3 私とあなたと、そして猫
【セイラン視点】
次の人生──
私は再び王子として生まれた。
両親のつけた名前はセリオスだった。
前の人生の記憶は、物心ついたときからあった。
リヴィア。
あの夜、ベッドで抱き合って眠った君の顔を、私はずっと忘れなかった。
そして、君が最後にくれた言葉も、ちゃんと空から聞いていたんだよ。
「次は、最初からあなたを愛したいわ」
その約束を、今度こそ果たすために。
私はまた生まれてきた。
そして、十五の春。
両親は私に婚約者候補を絞り込んだ。
今日は、その令嬢との正式な対面の日。
顔合わせ会場は王宮の一室。
格式ばった場に、私はどこか緊張しながら扉を開いた。
先に着いていた令嬢が、椅子から立ち上がる。
──その瞬間、時が止まった。
「はじめまして。第一王子、セイランです」
「……はじめまして」
そう言って、彼女は微笑んだ。
──その笑顔を、私は知っている。
何百回、夢の中で呼んだ名前が、喉元までこみ上げる。
けれど彼女は、まるで何も覚えていないように、公爵家の娘らしく、淑やかに頭を下げた。
「リヴィア・カリステアと申します。以後、お見知りおきを」
心臓が跳ねた。
ああ、また君に出会えたんだ。
また君は、リヴィアとして生まれてくれた。
リヴィアという名はよくある名だ。
でも、その名を聞いたときから少し期待していたんだ。
私はその場に立ち尽くしたまま、彼女の名を呼ぶ。
「リヴィア」
彼女がはっと顔を上げる。
その目が、一瞬、深く揺れた。
──記憶の底から、何かがこぼれたように。
私は迷わず言った。
「婚約者は、君に決まりだ」
家臣がざわつくのをよそに、
私はただ、彼女の瞳を見つめていた。
驚きに目を見開いたままのリヴィアが、
ぽつりと、問いかける。
「お名前は確かセリオス様じゃなかったですか?」
私は笑って、こう答えた。
「今、変えたんだよ。昔の名前に。やっと君を見つけたから」
【後半リヴィア視点】
部屋に入ってきた彼を見て、私は一瞬、息を呑んだ。
姿を見た瞬間、理由もなく涙が出そうになった。
「……はじめまして」
名前を聞いた瞬間に、何かがうずいた。
「第一王子、セイランです」
──その名に、懐かしさとも痛みともつかない、言葉にならない何かが、胸を打った。
でも私は、それを自分でも信じようとしなかった。
まさか、そんなはずはない、と。
確か、王子の名前は「セリオス」だったはず。
どういうこと?
「リヴィア・カリステアと申します。以後、お見知りおきを」
口元だけは、礼儀正しく笑ったつもりだった。
けれど、あの人が私の名を呼んだ瞬間──
「リヴィア」
その声を聞いた途端、世界が、音を立てて崩れた。
心の奥で何かがはじけた。
閉じ込めていた記憶が、溢れ出してきた。
──火刑台の前で見た俯いた顔。
──小さな部屋で交わした言葉。
──椅子の上で眠るミラ。
──そして、あの日。私がセイランを裏切ってしまった、あの最期の日。
涙が、頬を伝っていた。
止めようとしても、止まらなかった。
なのに、彼は笑って言った。
「婚約者は、君に決まりだ」
「……お名前は確かセリオス様じゃなかったですか?」
震える声で問いかける私に、彼は静かに、まっすぐに答える。
「今、変えたんだよ。昔の名前に。やっと君を見つけたから」
その言葉に、私のすべてが、崩れた。
私は、ずっと……
ずっと、あなたに会いたかった。
何度も夢に見て、何度も後悔して、
何度、呼びかけても応えてくれなかったあなたに──
今、ようやく、再会できた。
「……やっと、会えたのね」
私は笑った。涙をこぼしながら。
今度は、なんの障害もなく、この人を愛していい。
そう思えた瞬間だった。
「ねえ、セイラン。私、今度こそ……あなたを、ちゃんと愛せる気がする」
彼の目が、大きく見開かれて、それから、優しく細められる。
「今度は、最初から一緒にいよう。何も隠さずに、何も失わずに」
「うん」
「また一緒に猫を飼おうか。ミラという名の」
「飼いたいわ」
私は頷いた。
そして、この手を、彼に差し出す。
それは、百年以上かけて、ようやくつながった手だった。




