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一人で勝つ



 夜風が吹く。屋上には誰もいない。


 レイブンは杖を握り締めたまま、黙って空を見上げていた。


 雲一つない夜空。


 星だけが静かに瞬いている。


「......」


 脳裏に浮かぶのは今日の出来事だった。


 賢者ウィルト。


 勇者パーティの魔法使いであり、魔法クラス全員で挑み、それでも届かなかった男。


 その男が彼に向けて放った言葉、


 ――一人だったからだ。


「くだらない」


 レイブンは吐き捨てる。


「俺は間違っていない」


 そうだ。


 間違っていない。


 強くなればいい。


 誰よりも強くなればいい。


 それだけの話だ。


 杖を構える。


「ファイアアロー」


 炎の矢が放たれる。夜空へ一直線に飛び、炸裂した。


 だが。


「......違う」


 レイブンは眉をひそめた。


 威力も速度もある。


 だが、何かが違う。


 入学試験の時のような冴えがない。


 もう一度。


「ウィンドランス」


 風の槍。


 鋭く放たれたそれは夜空を切り裂く。


 しかし。


「違う......!」


 レイブンは苛立ちを隠せなかった。


 僅かに、本当に僅かに魔法が乱れている。


 原因は分かっていた。ウィルトの言葉だ。


 一人だったからだ。


 その言葉が頭から離れない。


「くそっ!」


 レイブンは再び杖を振る。


「アクアバレット!」


 水弾が放たれる。


 だがその瞬間。


 風魔法と僅かに干渉した。


 水弾が逸れる。


 レイブンの肩を掠めた。


「っ!」


 制服が裂ける。


 赤い血が滲む。

 だがレイブンは気にしない。

 それ以上に腹が立った。

 魔法が自分を傷つけた。

 そんなことは今まで一度もなかった。


「......何をやっているのかな」


 低い声が背後から聞こえ、レイブンが振り返る。


 屋上の扉の前。


 ウィルトが立っていた。


「......」


 レイブンは何も言わない。


 ウィルトも近づいては来ない。


 数秒の沈黙。


 先に口を開いたのはウィルトだった。


「随分と余裕がないな」


「......別に」


「そうか」


 ウィルトは興味なさそうに返す。


 その態度が癪に障る。


「何しに来た」


「夜風に当たりたくなった」


「なら帰れ」


「嫌だ」


「......」


 レイブンは舌打ちする。


 相手にするだけ無駄だったと言わんばかりに再び杖を構える。


「ファイアアロー」


 炎。


「アクアバレット」


 水。


「ウィンドランス」


 風。


 三つの魔法が次々に放たれる。


普通の魔法使いなら一つでも難しい。だがレイブンにとっては当たり前だった。


 しかし。


「焦っているな」


 ウィルトが呟く。


「黙れ」


「図星か」


「黙れと言った」


 レイブンは振り向く。


 睨み付ける。


 だがウィルトは平然としていた。


「一つ聞こう」


「聞く気はない」


「なぜ三属性を使う」


 レイブンの眉が動く。


「強いからだ」


「違う」


「何が違う」


「強いから使うのではない」


 ウィルトは静かに言う。


「お前は三属性を使えるから使っているだけだ」


「......それの何が悪い」


「悪くはない」


 ウィルトは頷く。


「だが、それでは強くなれない」


 レイブンの表情が険しくなる。


「俺より強い奴が偉そうに語るな」


「そうか」


 ウィルトはあっさり頷いた。


「なら私を超えてみろ」


「できるものならな」


 その一言だった。


 レイブンの中で何かが切れる。


「舐めるな!」


 魔力が爆発する。


 炎。


 風。


 水。


 三つの属性が同時に展開された。


「ファイアアロー!」


 炎。


「アクアバレット!」


 水。


「ウィンドランス!」


 風。


 三方向から襲い掛かる。


 だが。


 ウィルトは動かなかった。


 ただ杖を軽く振る。


 瞬間。


 三つの魔法が同時に霧散した。


「......な」


 何をされたか分からない。


 魔法そのものが消えた。


「魔力制御」


 ウィルトが言う。


「それだけだ」


「ふざけるな......!」


「ふざけているのはお前だ」


 初めてだった。


 ウィルトの声が少しだけ鋭くなる。


「レイブン」


 名前を呼ばれる。


「お前は何と戦っている」


「......」


「私か?」


「違う」


「勇者か?」


「違う」


「魔王か?」


「違う」


 ウィルトはレイブンを見据える。


 その目は何もかも見透かしているようだった。


「お前は、自分自身に負けている」


 レイブンの拳が震える。


「黙れ」


「認めろ」


「黙れ!!」


 魔力が暴走する。


 炎が揺らぐ。


 風が荒れる。


 水が砕ける。


 制御が乱れる。


 そして。


 轟音。


 爆発。


 レイブン自身が吹き飛んだ。


 背中から地面へ叩き付けられる。


「がっ......!」


 痛み。


 制服が裂ける。


 腕から血が流れる。


 息が苦しい。


 だがそれ以上に。


 悔しかった。


 自分の魔法で傷ついた。


 そんな事実が許せなかった。


 ウィルトは近づいてこない。


 助けもしない。


 ただ見ている。


「......くそ」


 レイブンは歯を食いしばる。


「くそ......」


 立ち上がろうとする。


 だが足が震える。


 悔しい。


 腹が立つ。


 情けない。


 そして。


 怖かった。


 もし本当にウィルトの言う通りなら。


 もし本当に自分が間違っているなら。


 今まで積み上げてきたものは何だったのか。


「......なんでだ」


 誰に向けた言葉でもなかった。


「なんで......」


 答えは返ってこない。


 夜風だけが吹く。


 そしてウィルトは踵を返した。


「一つだけ教えてやる」


 レイブンが顔を上げる。


 ウィルトは振り返らない。


「強い者ほど、自分の弱さから目を逸らす」


 そう言い残し。


 賢者は去っていった。


 屋上にはレイブンだけが残る。


 拳を握る。


 血が滲む。


 それでも離さない。


 夜空を見上げる。


 星は変わらず輝いていた。


 だがその夜。


 レイブンは初めて。


 自分の足元を見失っていた。

文章迷走中

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