入学
ウグイスの声が辺りに満ちる中、1人の少年、アルディオ・オーウェンは1つの墓石の前で手を合わせていた。
火をつけた線香の煙が立ち上る中、アルディオは静かに目を閉じ、手を合わせ続けていた。
やがて、墓石に視線を合わせ、
「行ってくる」
「今から君たち60人と私一人で戦おう」
場面は変わり、勇者育成学園に入学した計60名が集まる大ホールで、エドガー・フレッドはそう言い放った。
あまりにも唐突かつ大胆な発言に、新入生たちは困惑の渦に飲み込まれる。
「いくら世界を救った勇者だからって......」
「1人vs60人って......現役退いたおじいさんだろ....。物理的に勝てないだろ.....?」
そう状況を飲み込めていない声が聞こえているのか聞こえていないのか、エドガーは次なる爆弾を放り投げた。
「私に傷一つでもつけられれば私が叶えられること何でもしてあげよう」
それは困惑を気概に変えるには十分だった。そこかしこから武器を構える音がホールに鳴り響く。
「上等じゃねぇか......!いくら元最強の勇者だからって60人いりゃ傷一つどころか腕1本持ってってやらぁ!」
大剣を構えた生徒が叫ぶ。その熱意が周りの生徒にも伝染したかのようにどんどんと声が上がっていく。
しかし、その熱狂を前にしてもエドガーの表情は変わらず穏やかなままだった。
「ははっ、結構だ。それくらいの威勢がないと面白くない。いつでもかかっておいで」
それは開戦の合図だった。
大剣を握った生徒が力強い踏み込みでエドガーへと肉迫する。振りかざした大剣はエドガーの脳天を確かに捉えた。
____________かのように見えた。
その強く重い一撃はエドガーの片手によって簡単に受け止められていた。
「な......に......?」
渾身の一撃を叩き込めたと思っていた生徒の頭は、目の前の状況を処理しきれていなかった。
他の生徒もその出来事を必死に咀嚼しているのも束の間。
エドガーはその大剣を捻り、その生徒のバランスを崩す。
「ぐっ......!?」
無理やり腕ごと捻られた生徒は痛みに苦悶の表情を浮かべる。
しかし、彼とて入学した60人に選ばれたエリート。反撃を試みようとした次の瞬間、彼の視界は反転した。
「なっ....!?」
掴んだ剣を利用し、エドガーは生徒に背負い投げを決める。
ドゴォォォォォン!!!!
あれほどの大剣を握っていた生徒は、その一撃で意識を失った。残されたのは目の前の状況を理解しきれない生徒、涼しげな表情のエドガー、そして痙攣を繰り返し転がった生徒のみだった。
「それで終わりかな?君たちが積み重ねてきたものはこの程度だったのかな?」
沈みかけていた生徒たちのプライドを無理やり呼び起こすには、十分な一言だった。
「う.....おおおおお!!!」
1人の生徒を皮切りに他の生徒たちもエドガーに向かって突撃していく。
「戦士クラスは前衛に!!魔法クラスは後方!!僧侶クラスは2つのクラスのサポートをするんだ!!」
誰かの指示を元に生徒たちはそれぞれの位置に散らばっていく。
即席とはいえ実力者達による連携。しかし、エドガーはその猛攻を軽く受け流していた。
「おおおおお!!くそっ!当たらない!!」
僧侶のバフを受けた屈強な戦士の一撃ですらエドガーには届いていなかった。
魔法クラスの生徒、アルディオ・オーウェンは戦士達によるカオスな状況を見極めていた。
(今なら......届くか......?いや、やるしかない......!)
杖を持った少年が魔力を溜める。杖の先端に風属性の技が溜まっていく。
「ウィンドランス!!!」
風の力を帯びた鋭利な魔力が、エドガーに向かって解き放たれた。そこら辺の雑魚魔物を倒す分には十分すぎる火力。ましてや人間相手なら致命傷をおわせられるものだった。
____________しかし
「いい風魔法だね。......分かった、本物の風魔法を見せてあげよう」
そう言うとエドガーは人差し指を向かってくる魔法に向ける。その先端に、ウィンドランスよりもはるかに強力で、濃密な魔法が濃縮されていく。
「なんだ......?あの魔力量は......」
誰が言ったかも分からない畏怖に満ちた声は、風に吸い込まれていった。
「これが、私が使っていた魔法だ」
「ウィンド」
静かにその名前が囁かれた瞬間、ウィンドは放たれた。
「嘘だろ......!?ただのウィンドが......ウィンドランス以上の......!?」
自分の放った中級魔法以上の初級魔法を目の当たりに、彼は一歩後ずさった。
が、時は待ってくれない。
彼が放ったウィンドランス、そしてエドガーが放ったウィンドが衝突する。
ドォォォォォォン!!!!
ウィンドはウィンドランスを一瞬で吹き飛ばした。が、それでは終わらなかった。その衝突を経て尚威力を保ったウィンドはその先へと突き進んでいた。
「ウィンドランスが......負けた......?」
威力を殺しきれなかったウィンド、それはウィンドランスとぶつかった際のエネルギーで、衝撃波を生み出した。
「おいおい......余波だけでこれだけの......!?」
その声はエドガーが放った魔法が生み出した衝撃波により、生徒と共に飲み込まれた。
「があああああああ!!!!」
やがて、衝撃による煙が晴れた。あれほどの選りすぐりの生徒たちは、もう誰一人として立っていない。
エドガーはローブに着いたホコリを払い、生徒たちに向けて言い放った。
「君たちの目標は私を超えること」
そう言い放ち、エドガーは去っていく。その背中を見ながら、アルディオは足首につけたミサンガに触れる。
彼の脳裏には一人の少女の顔が浮かんでいた。その時間は止まっている。
あの日も届かなかった。そして、今日も届かない。
「俺は......」
震える手でミサンガを握る。
「俺は......あんたを超える」




