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小さな契約と一つの約束

「ふあ~ぁ……」


 あくびを噛み殺しながら、俺は体を起こす。

 いや、起こそうとした。


「んんっ……」


「ぐえっ」


 潰されたカエルのような情けない声が上がり、持ちあげかけた体が強引に布団に縫い留められる。

 その元凶にじろりと目を向けてみれば、幸せそうな顔でむにゃむにゃと眠ったまま俺の首に手を回し抱き着いていた。

 そのあまりに子供らしい寝顔に、首を絞め落とされかけたことも忘れて頬が緩み、そっと頭を撫でる。

 すると、気持ちよさそうにその表情が緩み、更に体を擦り寄せて来た。


「レン……すきぃ……」


「ははは……ありがとな、ルーミア」


 寝言とはいえ――割といつもストレートに言ってくれてる気もするけど――こんな風に真っ直ぐに好きと言われれば、相手が子供でも……いや、純粋な子供だからこそ嬉しい。

 そう思いながら、しばしの間その鋼色の髪を撫でていると、今度は反対側から俺の体に抱き着いてくる人物がいた。

 それも、かなり……いや、死ぬほど強く。


「(あぐぐぐぐ!?)」


「んぅ……レン……」


 思わず上がりかけた声を無理矢理喉の奥に押し込めて、俺はそちらへ目を向ける。

 そこにいたのは、薄いシルクの寝間着に身を包んだ俺の妹分……ティオだった。


 昨晩、結局バレスタイン公爵家に泊まっていくことになったんだけど、ここで一つ問題が起きた。早い話が、俺はどこで誰と寝るのか、という話だ。

 別に寝る場所はどこでもよかったんだけど、ルーミアが当たり前のように俺についてきたことでティオが騒ぎ出したのだ。曰く、いくら小さい子だからって2人きりで寝るのはよくないとかなんとか。

 正直俺としては今更だったからどうしたものかと思っていたら、セレナのほうから提案されたのだ。「それなら3人一緒に寝たら?」と。

 特に断る理由もないし、むしろ久しぶりに再会した俺としてはもう少し長く一緒に居たかった。なので二つ返事でOKしたんだけど、なぜかティオは顔を真っ赤にして固まってしまった。最終的には頷いてたけど。


 ともあれそういう理由から、俺は2人に挟まれる格好で寝ることになったわけだけど、これは果たして両手に花と言えるんだろうか? いや、間違いなく2人とも可愛いし、将来美人になるだろうとは思うけど、今はティオも13歳だしルーミアも(少なくとも見た目は)小学生以下だ。そういうことにはならない……よな?


「ともあれ、そろそろ起きないとな……」


 ティオに絞められて思い出したが、今日は3人で買い物に行く約束をしている。一日中真っ暗なこの街で早いも遅いもないかもしれないが、いつまでも寝ているのはよくないだろう。


「おーいティオ、起き……」


 力いっぱい抱きしめてくるのに身体強化魔法で対抗しながら、ティオを起こそうと顔を近づける。

 その時、ふとティオが何事が呟いているのが聞こえてきた。


「ん……?」


 今にも消え入りそうな、か細い声。

 まだ目を覚ました様子はないからただの寝言だと思うけど、気になったので更に顔を近づけ耳を傾ける。


「レン……もう……置いてかないで……」


「………………」


 ぎゅっと俺を抱き締め離さないティオの頭を、そっと撫でる。

 軽く梳くように動かせば、緑色の髪が指の間をサラサラと抜け、心地良い。とても砂漠の中を一人歩いて踏破したなんて信じられないくらいだ。

 けど、ここにティオがいること自体が、そうやってあの砂漠を超えてきたことを嫌でも証明してしまっている。

 たった一人、まだ子供と言っていい年齢でしかないティオが、いくら鬼人族だからって毒物そのものであるはずの魔物で食い繋いでそれを為すのは、どれほど辛い道のりだっただろう。

 それもこれも、ただ俺を助けるためだけに。


「情けないな、俺……」


 分かってる、あの時の俺じゃ、どう足掻いてもフビデビには勝てなかったし、逃げることも出来なかった。その後のことだって、何度やったからって今以上に――エミリアの力を借りる以上に、みんなを上手く助けてアルメリア大陸に帰るなんて出来ないし、そんな方法思いつかない。

