最終話「天使にラブソングを」
花火が終わって帰宅ラッシュも終わって、すっかりいつも通りとなったエルフの国。
時刻PM11:50。
とある3人が異世界へ行き、すっかり静かになったこの国に。
「おや、みんな戻ってきたようだね!」
「あらあら、火星はどうだった……」
"もぎゃああああああ!!"
馬鹿な奴の、馬鹿な叫びが木霊した。
「どうしたんだ!? いったい何があったんだい?」
出迎えた前髪さん一家が驚愕している。
叫びの主はこの俺、超絶美少女にして元火星の歌姫、アリエル・オルグレンである。
どうか理由は聞かないで欲しい……
「あのねあのね、実はエリちゃん"本当のロックを教えてやる!"とかいったのにね……」
ああああああああ!!
やめろ! 言うな!
「負けたっす、得票率45%対55%くらいで」
ごめんなさい、マジで勘弁してください……
「"本当のロックを教えてやる!"って言ってたっす」
うわあああああああああ!!
もう許して! もう許してくださいお願いします!!
「……ごめん、説明が足りなくてよくわからないんだけど」
「あのねあのね、エリちゃんなんやかんやで火星の"きょくちょーさん"と歌で勝負することになったんだけど、大見得切ったのになんかネタにもならない微妙な差で負けちゃったんだよ!」
明言化しないでください……どうかお願いします……
「そんで、アクエさんと"また会おう!"って言い合ってさよならしたんすよ」
「……? ごめんなさい、何を言っているか全然頭に入ってこないのだけど……」
クリスとルチアさんが前髪さんに説明をしているが、相変わらず下手くそこの上ないので情報が伝わっていないようだ。
どうやらこの場においても、俺が頑張らないといけないらしい。
あんな事の説明などしたくないが、前髪さん一家に何も話さないままにするわけにはいかないし……
しかたないので俺が、火星で起こったいきさつを。
恥ずかしい大見得をきって、ラジオ局にいった後の話までを。
前髪さん一家に順を追って伝えることにする。
「えーっと、まず火星にいって最初に、あの妹さんの両親のことを聞いたのね?」
そんで会う会わないで悩んでるうちに局長さんがやってきた。
局長さんと歌で勝負し、普通に負けて、結局あの両親とも会うことなくこっちに帰ってきました。以上。
「……それって結局、問題なんにも解決してないって事なんじゃないの!?」
前髪さんがごもっともな指摘をする。
まったくその通りである。
アクエさんの両親は結局、俺の歌をラジオで聞いた後息を引き取ってしまったそうで。
何することなくそのまま帰る事に。
俺達がこちらに帰る際には"無理をさせてすまなかった、ありがとう、兄さん"等ともアクエさんに言われてしまった。
あえて"兄さん"と呼んだのか、そうでないのかは分からない。
局長さんはラジオの勝負の後、"こんな結果じゃ誰も満足しませんわ! もう一回! もう一回、今度は貴女の歌をもっと洗練させて、今度はきっちり白黒つけなきゃ駄目ですわ! こんな中途半端ではなく!"と憤慨。
いつか再戦する事を約束させられてしまった。
局長がガブリエルたり得るか、な問題はそのままだ。
ルチアさんの問題にいたっては、結局これっぽっちも触れなかった。
結局、俺が一つ歌を歌った所で、何か変わる事など無かった。
その通りだ。面目ない……
「ふーむ、なるほど、"何も変わらなかった"か」
「……本当にそうなのかしらね?」
俺の言葉に前髪さんの両親が反応する。
何一つ問題が解決してないのに、一体何を言っているのか。
「君はクリス君の視野の広さを確認した、と言ったんだろう?」
「同時に、貴女の視野の狭さも」
「なら、もう少し視野を広く持ってみるべきじゃないかな」
……一体何を言いたいのか?
「そもそも君、いったい何をすれば"解決"なのか、終了なのか、具体目標を決めたかい?」
……そういえば、その通り、どこまでやれば事態が円満な終了とするか、などは考えてもいなかった。
ルチアさんの反抗期。
アクエさんの両親の問題。
局長さんのガブリエル問題。
そして俺の胸のモヤモヤ。
どれも、どうすれば決着がつくのか、どこまでが問題か。
何一つ、見当もつかない。
行き当たりばっかりで、ただ目の前にあるモノに釣られて衝動的に動いていただけだ。
「その問題、どれも"家族"や"自分"のあり方の問題でしょう?」
たしかに、共通項が多いものだが。
「"終わり"なんてあるわけないじゃないか」
……!
