8 あなたは私の下僕になりたいの?
青空に鳥が鳴く。雲一つない空には、黄色い葉をつけた背の高い木がとても映える。
長期休暇明けの試験を終え、私は生徒会室でゆっくりとお茶を楽しんでいた。
「サハル様、こちらの書類はいかがしましょう」
「それは全て差し戻しにして。こんなところに出してくるものではないわ」
私の言葉に、ラクストが忍び笑いをした。
「声を出して笑って良いわよ。申請書類の中に釣書を入れてくるなんて、センスがなさすぎるわ」
「承認印でも欲しかったのでしょうか」
「本人の額に、却下印を押して差し上げたいものね」
殿下との婚約が白紙撤回と国神王からお達しがあったことを知った貴族のぼんく──御令息方からは、毎日のように釣書が私の手元に届くようになった。勿論自宅にも届くのだけれど、両親よりも先に兄たちが見ては全て却下していくものだから、私の目に届くことはない。
「兄様たちが認めないのであれば、私の手元に婚約の話が降りてくることはないのよね」
「お二人の溺愛ぶりは、有名ですもの」
「このままじゃ、私結婚できないのではないかしら」
「おや、では私が求婚しても?」
「リド?」
「これをあなたに」
ちょうど扉を開けて入ってきたリドリナルが、書類の束を私に渡す。
「プロポーズに書類の束をいただいたのでは、お返事いたしかねるわね」
「確かにその通りだな」
片眉を上げて笑う。手にしていた書類を机に置くと、私の前に跪いた。
「どうなさったの?」
「言ったでしょう? 求婚するって」
「球根と間違えたのではなくて」
「今植えるとちょうど良く、季節が半巡りしたら──違いますよ」
「思ったよりノってくれたわね」
リドリナルは笑いながら指をパチリと鳴らすと、その手に緑色の花弁を大きく開いたサクチュの花束を生み出す。その緑も濃淡が様々で、実に見ていて美しい。
「サハルアリシャ様」
普段は愛称で呼ぶ彼が、私の名前を呼ぶ。目の前に跪いた彼は、生み出した花束を差し出す。その瞳は、びっくりするくらい真摯で、赤い瞳が光を取り込んで美しく光る。今にも吸い込まれてしまいそう。
いくら私でも、これが酔狂でもなんでもないことくらいはわかる。
「あなたに、結婚を申し込みます。我が名はリドリナル・マクアト・ホメット。私の妻になってください」
……。
今さらっと、とてもさらっと言いましたけどね。
「ちょっと待って」
「待ちましょう」
「いえ、そうじゃなくて」
「うん?」
「リド、あなた今なんと言いました?」
「結婚を申し込みます」
「そうじゃなくて」
「私の妻になってください?」
「そこじゃなくて! 名前! あなたの名前よ」
そこまで言うと、リドリナルは「ああ」なんてわざとらしく言って笑う。これはわざとね。
「うん、言ってなかったけど私はホメット魔術王国の王太子なんだ」
言って? ねぇそれは言って? 最初にちゃんと言って?
あなたはホメット魔術王国からの留学生で、公爵家の子息だって聞いていましたけれど?!
私の動揺は勿論一緒にこの場にいたラクスト・レイニーも同じだった。
くるくるまわる愛らしい瞳が大きく見開かれている。美少女はなにをしても可愛いわ。いえ、そうじゃなくて。
「それで、返事は? 返事は、サハル」
「リド。あなたはホメット魔術王国の方で」
「うん」
「しかも王太子で」
「うん」
「その妻になるということは」
「ゆくゆくは王妃になるということだね」
だね、じゃないわよ。
苦節十数年。バカ王子を支えるべく耐えてきた王妃教育。バカ王子から解き放たれた後、さすがに8歳も年下の10歳の第二王子の妻になれるとは思えなかったけれど。
「サハルは王妃教育も終えているし」
「ええ」
「魔力も絶大だし」
「ええ」
「家柄は公爵家で問題ないし」
「ええ」
「なにより私が愛しいと思う相手だし」
「ええ──ええ?!」
条件でいけば、全く問題はない。けれどその、最後のそれ──それはなに? リドは私のことが? 好き? 好きなの?
「あれ、サハル様お気付きじゃなかったんですか?」
「お気付きじゃなかったわよ。って、ラクストは気付いていたの?」
「はい。因みに、サハル様がお気付きではないだけで、そちらに届いていた書類の殿方は皆さまサハル様に懸想されておりました」
思わず目を幾度も瞬かせてしまった。それは所謂──
「私、モテモテ、というものではないのかしら」
「リド様が全て遮断されていましたけれど」
「えっ」
「サハルに近付いて良い男は、私だけだろう。あのバカ王子も本当はこの生徒会室に入れたくもなかったんだ」
思いがけない告白に、私はどうしたら良いのかわからなくなってしまう。そんな私に、リドリナルはやわらかく笑いかけた。
「サハルアリシャ様。この学院の中だけではなく、私はいつまでもあなたの僕でいたいのです。どうか私の手を取っていただけないでしょうか」
少なくとも。
リドリナルの事を私は好ましいと思っているわ。それに、どこかの誰かと違って、頭脳明晰で、魔力もある。そして、この国よりも強大な国の王太子でもあって──。
「僕がダメなら、下僕、と思ってくれてもかまわない」
頭──良かったのよね? 良かったわ。良かったはず……。第一僕も下僕もほぼ同じよ。
「サハルアリシャ様」
ああ、もう。そんな瞳で見ないで頂戴。
差し出された花束から、一本を抜き取る。その花首を彼の眼前に向けた。
「良いわ。あなたの国へ連れて行ってくださらない?」
「サハル……! ありがとう」
そう言うと、リドリナルは私の差し出した花に口吻けをする。その瞬間、緑色の花束は一斉に花びらを散らし、部屋中にひらひらと舞い散っていく。宙を舞いながら、それはキラキラと光り、やがてその姿を消していった。
「リド」
「うん?」
「茎はどうなったのかしら」
私の真摯なる疑問に、笑いだすと「魔法で消えたよ」なんて言いながら私の手の甲に、唇を触れさせる。
「私の大切な女王様」
「もう。あなたは僕なんかじゃないわよ」
「じゃぁ奴隷──かな?」
「奴隷だなんて言っちゃだめでしょ!」
「だったらやっぱり僕だ」
一体全体、どうしてそんなに僕になりたがるの。
私は夫となる方を僕と思う思考回路をもちあわせておりませんわ!