 でも……今、そのせいで。俺の無力のせいで、ティオが傷ついてる。それを、理解してしまった。


「………………」


 ティオの体を、ぎゅっと抱き返す。

 例え俺が傷つけてしまったんだとしても……いや、だからこそ、まだ取り返しがつく今のうちに、フビデビとの因縁に決着をつけなきゃならない。

 だから、


「誓うよ、ティオ……俺自身もお前も、レイラ達もみんな、今度こそ絶対守る。それで、みんなで一緒に帰ろう、俺達の家に」


 そう言って、俺はそっとティオの額に口付けた。

 なんでそうしたのかは、俺にもよくわからない。ただ、この行為によって、意図せずに俺とティオとの間に、小さな“契約”が為された。





 結局、しばらくの間ティオと抱き合って寝ていた俺は、セレナに起こされる格好でようやくベッドから出た。

 「昨晩はお楽しみだったみたいね」などとやたらニヤニヤした顔を向けられたけど、特に何もしてないからアホかと言っておいた。なぜかティオが顔を赤くしてたけど……何もしてないよな?


 ともあれ、そうして朝ご飯をみんなで食べ、出かける直前にまたティオがセレナに血を吸われて喘いだりと言ったハプニングを交えつつ――ティオがこの家で住み込みの使用人として働く条件の一つが、セレナに毎日1度血を吸わせることだったらしい――予定通り、ティオとルーミアと俺の3人で街に出かけることになった。


「それで、今日は何買うの?」


 公爵家を出てしばし、そろそろ平民街に差し掛かろうと言うあたりで、ティオがふと思い出したといった風に聞いてきた。

 そういえば、言ってなかったっけ。


「ウルヴァルンまでの地図と羅針盤と……あと、ルーミアに何かアクセサリーでも買ってやろうかなって」


「それなら、平民街に良いお店があるの知ってるけど……アクセサリー?」


「ああ」


 俺は首元からフェンリルの牙を模して造られた戦士の証を取り出して見せ、カルバート村での出来事と、夜空宮殿(ナイトパレス)に着いたら何か代わりにプレゼントしてやる約束をしたことをかいつまんで説明した。


「へ~、そんなことがあったんだ……」


「なんか嬉しそうだな?」


「へ!? いや、その……」


 呟くティオの顔が綻んで見えたので、なんとなく気になって聞いてみると、ティオは面白いくらい狼狽しだした。

 そんなに変なこと考えてたのか? と思ったけど、さすがにそれは杞憂だった。


「レン、相変わらずだなって思って……嬉しくって」


「うん? どういう意味?」


 相変わらずって、さすがに魔物相手にああも派手にドンパチやるのは初めてだったんだけど……


「ううん、なんでもないっ」


「おわっ」


 そうは思ったものの、ティオは俺の疑問に答えることなく、横からぎゅっと俺の腕に抱き着いてきた。

 よくわからないままの俺としては首を傾げるしかない状態だけど、ひとまずその頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。


「あ、ずるい! レン、ルーミアも撫でて撫でてー!」


「ああうん、分かった分かった」


 乞われるままに、空いてる方の手でルーミアの頭も撫でる。

 左右両方から女の子(ただし幼女)に抱き着かれて、それを撫でるこの光景は、果たして周りからどう見られているのか……俺としては妹をあやしてる気分なんだけど、3人そろって髪の色も瞳の色も全く似ていないあたり兄妹だと思うのは難しいだろうし、ロリコンだなんて思われないよな?


 そんな、今現在の自分の年齢を棚に上げたことを考えながら歩いているうちに、俺に抱き着きながらもちゃんと案内してくれたティオおすすめの店にたどり着いた。

 武器や防具、薬品にちょっとした小道具など、あまり統一性のない品々が並ぶその様は雑貨屋か何かに見えるけど、展示の仕方のせいかあまり雑多な印象は受けない。

 そんな商品の合間を縫って、店主と思しき男がぬっと顔を出した。

 熊のような……というより、実際に熊そのものな顔をしたその大男は、獣人なんだろう。見上げるような巨躯もあって正直かなり威圧感がある。


「よう坊主、両手に花とは羨ましいね、彼女とデートなのかい?」


「か、かのっ……」


 けれど、そんな厳つい顔からは想像もつかないような優しい声色で、開口一番飛び出したのは軽い冗談だった。思った以上に付き合いやすそうな人だ。


「彼女じゃないけど、家族みたいなもんかな」


 なので、俺も特に気負うでもなく普通に答えを返した……んだけど、なぜかティオから不満そうな顔を向けられた。えっ、なんで?


