魔人の村
昼間は遮るものがないのをいいことに嫌というほど太陽が照りつけ、灼熱の大地となる砂漠も、夜になれば一転して全ての熱が消えてなくなり、極寒の大地と化す。
暑さに関しては氷を作り、日陰も作れるのでなんとでもなるが、夜の冷え込みばかりは火種となる植物を調達しなければならず中々難しい。用意は出来るが、俺達2人だけでは一夜燃え続けるだけの植物を探すのは現実的でないのだ。
この2日ほども、ルーミアと抱き合って毛布で包まり凌いではいたが、やはりそろそろ厳しかったので陽が落ちる前に村に入れたのは行幸だった。
辿り着いたのは、土作りの掘立小屋のような家がいくつか立ち並ぶ小さな村。
砂漠ゆえに畑はなく、その上パッと見たところ家畜らしきものもいないようで、日々の食い扶持をどうしているのか少々気になる。
ともあれ、こういった砂漠で生きる民族の家は見た目の割に中の保温性が高くて過ごしやすいと前世のテレビで見たことがある気がするので、俺が急造した石の家よりは快適なはず。
「父ちゃーん! 帰ったぞー!」
そんなことを考えながら、アルフォンスに続いて村へ立ち入る。
ただ、立ち入ると言っても明確な区切りがあるわけではなく、この魔物が闊歩するドワル大砂漠にあって城壁どころか柵すら存在しない無警戒ぶりだ。もっとも、ここに生息する中では最下級のケルベロス相手でさえ適当な柵程度意味をなさないし、何より作る素材がない。もしかしたら、そういった理由から防壁の設置は諦めているのかもしれない。
「おお、アル! よくぞ戻った!」
アルフォンスの声を聞いてか、奥から一人の悪魔が歩み寄ってくる。
見た目はやはり父ちゃんと呼ばれただけあってよく似ているが、顔や手足には深い皺が刻まれており、腰も曲がったままなのか真っ直ぐ立てず杖を突いて歩いている。見るからに年老いた風貌だ。
それを見て、俺は首を傾げる。
そもそも、悪魔は不老不死のはずだ。その魂でさえ不滅であり、それゆえに最強の魔人として恐れられている。この老悪魔がいかなる年月を重ねたかは分からないが、だからと言ってこんな姿になるなど聞いたこともない。
「水は……その様子だと、ダメじゃったか」
「ごめん、父ちゃん……」
「何、気にするな。お前が無闇に死ぬよりはよっぽどマシじゃ」
そんな風に老悪魔について考えている間に、親子の間には沈んだ空気が漂い始めた。
なんだか間に入りにくいが、かと言ってこのまま放っておかれても困るのでひとまず2人に近づいていく。
「おや、あなた方は……」
「あ、父ちゃん。この人達がオレをサンドワームから助けてくれたんだ」
老悪魔がようやく俺達に気付いて顔を上げると、アルフォンスが軽く紹介してくれたのでそれに合わせて頭を下げる。
「俺はレン、こっちはルーミア・ドラゴノイドです。ちょっと砂漠で遭難してたら、たまたま襲われてる息子さんと遭遇しまして」
「おお、それは……! ありがとうございます。儂はここで村長をしておる、カルバート・ネイルと申します。見ての通り、貧しい村で大したもてなしも出来ませんが、商隊の巡回はやって来ます。必要でしたら、同行させて貰えるよう儂から頼んでみますので、それまでゆっくりしていってください」
「おおっ、ありがとうございます、助かります!」
商隊というのは、ウルヴァルンや魔王城を始めとする、巨大なオアシスを持った魔大陸の都市を拠点に、小規模な村々を巡りながら別の都市と物資のやり取りをする商人の集団を指す言葉だ。
都市同士の交易品は魔石を始め、それぞれの特産品が主となるのだが、その存在は都市よりも、村にとって特に大きなものとなっている。
商隊は砂漠に点在している村で食料などを補充しながら都市を目指すのだが、その時代わりに村に魔物に対抗するための武具、香辛料や医薬品など、砂漠の中にあっては自力で手に入れられないような品々を提供する。