「はい、これこれこうで解決しました! だからこれでこの話はおしまい! なんて、最初からできるわけがないんだ」
「どんなに頑張っても"無かった事"になんてできないのだから、いつまでもそこに有るものだもの」
言われて見れば……
「君が何も変わらなかったと言ったのは、あくまで状況だけの話だろう? ヒトの心の内面までは、変わったかどうか、考慮の外だろう?」
「その内面が、良い方向に向かうためのキッカケ作りは、間違い無くできてると思うわよ?」
……。
「……だから、貴女がするべきことは一つよ」
「パンツを脱ぎなさい」
…………!?
あれ? 途中までまじめな話だったのに!?
「自分のを脱ぐのが嫌なら、私のを脱がせてもいいわよ?」
「ママ!? そこまではする必要ないだろう!?」
「あらあら娘の友達のためだもの、一肌脱いじゃうわよ?」
「うわ、本当に脱ぎ始めてる!? そういう意味でいったんじゃないんだけど!? 比喩表現! 比喩表現だから!」
パンツを脱ぐ、の一体どこに比喩できるモノがあるのか!?
……いや、前に一度、そういう事を、"俺"が誰かさんに言ったか。
あの時も、似たような、心の問題の話だったか。
自己嫌悪の前髪さんに、同じようなことを言ったっけ。
"気にすんな"と、友人としての好意の意味で。
「取り繕ったもの全部脱ぎ去って、もう一度見て見なさい? 貴女の友人を、家族をね? きっと、貴女がいたから、貴女が頑張ったから、いい方向に変わったことがあるはずよ?」
「カッコいいこといってる所悪いんだけどねママ、あの、見えちゃってる……」
「さあ! 私に構わず行きなさい!」
「ママの裸なんて無視できるわけないだろう!?」
なにやらズレたことを言っているバカップルがいるが、もうそれは眼中になかった。
もう一度、クリスやルチアさんと話をしたかった。
すぐ隣にいるはずの、友人達と話がしたかった。
したかったのだが……
「あ、アリエルちゃん、栗毛さんなんだけど、なんか思うところがあって"家に帰る"そうよ? 赤毛さんが途中まで送っていくって」
すでにこの場にはいなかった。
「"家族に終わりなんてない"だっけ? 貴女とパパがそんな感じの話をしてたの聞いたらすっ飛んでいったわよ? 火星でなにか、心変わりするようなものを見たのかしらねー?」
心変わりするような何か。
アクエさんの両親の死か、それとも俺とアクエさんの……いや、そこはどうでもいいか。物事がいい方向にすすんだのなら。
それよりまずは、二人を追わなければ。
「そうだ、いいものあげるわ、赤毛さんの位置情報端末よ」
なんでそんな物を!?
「今そういうの気にしなくてもいいんじゃない? 時間、無いでしょう?」
むぅ……仕方ない、後できっちり問い詰めるからな!
「ええ! その時は火星の話、ちゃんと聞かせてね! レイチェルちゃんも呼ぶから!」
手のひらサイズの機械を渡されて、"また"会うことを今日も約束して。
俺は前髪さんの家を後にした。
時刻はPM11:55。
残り時間は後5分。
まだ、間に合うはず。
エルフの国の首都、東の高級住宅街を後にして、学校のある中央通りへと差し掛かる。
クリスはこの道にいる。
俺とクリスが捨てられていた、小さな森があるこの通りを。
通りの角を曲がって、森が見える大通りに差し掛かったところで二人が見えた。
こちらを見つけたであろう二人が、大きく手を振っていた。
少しづつ距離が近くなる二人の姿を見て、俺は改めて決意した。
過去を無かった事にできないのだから。
今を無かったことにしたくないのだから。
俺が今やるべきことは、ハナビを見ないだとか、一緒にいる資格を得るだとか、そういうのじゃなくて。
「エリちゃん、どうしたの?」
「なんでそんな走って追いかけてきたんすか? 電話すればいいじゃないっすか?」
直接伝えるべきだったのだ。
ただ一言の言葉を。
今まで俺が言われてこなかった、あの言葉を。
この世界に来て初めて知った、あの言葉を。
クリス、ルチアさん。
大好きだ。
「エリちゃん、今更何を当たり前の事を?」
「ウチらもミシェルさんも、レイチェルさんも、同じこと思ってるっすよ?」
友人達の言葉と共に、街にPM12:00の鐘が響いた。
意地っ張りな誰かさんの時計の針が、今日この日。
ようやく一つ進んだ。
「エルフの国へようこそ」はこれにて終了です。
1年間、このような駄作にお付合いいただきありがとうございました。




