表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたに捨てられた夜から、私の本当の人生が始まりました  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/40

第18話

 雨は夜中から降り始めた。


 最初は細い雨だった。宿の屋根を叩く音を聞きながら、エリナは翌日の視察先の資料を確認して眠りについた。


 朝になっても、雨は止まなかった。


 それどころか強くなっていた。宿の主人が青い顔で「上流で増水しているという話が来ました」と言いに来た。街道の一部が水没し始めているらしい。


 アレクはすぐに地図を広げ、フィンと護衛を呼んだ。エリナも加わって、現状の確認が始まった。


「王都と北部を結ぶ主要補給路が、この区間で寸断される可能性がある」


 アレクが地図の一点を指した。エリナも同じ場所を見た。川沿いを通る低地の区間だ。水量が増せば道が水に沈む。そうなれば、この先の三つの村への物資輸送が止まる。


 外の雨が、また強くなった。


「越冬前の備蓄輸送が今月中にある予定だった」


 フィンが渋い顔で言った。


「この雨がいつまで続くか次第ですが、最悪一週間は通れなくなるかもしれません」


 孤立した村への備蓄が間に合わない。冬の前に、それは深刻な問題だった。


 エリナは地図を見ながら、頭の中で何かを探していた。



 昨夏の市場で聞いた話が、記憶の奥から浮かんできた。


 あのとき野菜の露店の老人が言っていたこと。そして、先日この北部への道中で別の商人から聞いた話。もう一つは、視察一日目の村の若者が何気なく話していたこと——。


「少し、確認させてください」


 エリナは手帳を開いた。メモを繰り、地図と照合した。


「この村の東側に、林道があります。荷馬車が通れるかどうかは確認が必要ですが、もともと木材の搬出に使われていた道で、川から離れているので水没のリスクは低い」


 全員がエリナを見た。


「それが一案です。もう一つ、王都からではなく、北東の町から迂回して物資を調達する方法があります。あの町には穀物の集積所があると聞きました。距離は遠くなりますが、主要補給路を使わなくて済む」


「三案あると言おうとしているのか」


 アレクが静かに聞いた。


「はい。三案目は、孤立の可能性が高い村に先に人を送り、今ある備蓄の棚卸しをしてもらうことです。実際に不足が深刻なのがどの品目かを把握してから、優先して届けるものを絞る。全部を同時に動かすより、損失が少ない」


 エリナは一息ついた。


「どれが最善かは、私には判断できません。現地の状況や人手の問題もあるので。ただ、選択肢としてはこの三つが考えられます」


 部屋の中がしばらく静かだった。


 雨の音だけが続いていた。



 アレクはエリナを見ていた。


 何秒かの沈黙の後、アレクは地図に視線を戻した。


「林道の確認を今すぐ。北東の集積所への連絡は、護衛を使者として出す。村への先遣は、フィン、お前が行け」


 次々と指示が出た。フィンが頷いて立ち上がり、護衛が動いた。宿の主人も何事かを頼まれて走っていった。


 十分もしないうちに、それぞれが動き始めた。


 エリナは地図の前に残り、各案の手順を細かく書き出した。誰がどこへ行き、何を確認し、何時までに結果を戻すか。アレクがそれを横から確認しながら、必要なところを書き加えた。


 二人で机に向かって書類を作るのは、執務室でいつもしていることと同じだった。ただ今日は部屋が狭く、窓の外の雨音が大きく、どこかぴりっとした緊張感があった。



 その日の夕方、三つの案はそれぞれ動き出した。


 林道は荷馬車が通れることが確認された。北東の集積所からは、二日以内に物資を出せるという返事が来た。フィンから先遣の報告も入り、備蓄の実態が把握できた。


 一番深刻な村への優先輸送が決まった。


 夜、宿の食堂でアレクとエリナが二人になる時間があった。フィンはまだ村にいた。護衛は別の席にいた。


 アレクが湯気の立つ茶を飲みながら、ぽつりと言った。


「あなたがいなければ、対応が二日は遅れていた」


 感情のない声だったが、それがかえって言葉の重みを感じさせた。


 エリナは少し考えてから、素直に答えた。


「嬉しいです」


 アレクが少し目を上げた。


「市場での話や、道中で聞いたことが、今日役に立ちました。あのときはただ聞いていただけで、まさかこういう形で使えるとは思っていなかったけれど」


「偶然ではないだろう」


「そうかもしれません。でも、自分では気づいていませんでした」


 エリナは窓の外の雨を見た。まだ降り続けていたが、昼よりは少し弱くなっていた。


「聞き集めることが好きなのかもしれません。人の話を聞いて、それをどこかに繋げることが」


「それはお前の才能だ」


 短く、はっきりと言った。


 エリナは少し黙った。才能、という言葉をこの人から聞いたのは初めてだった。補佐として使える、という評価ではなく、才能、という言葉。


「ありがとうございます」


 今度は間を置かずに言えた。


 アレクは何も言わなかった。ただ茶を一口飲んで、窓の外を見た。


 雨の音が、少し遠くなった気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