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器ーうつわー  作者: 天城そら


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NCT

はじめまして、天城そらです。


『器』は、近未来を舞台に「脳のデータ移送」を巡って自己意識とは、本当の自分とは何かを描くSFサスペンスです。


少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

感想や評価をいただけると、執筆の励みになります。

2300年の東京には、過去の人間が夢見た未来の姿が広がっていた。


 空を走る無人輸送機は、決められた航路を正確に進み、街全体を管理する人工知能が、人々の生活を見えないところで支えている。かつて都市にあふれていた騒音や混乱は消え、東京は人類が作り上げた最も完成された都市の1つと呼ばれていた。


 しかし、本当に大きく変化したのは、街ではない。


 人間そのものだった。


 病気によって命を失う人間は減り、老化による身体の衰えも医療技術によって大きく遅らせることが可能になった。AIによる診断、再生医療、遺伝子治療。そして、人類の歴史を変えた技術。


 Neural Continuity Transfer。


 人々は、その技術をNCTと呼んでいた。


 脳に残された神経情報を解析し、別の医療基盤へ移送することで、失われるはずだった人格や記憶を救う。


 事故によって脳機能を失った者。


 病によって未来を奪われた者。


 かつてなら、そこで終わっていた人生を、もう一度つなぐことができる。


 NCTは、人類が手にした最高峰の医療技術として世界に認められていた。


 そして、その技術の発展と共に歩んできた人物がいた。


 総理大臣、神崎正臣かんざき まさおみ


〜首相官邸〜


 広大な窓の前に立つ男は、外見だけを見れば40代前半にしか見えなかった。


 整えられた黒髪に落ち着いた表情。


 長い年月を生きてきた人間とは思えないほど若々しく、その姿には年齢という概念を感じさせない静かな存在感があった。


 神崎が日本の政治の中心に立ってから、すでに150年が経過している。


 それは歴史上でも例のない長期政権だった。


 批判する者も、疑問を抱く者も、かつては存在したが、結果として神崎の政治によって日本は大きく変わった。


 犯罪率は低下し、医療水準は向上し、AIによる政策分析によって社会の不安は減少した。


 多くの国民にとって、神崎は混乱の時代を終わらせた指導者だった。


 「現在の社会評価を報告します」


 執務室に設置された政府管理AIが静かに声を響かせた。


 「生活満足度、全記録データ内で最高水準を維持。犯罪発生率、過去統計と比較して最低値を更新。医療技術評価も、世界最高水準を継続しています」


 神崎は窓の外を見つめたまま、小さくうなずいた。


 「人々は幸せなのか」


 「取得可能な情報を分析した結果、高い幸福状態にあると判断できます」


 AIの返答に、神崎はわずかに口元を緩める。


 合理的な答えだった。


 かつて政治は、人間の感情に大きく左右されてきた。


 希望。


 恐怖。


 欲望。


 それらが時に国を動かし、時に大きな悲劇を生んだ。


 だから神崎は、AIを政治に取り入れ、人間の弱さを補い、より正しい未来を選択した。


 その結果、社会は安定し、人々は以前よりも長く、安心して生きられるようになった。


 それでも神崎の中には、時折消えない疑問が浮かぶ。


 完璧に近づいた社会で、人間は本当に幸福なのか。


 その問いに答えを出せないまま、150年という時間が過ぎていた。


 その時、机の上の端末が静かに光った。


 通常の政府通信ではない。


 限られた人間しか閲覧できない特別な情報だった。


 神崎が画面に触れる。


 そこに表示されたのは、1人の青年の情報だった。


 久遠涼太。


 大学生。


 健康状態、生活記録、過去の医療情報。


 そして、NCT研究において最も重要視される数値。


 神経受容率。


 神崎の目が、その数字に止まった。


 96.5%。


 一瞬、時間が止まったように感じた。


 これまで確認された最高値は、現在の神崎の数値だった。


 AIが淡々と続ける。


 「対象者、久遠涼太。神経受容率96.5%。現在確認されている最高値を更新しました」


 神崎は画面を見つめながら、ゆっくりと椅子へ腰を下ろした。


 窓の外には、平和で豊かな未来が広がっている。


 誰もが望んだ理想の世界。


 だが、その未来をさらに先へ進めるためには、まだ必要なものがある。


 神崎は静かに画面を閉じた。


 「接触を開始しろ」


 AIが応答する。


 「了解しました」


 その瞬間、1人の青年の人生は、本人の知らない場所で大きく動き始めた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


面白いと感じていただけたら、ブックマークや評価、感想をいただけると、とても励みになります。


次回もよろしくお願いいたします。

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