【40】胸に秘めて
「な、なんのことでしょう」
1度は動揺して声が上ずった。だが、それでも体勢は崩さない。トオリは精一杯動作に変化を見せなかった。だが、シルヴィアは見透かして。
「エイジもトオリも動作が固い。視線が彷徨い暗い表情。そんなのバレないって思っている方がバカよ。君たち隠すのが下手すぎる」
そこでシルヴィアは紅茶を置いて、見抜くように言い放った。自分の見解を。そして気になる事柄を。
「私、またはライトの話かしらね……いやライトの方が重要か」
紛れもなくトオリに動揺が走った。緊張した顔つきはトオリに紅茶を勧める。喉を潤して1度落ち着いたトオリは奥歯を噛んで答えた。
「なぜ、ヴィアは分かってしまうのでしょうね……その話もあったから早々と2人と別れた。そう捉えることが妥当でしょうか」
「私の周囲は皆、顔に出やすいのよ。君たちが動揺するなんて案外、近しい人物の案じだけかと思っただけ。ビンゴだったわね」
シルヴィアがトオリの隣に座って顔だけを向ける。それに類似することがライトの眼にあったから。
「エイジと約束をしたのですが……ここは口を割った方がいいでしょうね。では独り言を」
一応の罪悪感にならないように先に、逃げ場を作っておいてトオリは地下室で記されていた情報について告げた。
「悪魔を潜在的に持つ者に副作用はない。生まれながらに同化しているのだからそれも当然なものだろうが、強いて言うならばその悪魔と二重人格のように入れ替わってしまうことが欠点だろう。それは魔女であっても血筋として生まれてきた者もここに値する。だが、あくまで魔女と潜在的に悪魔を持っている者は別として捉えることが必要不可欠と断言出来る」
そこまで述べたトオリはシルヴィアを見ずにもっと遠くを見ながら続けた。
「悪魔と本契約をした者には誰にも知られない大きな問題がある。だが、それは表面上で見えることはなく事が起きてからではないと誰も気づかない。これはある1つの事例から成り立っている仮説ではあるが、そこから推察するとそれは合理的な法則であることに間違いはないと考えられる。ある1人の魔女が死に直面した際に起こった、悪魔に食われて存在自体が消滅した事例だ」
シルヴィアはそれに黙って、耳を傾けた。
「そして、悪魔と仮契約で魔女と契約を交わした者には物理的に目視できる傷が現れるだろう。契約者は仮であるために、そこに器が成り立たない。侵食されていく過程で当人はそれを拒絶することが可能だが、結論からしてそれは傷を先延ばしにしている他ない。悪魔は本契約時よりもずっと自由に活発に活動する。そのため、形が浮き彫りとなってしまうと考えられる。見聞を通してここに1例を記すとすると、その仮契約者は手の感覚を対価に支払った。妖術は主に空間に武器を作り出すもの。そして、使用し続けた結果その人物の手は壊れた。神経が起動せず、両手は自由を失った」
ここまで言ったトオリはフゥと息を吐いてシルヴィアに視線を合わした。彼も彼女も見ていればそれに当てはまるようにしか到底思えない。それに、確認して間違いはないと言われてしまったのだ。ここでどうするべきなのかなどわかったものではない。
「天使は代償がない代わりに、力は薄いです。そして私は潜在的に悪魔を持っている部類に入りますから2人の苦痛や2人の想いを知ることはできません」
シルヴィアは、黙って数秒空を仰いだ。そして自分で自分に頷いてトオリに声をかける。
「私は大丈夫。それをまずトオリに伝えておくわ。そして、仮契約者が1番危険な状況である。そう言いたいのでしょう?」
トオリはやや前傾に先とは異なる、熱を帯びた口調でシルヴィアの腕を掴んだ。
「大丈夫って、本当ですか?私を含めて、多分ヴィアは1番自分のことを口にしない。ライトはあれでもヴィアよりはわかりやすいです。だからアナタの身を案じて」
「本当に大丈夫だから」
シルヴィアは、1人で興奮気味に話すトオリを落ち着かせるため強く静止をかけた。
「私は……」
そこで口を噤んでシルヴィアは、斜めに視点を動かした。そして首を振ってトオリに言った。
「やっぱなんでもない。うん、そうね。私の身には異常は見られない。それにその例も死んでからでしょう?死んでからどうなったって知ったものではないわ」
「そ、そうですよね……」
トオリに強く慰励の言葉をかけて、彼女の不安を払拭する。シルヴィアはトオリが落ち着くのを見て、自分も立ち上がった。
「話し込んでいたらこんな時間になってしまったわね。出発は明後日。どうせ、結晶石は置いていくから離れても問題ない。そしてありがとう。いろいろとね」
目を細めて笑いかけたシルヴィアに、トオリは頬を赤く染めて頷く。彼女は強かった。
「はい」
しかし、それだけで終わらないのがシルヴィアだ。これは彼女の美点なのか。トオリの頬を両手で叩いて真っ直ぐに見つめる。
「私は、トオリがこれからどう成長するのかとても楽しみだわ」
驚きながらも嬉しそうに笑うトオリは、はいと強く返事をしたのだった。
◇◇◇
「ラーイート、くん!」
エイジが後方から抱きついてきてライトは、転びそうになりながら振り向く。
「エイジ、なぜお前はそんなに元気なんだ?」
呆れたようにライトが苦笑いを浮かべていた。それを見たエイジが隣に立ってそうか?と笑った。
「だが……」
しかし、続けてエイジは青年をじっと見る。同じ目線で何か満足したように呟いた。
「吹っ切れたから?何人も殺して、罪悪感とかこれからどうしようかとか凄く悩んでそれでもお前が俺に道を示してくれたからかな」
照れ笑いを浮かべてエイジは、頬をかいた。横にいる仲間はどうやらわざと調子を上げて振舞っていたらしい。
「緊張なんてしなくていいんだぞ?」
ライトが無表情でエイジのわきっぱらをつつく。エイジがヒッと情けない声を上げて、前方によろめいた。
「おまっ!急だな」
だが、2人は笑ってそこに落ち着く。長い廊下は夜でひっそりと静まっていた。歩く人もちらほらとしか見かけない。窓に映った月が満月になって鮮やかに煌めく。
「殺した罪は消えない。だが、それ分だけの人を助ければいい。今度は善良な魔女も。邪悪な魔女狩りも。狂気も悪鬼もすべて」
ライトはエイジの肩に手を置いた。エイジはそれに頷いて横目でライトの横顔を覗いた。
今はまだ。
「ライト、光か」
エイジが頬を緩めて微かに言葉を吐き出す。そして、ライトが出した言葉に大きく返答した。
「あぁ。そうだな……お前に負けないようにな」
エイジは歯を見せて笑う。