商隊にとっては、交易の際にかさばる上保存状態にも気を配らなければならない食料や水の量を減らすことができ、村にとっては自力では入手できない、しかし生活に必須となる品々を得ることができる。まさに、持ちつ持たれつの関係を築いているのだ。
ともあれ、そうした商隊がやってくるのであれば是非もない。近くの街まで連れて行ってもらって、今度こそまともな地図と羅針盤を得てウルヴァルンを目指したいところ。その仲介をしてくれるというのであれば、俺としてももう少しサービスしなければという気にもなる。
「ところで、さっきのアルフォンスとの話を聞くに、水に困ってるんですか?」
「ええ、お恥ずかしながら……」
話を聞くと、どうもここ数年は雨期が少なかったため、その影響でこの村の井戸が枯れてしまったらしい。そのため、近くにある小規模なオアシスに足を運んで水を汲むようになったのだが、そこは魔物が多く出没するので危険極まりなく、これまでも何度も村人が襲われていたという。
「なら、俺が新しい井戸を作ってあげますよ、仲介してもらうお礼に」
「な、なんと!? 作れるのですか!?」
提案するや否や、飛び出そうなくらい目をひん剥きながら、鼻息も荒く目先10㎝もないような距離まで迫ってきた。
近い、近いよ!
「か、カルバートさん、落ち着いて……」
「おお、す、すみませぬ、年甲斐もなくつい興奮してしまい……」
ようやく正気に戻ったカルバートさんが離れると、俺も緊張を解いて思わず抜きそうになっていた万華剣から手を離す。
別に嫌っているわけではないが、さりとて好きでもない老人に密着されて喜べるわけもなく、危うく少々過激な手段に出るところだった。危ない危ない。
「そ、それで井戸というのは……」
「ああ、はい。まぁ、作れたらの話ですけど。けど、出来なくても俺達が滞在してる間は水に不自由させませんからご安心を」
少し曖昧な返答になってしまったからか、カルバートさんは半信半疑と言った様子だ。
もっとも、これは俺自身初めての試みな上、井戸自体この村の真下に水脈が通っていなければ作れないのだから確証が持てない以上仕方ない。
「さて、それでどの辺なら井戸作っても大丈夫ですか?」
「作れるのでしたらどこであっても……」
場所によっては埋めてある何かにぶつかってよくないかと思ったが、そうでもないようなので早速始めるとしますか。
「レン、レン、何するの?」
くいくいっと服の裾を引っ張りながら、ルーミアが尋ねてくる。ひとまずその頭を撫でながら、にっと笑みを浮かべる。
「人助けだよ」
気合を入れるためになんとなくパンッと手を合わせ、地面に手を置く。
さて井戸を作るとなった場合、穴を掘ること自体は創造魔法のお陰で全く苦にならない。しかし、適当に掘ったからと言って井戸になるなら、この村の人達も誰一人苦労しなかっただろう。
というわけで、まずは水脈の位置を正確に掴まなければならないわけだが……ここで目を付けたのは、創造魔法の発動プロセスだ。創造魔法は、まず作り変えたいものに自分の魔力を流し込み、その魔力で以て対象を操作することで魔法とする。この時、対象となる物質によって、魔力の浸透しやすさに差があり、それが消費魔力量の差となって現れる。
ならば、魔力を無作為に放出・浸透させ、その時に生じる抵抗の差を感じとることでレーダーの代わりになるのではないか――
「(まずは砂。そのまま奥へ奥へ……ちょっと硬い、これは、岩、か? まだ、もうちょっと範囲を広げて……)」
魔力がじっくりと広がり、これまで幾度となく繰り返してきた創造魔法の感覚と照らし合わせ、そこにある物が何かを想像する。
