第七話 誰がモブで、誰が主役か
「美月~、伊織~、ランチしよ~」
昼休み、紗奈が大きめの弁当袋と水筒を持ってやってきた。
「は? なんで?」
つい言ってしまった。多分これは、口に出したらダメ系だ。
「理由いる? いいじゃん、別に」
紗奈は、勝手に俺の机を五百城の机にくっつけた。
五百城は、にこやかにそれを眺めていた。
「え? 西宮さん、また来たの? じゃ、わたしも一緒していい?」
葛西がそう言いながら、自分の机を動かしだした。
「多い方がいいじゃん。松田くんもどう?」
紗奈が松田も誘った。なぜ松田も入れんねや?
クラスの男子選抜メンバーの集まりから、松田が顔を出した。
「え? いいの? やりぃ」
いや、お前、さっきからこっち見てたやん。
松田は弁当を手に持ち、こちらにやってきた。
強制ランチタイム――二回目だ。
「あー、俺、パン買ってくるわ」
鞄から財布を取り出そうとしたとき、その手を紗奈に止められた。
「今日は、伊織の分も弁当持ってきた」
紗奈が机の上に、二人分の弁当を開いた。
「え? 西宮さん、これ手作り?」
葛西が目を輝かせて聞いた。お前はゴシップでできてんのか?
「紗奈でいーよ。伊織のこと話したら、ママが作ってくれた」
俺の頭の中で、中学の記憶が少しだけ動いた。
西宮の家の台所。麦茶の入ったコップ。夏休みの昼飯。なぜか俺の分まで出てくる素麺。
「……ありがとう」
そう言うしかなかった。
「伊織のことって? 大西くんってなんかあるの? 変人なのはそのせい?」
葛西が、悪気のない顔で聞いてきた。
だが、俺は知っている。
こいつ、悪気は――たぶん、ある。
「なにもない。俺は、いたって平屋や」
「平屋? あ、平坦ってこと?」
葛西が小さく鼻で笑った。
やめろ。ボケた側が恥ずかしい。
紗奈は、少しだけ目を伏せて、弁当袋から割り箸を取り出した。
「うちのママ、伊織のこと、いまだに気にするから」
「いまだにって?」
葛西が聞く。聞くな。これ以上掘るな。
紗奈が答える前に、俺は、受け取った割り箸の袋を破った。
「俺が、パンばっかり食ってるからやろな」
「変なパン好きだもんね」
「醤油餅パンは、革命の一品やろ」
松田が、横から入ってきた。
「あー、わかる。でも、ドリンクと合わないんだよな」
「スポドリやからやろ?」
「スポドリは裏切らない。あれは、半世紀続く青春の味だ」
「……なんかさ、松田くんにまで大西くんの変人が移ってない?」
葛西の一言で、笑いが起きた。空気が戻った。
五百城はずっと静かだった。心なしか、口角が上がっているようにも見えた。
なぜかは分からない。分かろうとも思わない。
紗奈と葛西が話しまくり、松田が時々突っ込んで、俺と五百城は黙って飯を食う。
そう、この何も起きない時間が大事だ。
俺は、ちらりと五百城を見た。五百城が俺の視線に気づいた。にこりと微笑み、視線をみんなに移した。
「それでさ……」
葛西が、食べ終わった弁当箱をしまいながら、こちらへ少し身を乗り出した。
心臓が一回だけ跳ねた。
「昨日、大西くんと五百城さん、手つないでたって、ほんと?」
最後の唐揚げが、箸の先で止まった。
紗奈も止まった。
五百城は、少しだけまばたきをした。
松田は、ペットボトルに口を付けた。
遠くでは誰かの笑い声が聞こえ、扉の向こうでは、男子が走っているのが見えた。
「それは嘘やな」
俺は言った。
「いや、早い。否定が早い」
葛西が言った。
「え? なに? そうなん?」
松田が、ペットボトルを持ったまま左右に揺れた。
お前は、イケメン枠だろう。そのダンスはやめや。
「剣道部の人が――」
葛西がそう続けようとしたとき、五百城が言葉をかぶせた。
「ううん。違うよ。部活始まる前に、先生に頼まれてた用事思い出して……。視聴覚室がわからなくて、連れてってもらっただけ」
「でもさ、手をつなぐっておかしくね?」
松田がダンスを止めて、真顔で聞いていた。これは怒ってるのか?
「私、歩くの遅いから」
紗奈が「あ」の口をした。
「伊織、せっかちだもんね。わたしもよく引っ張られてた。道着だから余計に目立ったんじゃない?」
「なんだ、そういうことか」
松田の眉間のしわが、伸びた。分かりやすく伸びた。
「五百城さ、今度迷ったら俺に聞いてよ。大西より詳しいし」
「うん。ありがとう」
松田は五百城の返答に、満足げな笑顔を見せた。
だが、次の瞬間、松田の視線が時計に飛んだ。
「やべ! 今日、昼ミーティングだった!」
焦る松田に対して、葛西はほんわかと聞いた。
「なんの? 今から?」
「部活! 今日スタメン発表! とりあえず謝ってくる!」
松田は、食べ終わった弁当箱を持ったまま、教室を走って出ていった。
聞いてるだけでも俊足と分かる足音が、廊下の壁に反射した。
「美月、剣道やってたの?」
静けさを割るように、紗奈が聞いた。
「中学校の時だけ。だから二年半だけだけど」
五百城が答える。
「伊織は、小学校からずっとだよね?」
なんで、紗奈が言うねん?
「え? 大西くんって、そんなに剣道歴あるの? 意外なんだけど」
葛西が、突っ込んできた。
「歴だけはもう一〇年。だが、スタメンに入ったことはない」
「威張ることじゃなくない?」
「威張ってへん。事実や。モブは主役に勝てへん」
紗奈がため息を吐いた。
「なんでいつもそうやって、モブモブモブモブ……」
昼休み終わりのチャイムが鳴った。紗奈の口が止まった。
「あ、もう行かないと。じゃーね、美月、伊織。茉莉花ちゃんもありがとう」
紗奈が走って戻っていった。
このランチタイムの間、五百城とほとんど会話してなかったことに、この時になってようやく気づいた。