「ははははは! まあ、そういうことにしておこうか。で、今日は何をお求めだい? うちなら大抵のモンは揃ってるぜ」


 ティオの反応に首を傾げるも、特に喧嘩した覚えもないので理由に思い当たるはずもなく。仕方ないので当初の目的通り買い物を先に済ませるとした。


「俺達ウルヴァルンまで行きたいんだ。だから、地図と羅針盤があれば見せて貰えないかな?」


「ああ、いいぜ。それならこっちだ」


 店の中の、比較的入り口に近いところへ案内される。そこには、恐らく旅人向けであろう無数の品々が並んでいた。

 水袋、ナイフ、火おこし用の魔石に、リュック、簡単なメディカルキットなど、そうした物の中から、目的の物はすぐに見つかった。


「これか、羅針盤。思ったよりは安いな、で、こっちが地図……ってうわ、高っ」


 羅針盤の値段は銀貨3枚で、これくらいなら今の所持金でも問題ない。けど、地図に至ってはまさかの金貨2枚だ。書いてあるのはほとんど砂漠一色なのにこの値段ってアリか……? いやまぁ、この危険な砂漠を地図にするのが大変なのも、ドスパンさん達のような商隊(キャラバン)にとってこれが砂漠の水と同じくらい重要な代物であることも分かるんだけど、これ買うと所持金が半分消えるな……

 とはいえ、これがないとドワル大砂漠を越えるなんて無理なんだし、ケチっても仕方ないか。


「おっちゃん、これとこれ、頂戴」


「おう、毎度。けど坊主、これだけでいいのか? ウルヴァルンまで行くとなったら他にもいろいろと装備が必要になるぞ? いくら商隊の世話になるって言っても自分の世話は自分で出来ねえといけねえしな」


 さっきから思っていたことだけど、この熊のおっちゃんは見かけによらず随分と優しい人みたいだ。さりげなくもっと買ってけと言うあたり、商売上手とも言うのかもしれないけど。


「大丈夫、武器はあるし、こう見えて俺達強いから」


 ポンっと、腰にした万華剣(カレイドソード)を叩いて自信満々に言ってみせると、おっちゃんはやれやれと言った風に肩を竦める。

 心配そうなのは隠そうともしていないけど、これ以上は余計なお節介だと自重しているんだろう。


「代わりに、何かアクセサリーとかある? この子に買ってやりたいんだけど」


 だからというわけではないが、ルーミアの肩を叩いてそう注文すると、おっちゃんもすぐに表情を切り替えて店の奥にある一角まで案内してくれた。

 そこには、髪留めからネックレス、指輪まで、様々なアクセサリーが取り揃えられていて……ていうか、本当になんだこの店、品揃え良すぎないか?


「おっ」


 その中で、俺は一つのネックレスに目が留まった。

 銀色の鎖の先に、白い翼をあしらったデザインのそれは、可愛らしくも力強さを感じさせて、ルーミアのイメージにピッタリ合うような気がする。


「ルーミア、これなんてどうだ?」


 早速手に取り、おっちゃんの許可を貰ってルーミアの首にかけてみる。

 さすがに少し鎖が長いが、そこは調整して貰えばいいだろう。


「わ~! キレイ! レン、これ欲しー!」


 ルーミアが目をきらきらさせ、首から下げられたネックレスを手にはしゃぎだす。

 どうやら、気に入って貰えたみたいだ。


「おっちゃん、これ買うよ、いくら?」


「金貨3枚だな」


「ぶふっ!」


 高ぇよ!! いやまあ、確かにいいネックレスだし、こんな喜んでるルーミアにまさか買えないなんて言えないけどさ!


「どうしたのレン? 大丈夫?」


「あ、ああ、大丈夫」


 うん、そもそもこのお金自体ルーミアが稼いだ物だしな。そのルーミアに買う物でケチケチするわけには行かないだろう。心配そうな顔をするティオに誤魔化すように何度も頷く。


「それじゃあさっきのと合計で、金貨5枚と銀貨3枚だな」


 硬貨の入った袋を取り出し、言われた額をおっちゃんに渡す。

 ううむ、所持金がほぼ底をついたな……この後で狩りに行かないと……何かいい依頼があればいいなぁ。


「毎度あり。ウルヴァルンにはすぐに行くのか?」


「いや、もうしばらくここで過ごしてからかな」


 金をもうちょい溜めないと……とは、さすがにルーミアの前では言えない。


「そうか、じゃあまた何かあれば来るといい、気前よく買って貰ったし、サービスしてやるぜ」


「ははは、ありがとなおっちゃん。それじゃあまた」


 軽く手を挙げ、未だにウキウキと全身で喜びを表すルーミアの手を引いて店を後にする。

 そんなルーミアを、俺を挟んだ反対側からティオが複雑そうに見つめていた。

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