これが、いくつもの積層が連なる普通の土壌だったなら、初めてやることだっただけにもっと分かりにくかったのかもしれないが、幸いにしてここは砂漠。一面が砂と岩石に覆われた不毛の地。
森の中で一本の木を見つけるのは難しくとも、草原に生えた一本の木であれば目立つように、この大地にあってそこにたった一筋流れる恵みは、今の俺にでもハッキリと掴めた。
「……見つけた」
そのまま、それを引っ張り上げるように、地上へと続く“道”を造る。
「《創造》!!」
全力で腕を振り上げ、それに合わせるように地面から大量の水が噴出する。
近くにあった家を、一軒吹き飛ばしながら。
「あっ……」
呆然とそれを見上げる俺や悪魔の親子に対し、純粋にそういう見世物だと思ったらしいルーミアの歓声だけが、噴水のように沸き上がった水を祝福していた。
「いやほんと、すいませんでした」
夜の帳が砂漠を覆い、辺りが闇に閉ざされる時間。すっかり気温が落ちて寒くなってしまったが、村はそれを吹き飛ばすほどの活気で満ちていた。
ちょうど俺が水脈を見つけ水を噴出させた時に、狩りのために村を離れていた者達が帰還し、それを見て驚くと共に徐々にルーミアと同じように歓声を上げ始めたのが始まりだ。
あちこちから集めた枯れ木等でキャンプファイヤーの如く火を起こし、獲って来た魔物であれよあれよのどんちゃん騒ぎ。俺にとっては新しい試みではあるもののひと手間で済んだ井戸掘りだったが、やはりこの村にとっては生死を分けるほどの重要事項だったのだろう、先ほどから口々に村の魔人達からお礼を言われていた。
しかし、それはそれ、これはこれ。今はカルバートさんの前に正座し、吹き飛ばした家について謝罪している。
「気にしないでください、幸いにも吹き飛んだのは儂の家。中には誰もいませんでしたし、こうして更に立派に建て替えてくれたのです。お礼を言うことはあれど、非難することなどありえませんぞ」
「お心遣い感謝します……」
吹き飛ばしたままにするわけにもいかなかったので、周りの家の製法を教わった上でより立派に作り変えたし、中にあった家財道具等も分かる限り再生した。そのおかげか、カルバートさんも笑いながら許してくれた。
ほんと、次からはもう少し気を付けよう……
「しかしレン殿、先ほどの井戸といい、家といい、素晴らしい創造魔法ですな。あれほどの精度と改変規模は儂も初めて見ましたぞ」
「そ、そうですか?」
改変規模についてはエミリアの力が関わっているので威張れたものじゃないが、精度については俺自身の力だ。褒められるとなんとも照れくさい。
「ええ、儂等も含め、魔人はどうしても創造魔法に適正がある者は少ないのですが、人族は皆あれほどのことが出来るのですかな?」
「どうでしょう? まぁ、俺みたいな若輩者にも出来るわけですし、コーレリアの王都なんかには、もっとすごい人はいると思いますが」
俺は孤児院と、コルタリカの街しか行ったことがない。ミラ先生は褒めてくれたし、シア姉が言うにはコルタリカにいる職人の誰より高い精度で作れていたらしいけど、こう言ってはなんだが、さすがにコルタリカの技術が人の世で高いレベルにあるとも思えないし。探せば俺より上の創造魔法使いなんて掃いて捨てるほどいるんじゃないだろうか。たぶん。
「なるほど、アルメリアは豊かな土地だと聞いていましたが、レン殿ほどの魔法使いがたくさんいるということなら納得ですわい。儂等ももっと魔法が使えればのぉ……」
苦渋を滲ませる言葉に、俺は首を傾げる。
この村に来てからずっと感じていたことではあるのだが、ちょうどいい機会だし聞いてみるとするか。
「この村……魔法使える人がいないんですか?」
