い廊下の両側にはいくつもの扉が並び、淡い照明が床を照らしている。壁の向こうから機械が低く動き続ける音だけが聞こえていた。
黒崎は足を止めることなく、廊下の奥へ歩き始めた。医師たちは神崎を乗せたストレッチャーを押し、その後に続く。
神崎のモニターから、一定の間隔で電子音が鳴っている。
ピッ……ピッ……。
その音が、静かな廊下に響いていた。しばらく進むと、黒崎が1つの扉の前で立ち止まった。
再びIDをかざすと、ロックが解除され、扉が左右に開いた。その向こうにも、エレベーターがあった。
黒崎が先に乗り込み、医師たちも続き、ストレッチャーがエレベーターの中央に収まる。
扉が閉まると、黒崎が操作パネルにIDをかざす。
表示が切り替わり「地下3階」の表示が浮かび上がると、エレベーターが下降を始めた。
地下2階までとは違い、下降する時間が長く、壁の向こうから、低い振動が伝わってくる。
神崎のモニター音だけが、規則正しく響いていた。
ピッ……ピッ……。
神崎は目を閉じたままで、表情に苦痛はない。ただ静かに、ストレッチャーの上で横たわっている。
やがてエレベーターが減速し、小さな振動が伝わり、停止する。扉がゆっくりと左右へ開いた。その先に、地下3階の手術室が現れた。
ガラス張りの壁の向こうには、巨大な手術台が設置され、その周囲を神経接続装置や生命維持装置が取り囲んでいる。
天井から伸びた無数のケーブルが、手術台の周囲へと複雑につながっていた。
白い照明に照らされた室内には、人の気配がなく、ただ、機器が発する低い駆動音だけが静かに響いている。
黒崎は足を止めることなく、手術室へ向かった。
「行きますよ」
医師たちはストレッチャーを押して、その後に続く。神崎の身体が、ゆっくりと手術室の中央へ運ばれていく。




