7 あなたの仕事を評価しますわ
第一王子グルナジェスト・ダルナイジュ殿下との婚約が白紙撤回となった夜。贅を尽くした食事を用意すると、家令から執事からシェフからが意気込んでいる。挙句、私の兄たちまでが料理に口出しをしようとしているから、慌てて止めに入ることになってしまった。あなたたちの仕事はそこではない筈でしてよ。
これはけして、私が意気消沈しているだろうから豪勢にしたという訳ではなく、むしろその逆。
「サハルおめでとう!」
「サハル、本当に良かった」
私の事を溺愛してくれている長兄シルグナリオと次兄オルドハリオは、帰宅した私に一斉に抱き着いてきた。
「いくら兄妹でも年頃の娘に抱き着くとは何事ですか」
「ばぁや、嬉しいから仕方ないですよ」
「オルドの言う通りですよ。こんっなに可愛いサハルをあのバカ王子に嫁がせないで済むなんて」
二人の言葉に、女官長でもあるばぁやは苦笑するしかない。はいはい、と言いながら他の女官たちへの差配に戻っていった。
「それで?」
「それで、とはなぁに? シル兄様」
「夕刻訪れてきたまま、応接室でお客様がお待ちになっている。シル兄はそれを含めて言っているんだ」
「ええ、オル兄様。美味しいお茶とお菓子をお出ししている筈よね」
私の言葉にオルドハリオ兄様は頷く。
「このタイミングでの来客だ。きっと大切な方だと思って、とびきりを出している」
「それは重畳」
せっかくなので、二人を連れて応接室に向かった。
静かな応接室。臙脂色の絨毯に、壁面の紺色が私のお気に入り。壁には、絵師に描かせた家族の姿が所狭しと飾られている。
その部屋の中央に置かれたソファに、強いまなざしの濃い茶色の瞳をした若い女性が座っていた。
「待たせてしまったかしら? マイヤルドさん」
「サハルアリシャ様。いいえ、ほんの少し程度ですわ」
「待っていない、と言わないところが好きよ」
「ふふ。自由な身上でございます故」
「え?! マイヤルドって……」
「あれ、僕が知ってるマイヤルド嬢はちょっと違うような。シル兄どう?」
「いや俺が知っているのも……。もっとこう、儚げで髪の毛の色が濃くてふわふわで」
「はい、二人とも大正解」
私の合図で、彼女が華麗なカーテシーを見せる。闇夜に紛れるような、紺色のドレスは、華美さはないけれど、洗練されたデザインで彼女にとても似合っていた。
「マイヤルド・ジャニファ役の、ルーラント・カルファにございます」
「え……、や、役? おい、オルド」
「ああ──。ルーラント?」
「二人とも、ご挨拶を」
その声に、礼を欠いていたことに気付き慌てて二人が挨拶をする。
「失礼。マーメイ公爵家嫡男、シルグナリオ・マーメイです」
「マーメイ公爵家次男、オルドハリオ・マーメイです」
「あっ、膝はおつきにならないでください。私は庶民ですので」
「庶民?」
「あれ。でもコーザル国の……って、なぁシル兄」
「はいはい。皆座りましょう」
四人がソファに座ったところで、侍女が紅茶を淹れた。大切な話をする時には、紅茶が必要だわ。
今日のお茶は我が公爵領で輸入した、隣国コーザルのもの。これからする話題にぴったりの銘柄選びに、侍女を褒めてしまうわ。優秀なのよね、我が家の侍女って。
──閑話休題。
「それで──、マイヤルド嬢……ではなく、ルーラント嬢、なのか? サハル」
「オルド兄様、ちょっと待って。先にルーラントさんにお礼を」
「お礼?」
私の言葉に、シルグナリオ兄様が首を傾げる。察しが悪いわよ。
「ルーラントさん、今回のマイヤルド・ジャニファとしての働き、とても良かったですわよ」
「お気に召していただけましたでしょうか」
「ふふ。あなたの演技、本当に素晴らしかったわ。さすがジャファフィット大陸一の旅芸人一座の一人ね」
「お褒めにあずかり光栄ですわ、サハルアリシャ様。それで報酬ですが」
「ええ。すでに一座の責任者へは納めてあります。他にこちらを──これは私個人から、あなた個人へのお礼です」
合図と共に、執事が数種類の宝石を入れた箱を差し出す。ルーラント嬢は美しい顔を花のようにほころばせて、笑った。やはりおどおどした表情よりも、自信に満ちたその表情の方が、美しいわ。
彼女の名前はルーラント・カルファ。旅芸人の一座で踊り子をしている女性で、今回の主演女優でもある。
「なるほどね。マイヤルド嬢と印象が違うのは、演じてもらっていたのか」
「シル兄様の言う通りよ」
「ルーラント・カルファ、だっけ。彼女とはどこで」
「オルド兄様、一昨年の休暇中にコーザル国に家族で行ったでしょう? その時に噂を聞いたの。それで秘密裏に宿泊先に来ていただいたのよ」