正確には、全くいないわけではない。先ほど火を起こす時にも着火魔法は使っていたし、魔物の肉を運ぶ時にも身体強化魔法を使っている人はいた。だが、そんな初級レベルの魔法でさえ、見ている限り同じ人しかやっていない。半数近くが、何の魔法も使っていないのだ。これでは、孤児院のみんなのほうがよほど魔法を使いこなしている。
魔力量と魔法の適正や練度はイコールではないということは知っていたが、それでもやはり、魔人は人よりも魔法が使いこなせるものだと思っていただけに、この村の在り様は俺にはかなり奇異なものに映ったのだ。
「魔法が使えるような……力のある者は皆“国”へと向かうのが当然ですじゃ。このような村に残るのは、魔法の才がなく“国”では仕事にありつけない者ばかりなのです」
まぁ、中には生まれ育った村を見捨てたくないという酔狂な者もいますが。と、どこか寂しげに言う姿は、年老いた身体と相まって殊更哀愁を漂わせていた。
「けど、こんな砂漠のただ中で誰も魔法が使えないんじゃ、魔物に襲われた時どうするんです?」
「何人かいる、魔法が扱える者が倒すことになっております。もっとも、それでは対処できない場合も多いのですがの。そういった時は、儂ら悪魔族が囮となり、皆が逃げる時間を稼ぐのです」
「っ、それは……」
「なに、悪魔族は不滅。問題はないですぞ。……もっとも、悪魔族とて死に過ぎれば儂のようになってしまうのですが、の……」
悪魔族は不滅だが、その肉体はただ生きる上では不老不死でも、戦闘になれば怪我もするし滅びることもある。ただ、もしそうなってもある程度の期間を経て霧散した肉体が再び一つとなり蘇ることができる。死んでから甦るまでのスパンはまちまちだが、少なくとも1週間以上はかかると言う。
死んでも、1週間程度すれば生き返る。それだけ聞くとかなりチート臭いが、代償が全くないわけではない。それが、魔力量の減少だ。1度や2度の死であれば、長い年月を生きる悪魔にとってさしたる差はないのだが、それが5回、10回と積み重なっていくとどうなるか。その答えが、目の前にいる老悪魔ということらしい。
「儂は死に過ぎました。今や、人族ともさして変わらぬ魔力量しか残っておりませぬ。魔法に利用することすらもできないこの魔力ですが、この村の者を守るにはこれも必要な力でしょうぞ」
そう告げるカルバートさんの視線の先には、炎を囲い、思い思いに肉を頬張る村人たちの姿があった。
悪魔はもちろん、亜人や獣人、身長5メートル近い巨人族に、逆に成人しても1メートルに満たない小人族。他にも様々な種族の弱者達が身を寄せ合い、辛うじて立っているような村。
しかし、そんな彼らの目にも、絶望はない。今を生き、これから先もここで生き抜こうという、確かな意志が感じられた。
「それに、この村での生活も悪いことばかりではないですぞ。最近など、村を出た息子達から手紙が来ましてな」
「へえ、息子さんからですか?」
興味を示すと、待ってましたとばかりにカルバートさんの目が光る。そこには、先ほどの悲壮な覚悟を湛えた瞳はなく、ただ自慢の息子を自慢したいというどこにでもいる父親の顔があった。
「はい、上の息子などは夜空宮殿の貴族に仕えておりましてな、病に倒れて一線を引いた主に代わり、儂らのような小さな村を支援する仕組みを作ろうとしておるようで」
「へぇ~、親孝行な息子さんですね」
カルバートさんには詳しい仕組みは分からなかったそうだが、それがあれば村の安全は飛躍的に増し、そのことが引いては夜空宮殿のためにもなるんだと言う。
「真ん中の息子も、どこで何をしているのかは分かりませんが、魔王様のお役に立って儂らに便宜を図って貰うのだと、そう言ってくれておるのです」
「へぇ~」
思わぬところで魔王の名が出て、少々驚く。
あいつに仕えてる悪魔というと、ディバインかな? でも、あいつのフルネームはディバイン・ゲートだった気がするから違うか。となると、まさかとは思うが……
