第11話『プレーオフの刻、来たれり』
空には満月。まるで古の鞠が夜空に浮かぶようだった。
Wリーグ最終節、久留米FCレイヴンズは、4位をかけた直接対決を制し、ギリギリ6位でプレーオフ進出を決めた。開幕当初、最下位だったチームの快進撃に、メディアも「黒鴉の奇跡」と報じる。
ロッカールーム。皆が喜びの声をあげる中、花村いとは静かに立ち上がる。
「我ら、今宵より挑み人なり――」
その一言で、熱狂は静寂へと変わる。いとの言葉には、何かが宿っていた。平安より伝わる、鞠の理。誰もがその声に背筋を伸ばした。
対戦相手は3位の名古屋スコーピオンズ。荒削りながら、鋭利な刃のようなチーム。ロングボール一閃、そこから電光石火のカウンターに繋げる、極端な戦術。
試合前のミーティング。監督が分析を話し終えたあと、いとはすっと前に出た。
「かの軍勢、攻め急ぎて崩れ多し。間合いを“無”とせよ。気配にて先を読むなり」
「また始まったぞ、鞠の和歌……」とすずが笑うが、志摩舞子は深く頷く。
「間合いを“無”に……つまり、構えず、読まず、ただそこにいる」
「そうじゃ。間を制する者は、時を制する」
試合開始。
立ち上がりは名古屋のペースだった。サイドから一気にロングボールが放られ、エースのスピードがレイヴンズの最終ラインを切り裂く。
「まずいッ!」
だがその瞬間、桐生ほのかの一喝が響く。
「ライン、揃えろ! 右下がれ、舞子、絞れ!」
いとの教えを受けて以来、ほのかの声はピッチを操る指揮棒に変わっていた。その声を受け、舞子が鋭く間合いを詰め、相手のパスの出所を断ち切る。
「させない!」
小野寺すずがスライディングでサイドを止め、こぼれ球を舞子が拾い、即座にいとへ。
いとのトラップは柔らかく、風に触れるようにボールを足元に置いた。
「……時なり」
ドリブルで中央に進みながら、背後を走る澪の気配を捉える。
「左裏へ行け」
声に迷いなく、スルーパスが芝を裂いた。
澪が駆け込み、左足一閃――ゴール右隅を揺らす。
「いけぇぇぇえ!」とすずの歓声。1-0。レイヴンズ先制。
それでも、名古屋は攻撃を止めない。ロングボール、カウンター、波状攻撃。だがそのたび、ラインが揃い、声が飛び、誰かが足を出す。
後半30分。名古屋の猛攻が続く中、いとはふと空を仰いだ。
「月冴ゆる夜に、風は下より吹くものぞ」
その“詠み”が聞こえた舞子は、ボール奪取の瞬間、縦ではなく、横へパスを出す。いとが走り、ワンタッチで澪へ。
追加点こそ生まれなかったが、リズムは完全に久留米のもの。
そして試合終了の笛。
1-0。久留米FCレイヴンズ、プレーオフ準決勝進出。
「勝ったぁぁぁあ!」
桐生ほのかが吠え、すずが芝に寝転び、舞子は深く一礼する。
いとは中央で立ち尽くしていた。藤の紐が揺れている。
――鞠よ、我を導け。いざ、決勝へ。
次なる相手は――2位・横浜アクアティカ。
いとが静かに口を開いた。
「勝つぞ。我らが“理”を示す、戦の刻なり」