「髪の毛をザシャの実で染めて、儚げメイクをしました。魔力は、サハルアリシャ様より魔法石を頂戴いたしましたので、それでうまいこと誤魔化すこともできたんです」
くすりと笑うと言葉を続ける。形の良い瞳が、三日月を作った。
「謝礼をたっぷりといただけるとのことで、熱も入りました」
ルーラント嬢のあっけらかんとした口調に、二人は目を丸くする。遠慮をしながらオルドハリオ兄様が口を開いた。
「その──、殿下と話している時の甘ったるい口調とは全然違うんだな」
「それはそうですよ。私は踊り子です。演じることは得意ですから。それに、殿下は自分よりも格下の頭の緩い女性がお好きとお聞きましたので」
ある種身も蓋もない言い方ではあるけれど、彼女の言葉に二人とも深く頷く。そうね、私がそう指示したけれど的確だと思っているわ。
「殿下、あなたの魔法は素晴らしいですわ。あなたの日々の努力はきっと皆に伝わりますわ。あなたの優しいお心は、民の喜びですわ。あなたの……」
まるでその場に殿下がいるかのように、表情をがらりと変え、甘い言葉でそれを紡ぐ。時折混ざる、妖艶な視線があまりにも自然で、同性の私ですらドキリとしてしまう。
「──と、まぁこんなことを一年かけてやっておりました。早かったですよ、陥落は。私が言うのも何ですが、あの方が国神王になったらこの国終わりだと思います。お馬鹿すぎて」
「否定できなくて、公爵家として辛いわ」
冷めてしまったので、新しい紅茶に変更されたカップを口に運びながら、窓の外を眺める。
「ルーラントさん、あなたの仕事は完璧でしたわ。本当にありがとう」
「いえ、私もたっぷりの報酬に美しい宝石までいただきましたから」
「この後はどうなさるの?」
「一座はホメット魔術王国に行く予定です。遠い国ですので、暫くはこの国にも戻ることはないので、ご安心ください」
「ホメット魔術王国。それは遠いわね」
「王宮に呼ばれているので、たっぷり稼いできますよ!」
「まぁ! それは素晴らしいですわね。またいつか、どこかでお会いできることを楽しみにしているわ」
たくましい言葉を残すと、闇夜に紛れるようにしてルーラント・カルファは屋敷を後にしていった。
「なるほどねぇ」
「シル兄様?」
「今回の婚約破棄、随分とうまいこといったと思ったら」
「そうそう。僕たち彼女──マイヤルド・ジャニファの方のね、噂を聞いてうまいこと殿下からサハルを取り戻せないかと思ってたんだけど」
「俺たちが動く前に、とんとん拍子にいったからさ」
二人は私よりも幾つも年上。すでに王宮での仕事をしているのに、彼女の噂を聞いて様子をこまめに見に行っていたとか。仕事をなさいな、仕事を。
執事が食事に呼びに来たので、私たちは部屋を出る。食堂に到着すると、すでに両親が待ち構えていた。普段は最後に登場するお父様までいるので、少しびっくりしてしまう。何があったのかしら、なんて愚問ね。
「サハル! まぁまぁ、良かったわねぇ」
「お母様、ご助言いただきましてありがとうございました」
「可愛い娘を、あんな馬鹿に嫁がせたがる母親がいるものですか。まさかあそこまで愚かに育つとは、思ってもいなかったわ」
お母様が私を抱きしめる。その腕が優しくて、思わず涙ぐんでしまいそうに。いけない。お母様のドレスが汚れてしまうわ。
「母上はご存じだったのですか」
「ええ、オルド。これはお父様もご存じのことよ」
「どうして俺たちには」
「シルグ、オルド、お前たちに話せば不自然さが出てしまうからだ」
お父様の言葉に、二人とも困ったような表情で笑い出す。どうやら自覚はあるみたいね。
シルグナリオ兄様もオルドハリオ兄様も、過剰なくらいに私の事を大切に思ってくれている。あまりの溺愛ぶりに、呆れてしまうくらい。
今までも殿下の女遊びに憤って、殿下に対して不敬ではと思うくらいの文句──いえ、注意をしていた。
そんな二人が、私の計画を知って急に黙ってしまったら怪しすぎるというもの。お父様もお母様も同じ考えで、私たち三人は──いえ、この家の者は全員黙ってこの計画をすすめたのよね。つまり、二人以外は全員知っていた、ということなんだけれど。
「まぁ良いか。何にせよ、この婚約の白紙撤回ではサハルにはなにも瑕疵がつかない」
「そうだよシル兄。次は僕たちが婚約者を決めて──いやいっそのこと、僕たちがサハルの配偶者に」
「ねぇ二人とも。そろそろ食事にしたいのだけれど、良いかしら?」
「あれ、サハルは嬉しくない?」
「シル兄様までそんなこと言って。私はお嫁に行きますからね!」