「……ちなみに、魔王様の復活に人間の子供が必要って噂は聞いたことあります?」
「ふむ? すみませぬ、儂らは世情には疎いのですが、そのような噂があるのですかな?」
今初めて聞いたと言った風に、カルバートさんは首を傾げる。あまり腹の探り合いは得意ではないが、嘘を言っているような感じはしないな。
「ええ、まぁ。それで、アルメリアから人を攫って魔王様へ献上しようって企んでる悪魔がいるみたいで、俺はそいつを探してるんです」
「……まさか、息子を疑っておられるので?」
スッとカルバートさんの目が細められ、俺は慌てて手をパタパタと振って否定する。
「い、いえいえっ、そういうわけでなく。ただ、魔王城でもその犯人を追っているらしくて、息子さんから何か手がかりみたいなのを聞いていたら助かるなーと思っただけで……」
俺の言葉に一応納得はしてくれたのか、カルバートさんから放たれていた無言の圧力が緩む。
ゴルドさんほどではないが、年老いた風貌からは想像も付かないほどの威圧感だった。これ、全盛期は結構強かったんじゃないだろうか……
「息子……ギルは、心優しい子です。いかなる種族も差別せず、常に儂ら家族を気遣ってくれる。自慢の息子ですじゃ。そのような輩について知っておれば、息子もきっと協力してくれるはずです」
「へえ……」
優しげに細められた目には、息子に対する絶対の信頼が見て取れた。直接会ったことはないが、きっと本当に良い人……いや、良い悪魔なのだろう。
「そうそう、兄ちゃん達はすげーんだぜ! 滅茶苦茶強くて、頭良くて、優しくて! 国の他の連中とは違うんだ!」
そんなことを考えていると、後ろからアルフォンスが手に骨付きの肉の塊を持って会話に割り込んできた。
よほど鼻持ちならないことがあったのか、その表情にはありありと怒りの感情が見て取れる。
「これ、アル。よさんか」
「なんでだよ、父ちゃんだって……!」
「レン殿の前じゃぞ、控えんか」
「うぐ……」
あまり聞かせたくない話題なのか、カルバートさんのひと睨みでアルフォンスは押し黙る。
無理に首を突っ込むのも気が引けるので俺も黙って見ていたが、そのせいで場になんとも言えない空気が漂ってしまった。
「レン、レンー! お肉いっぱいだよ、ルーミアと一緒に食べよ!」
そんな空気を破ったのは、アルフォンスと同じ大きな骨肉を両手に持ってやってきたルーミアだった。空気を読まないその無邪気さに今は感謝しつつ、頭を撫でる。
「ああ、そうだな。カルバートさん、そろそろいいですか?」
「おお、構いませんとも。長々と話し込んでしまい申し訳ない」
「いえ、貴重なお話ありがとうございました」
ルーミアを伴いカルバートさんの家から出ると、そこにはやはりと言うべきか、村人達が待ち構えていた。
「レンさん、お話は終わりましたか!」
「こっちにもまだ肉はありますよ、一緒に食べましょう!」
俺はこの村に来てまだ1日と経っていないというのに、既に扱いは単なる客人の域を超えてかなり受け入れられている。この村の気風とも言えなくもないが、つまりはどれだけ明るく振る舞っていようと、井戸一つでこれだけ持ち上げられるほどにこの村の現状が差し迫っているということでもある。
「ガイアさん」
「む?」
どのみち、ここへ商隊がやってくるのは数日後だ。それまでの食い扶持は魔物を狩って集めなければならないし、ケビンが作った万華剣を見て思いついた“試したいこと”もある。ただの客人であったならこんな提案は警戒されてしまったかもしれないが、これだけ受け入れられている今なら、テスターとして手伝って貰えるかもしれない。
だから、俺はこの思いつきを伝えるべく、村で用心棒兼食料調達を行っている“戦士”の人達のリーダーである、狼頭の獣人、ガイアさんに話しかけた。
