表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

再起

——あれから、一ヶ月。


「……っ、は……っ」


荒い呼吸が、室内に響く。

震える腕で、どうにか体を支える。


——三回。


たった、それだけだ。

腕立て伏せを三回こなしただけで、体が悲鳴を上げている。


「……くそ」


——泣けてくる。


輝かしかった前世の自分が、恋しい。


それでも、一ヶ月前よりはマシだ。

あの頃は、腕で支えることすらできなかった。


「なんでこんなにヒョロヒョロなんだよ……」


——まるで、生まれたての小鹿じゃねぇか。


——いいや。今日は、絶対に十回はやる。


腕立ての次は腹筋。

そのあとも——動けるだけ動く。


尋常じゃない汗と疲労に耐えながら、


「……もう一回だ」


震える腕を、ゆっくりと曲げた。


そのとき——


「……また、そんなことを」


——あいつか。


振り向く余裕もなく、歯を食いしばる。


「殿下……あなたが無理をすれば、大勢の人間に迷惑がかかることを——そろそろご理解いただけると助かります」


淡々とした声音。

小言を並べるグレンを、無視する。


「……はぁ」


小さく息を吐く気配。


「私を無視するのは構いませんが、せめて自重というものを——」

「うるさい……気が散る」


再び腕を曲げる。


——四回目。


ようやく、だ。


「……上半身裸でそこまで汗をかくと、また倒れますよ」


呆れたような声が降ってくる。


「俺が好きでやってるんだ。ほっとけ」


一度体を起こし、近くに置いてあったタオルを取り、じっとりと張り付く汗を拭う。


——これくらいで息が上がるのは気に入らないが。


汗をかく感覚自体は、嫌いじゃない。


——まったく。


毎日毎日、こいつがいると本当に鬱陶しい。


護衛騎士だろうが何だろうが、少しくらい皇子のプライバシーってものを尊重しろ。


腕立て伏せを再開しようと、床に手をついた——そのとき。


左腕を、強く掴まれた。


「……離せ。無礼だぞ」


「何のつもりです」


低く、抑えた声。


「その体で無理をして、何になるというのですか」


指先に、わずかに力がこもる。


「貴方は——この国の大切な皇子であられる」


一拍、置いて。


「……下手をすれば、“弱点”にもなり得る」


視線が、鋭くなる。


「今さら体力をつけようなど——やめていただきたい」


長い前髪の隙間から、

苛立ちと——わずかな焦りを滲ませた目が覗く。


「……病弱な皇子でいろってか」


渾身の力で、腕を振りほどいた。


「この国で——ただの“弱点”でいろってか」


「……っ」

一瞬、グレンの言葉が詰まる。


——こいつらのせいで、リオルドは弱いままなんじゃねぇのか。


ただベッドの上で日々を過ごし、まるで存在しないかのように——

迷惑をかけない“人形”でいろとでも言うのか。


——ふざけるな。


こんな国に負けたなんて、笑えもしない。


「……っ」

歯を食いしばる。


——なんで、俺は死んだ。

生きていれば、今すぐにでも——


あいつをぶん殴ってやれたのに。


……いや。

こいつだけじゃない。

あの執事も、周りの連中も——


「……過保護すぎんだよ」


ぽつりと、吐き捨てた。


ぽつりと、吐き捨てる。


「いいか、よく聞けよ」


ぐいっと、グレンとの距離を詰めた。


「証明してやる」


一拍、置く。


「…一年だ」


人差し指を突きつける。


「一年で、剣を振れるようになってやる」


「……騎士というものは、そんなに甘くはありません」


低く、諭すような声。


「それを証明するって、言ってんだろうが」


パッと、距離を取る。


「……本気ですか」


グレンは小さく息を吐き、こめかみに手を当てた。


しばしの沈黙。

やがて——


「……分かりました」


ゆっくりと顔を上げる。


「ただし、条件があります」


「なんだよ。この俺と取引か」


口の端をわずかに吊り上げる。


「一年で剣を振ることができなかった場合——殿下には、国務に専念していただきます」


一切の迷いのない声音。


「……」


そして、続けた。


「もし、一年で剣を振れるようになったなら」


一瞬だけ、視線が泳ぐ。


「——私は、殿下を軽んじた罰として、この髪を…切りましょう」


腰まで伸びた髪が、わずかに揺れた。


アークフォード家の者は、男女問わず髪を切らない。

それが——誇りだ。


「……贖罪のつもりか」

「……ええ」

一切の迷いのない返答。


「面白れぇ……」


口角が、ゆっくりと上がる。


「——じゃあ、取引成立だ」


グレンと視線が重なる。


「後悔するなよ」


「……それはこちらの台詞です」


こうして、俺の“二度目の人生”が動き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