「新しい武器、欲しくないですか?」
にやっと笑いながら、俺は武器の概要を説明する。それを聞いて、ガイアさんもまた面白そうだとばかりに口から犬歯を覗かせ、了承の意を示してくれた。
「……まぁそんなわけで、ちょっとこの村でお世話になることになった」
「ほうほう、まぁ遭難しっぱなしにならずに済んでよかったの。はっはっは」
「誰のせいだ誰の」
結局夜を徹して行われている宴会だったが、当然のように早々におねむになったルーミアを寝かしつけるために、俺は早めに抜けていた。
部屋自体は、カルバートさんの息子さんが寝ていた場所――を、俺が作り直した部屋――を割り当てられていたが、思った通り砂漠の夜でもそれほど寒くなかったので快適に過ごすことが出来そうだ。
ともあれ、そうして一息ついたところで、こうして夜の定期報告をエミリアにしているわけだが……相変わらず、なんとも軽い。
「それで、レイラ達の様子はどうなんだ?」
「概ね元気じゃよ。レイラなどはお前の居場所が分かったと言った途端今しがたそこまで飛んで行こうとしたくらいにはの」
「おい、ちゃんと止めてくれたんだよな!?」
「心配するな、あやつの前世は魔大陸すら行き来するアルヴァコンドルじゃ、魔物にも捕まることはあるまいよ」
「そういう問題じゃねえ!」
「やれやれ、心配性なやつじゃのぉ。まぁ、言われるまでもなく母上が止めたそうじゃが」
「だったら最初からそう言えよ!!」
いつものことだが、エミリアと話すのは疲れる。あいつ自身俺をからかって遊んでいるような節があるだけになお性質が悪い。
「それで、村で武器を造るんじゃったか?」
「ん? ああ、まぁ実験がてらな。商隊が来るまで暇だし、素材を現地調達しつつボチボチやってくよ」
上手く行くと決まったわけではないし、難航するようならさっさと見切りをつけて村を出るつもりではあるが、この村の現状を考えると期待させるだけさせておいて、ダメだったからさようならと言うのも気が引ける。せめて、多少なり力になれる物を完成させたいところだ。
「そうか……まぁ、ほどほどにの」
「あぁ、分かってるよ」
俺は、この村に永住するつもりはサラサラない。あまり肩入れし過ぎても、お互いに困るだけだ。
だからこそ、作るものの素材は現地調達にするつもりだし、村人の誰にも作れないような複雑な代物にするつもりもない。
「とりあえず、この話はケビンにも伝えておいてくれよ。何かいいこと閃くかもしれないし」
「うむ、そうしておこう」
最後にそれだけ伝えると、通信を終える。
予定では、商隊が来るまで一週間ほど。短いが、基礎的な理論は全て魔王城で培っている。やってやれないこともないだろう。
「ま、今日はもう寝るか……」
しかしそれも、明日から。ダメならダメでまた考えよう。
未だ騒がしい外の様子に苦笑しつつ、それとは対照的に静かな寝息を立てるルーミアをいつものように湯たんぽ代わりにしながら、俺も眠りについた。
「しかし、本当に作れるのか?」
翌朝、早起きした俺は、ガイアさんを伴い昨夜言った武器制作のため少し村から離れたところへ来ていた。作るだけなら村の中でもどこでもいいのだが、すぐに試すなら外のほうがいいという理由だ。
もっとも、やはり外は日差しが強くて暑いという理由ですぐに田舎の駅のホームのような日除けの屋根とベンチを造ることになったが。
「俺の実験を兼ねてるので絶対とは言えませんが、理屈の上では出来ないことはないはずです」
そういうわけで、まずは足元に無限に等しく存在する砂を使い、創造魔法で完全石製の板を作る。
勿論それだけでは武器としての性能なぞ望むべくもなく、精々がやたら嵩張る割に脆い鈍器にしかならないが、真に重要なのはこれからだ。
指先に魔力を纏い、板の上をなぞっていく。なぞった傍から創造魔法が発動し、指の軌跡に沿って彫刻刀で削ったような切り込みが生まれ、徐々に俺の頭の中にある図形を描き出していく。
「よし、試作品1号完成っと」
出来上がったのは、刻印魔法に使われる幾何学模様。そう、俺が作ろうとしていた武器は、刻印魔法を使った魔法武器。適正を無視して、魔力さえあれば誰でも同じ魔法が放てるという、人が作った刻印魔法と似て非なる武器だ。
「よいしょっ」
その板を抱え、砂丘に向けて構える。同時に、俺の魔力を注ぎ込んでいく。
若干の抵抗を覚えながら板を介して刻印へと流れ込んだ魔力は、その記述に従い魔法を発現。虚空に雷を産み出し、閃光となってまっすぐに砂丘へと突き刺さった。
「おお……!」
事前に説明していたが、やはり半信半疑だったのだろう。ガイアさんが驚きに目を見開いている。
本来の刻印魔法は、魔力量の少ない人間が魔人に対抗するため、魔鉱石内の魔力を使って大規模魔法を行使するために作られたもので、生活用品として使われる魔石製の刻印魔法はその副産物と言える。
結果として、“刻印魔法は魔石がなければ使えない”という先入観が根付いてしまっていたわけだが、ケビンやディバインが作った万華剣は魔石を使ってこそすれ、魔石内の魔力は使用していない。むしろ、過剰な魔力で魔石が融解しないように、魔石内に魔力を溜め込ませないよう別の刻印さえ刻まれている。
これが意味するところは、つまり刻印魔法は魔力を通す物質であれば魔石製の物でなくても発動させることができるということだ。そして創造魔法の例にある通り、この世界にある物質は魔力を溜め込む性質を持つ物は少なくとも、魔力を通すだけなら理論上はほぼ全ての物質が当てはまる。
だからこそ、こうして石の板に刻んでも発動したわけだが……
「うーん……ガイアさんもちょっと試し撃ちして貰っていいですか?」
「あ、ああ」
未だ驚きも冷めやらぬと言った様子のガイアさんは、俺から試作品の板を受け取ると、同じように恐る恐る砂丘へ向けて構える。
まるで壊れ物を扱うような慎重な手付きで魔力が流し込まれていき、やがて刻印が光り輝く。そして、俺と同じように雷が迸り、砂丘の一角を吹き飛ばした。
「おお……! オレにも攻撃魔法が扱えるとは……!」
ガイアさんは狼の獣人で、身体能力こそ高いが魔法はあまり得意ではないらしい。ゆえに、刻印魔法によるものとはいえ、初めて扱った攻撃魔法に興奮も冷めやらぬと言った様子だ。
しかし、そんなガイアさんを見て、やはりダメだと確信を抱く。
「ガイアさん、感動してるところ悪いですけど、消費魔力のほうはどうですか?」
「む? ……確かに少々、いやかなり大きいな」
念のため確認すると、予想通りの答えが返ってきた。
魔石と違い、ただの岩だと魔力に対する抵抗が大きく、刻印魔法を発動するだけの魔力を通すのに必要以上の消耗を強いられてしまうようだ。一発撃っただけなのに、ガイアさんは既に肩で息をしている。
簡単に出来ると思ったが、これはもう少し考えなければならない。
「だが、オレ達の村でこれだけの攻撃魔法を扱える者はいない。オレはともかく、他の村人には魔法が使えずとも魔力量の大きな者は何人かいる。そういった者達にとってこれは強力な武器になるだろう」
「んー、それはそうですけどね」
人が、足りない魔力を補うために魔石を作ったように、魔人もまた足りない適正を補うために豊富な魔力でもって力づくに刻印魔法を用いる。間違ってはいないし、消費魔力量が増えるのは最初から予想出来ていたことではあるが、思った以上に消耗が大きいのは個人的に納得がいかない。
「もう少し改良しましょう、手伝ってもらえますか?」
「ああ、勿論だ」
こうして俺は今しばらくの間、再び刻印魔法について研究することになった。




