プロローグ3
その光景をみた瞬間の俺は自分が天国に行ったのかと錯覚してしまっていた。
目の前に広がる光景はあまりにも美しくこの世のものではないと思ったからだ。
金色に光る果実がいくつも実っているあまりにも大きな木、それは黄金の果実のなる木だった。
金色の果実はあまりにも実りすぎて自然と地面にも落ちているものもあるようで下から上のどこに目を向けても金色に光る光景に目を奪われ続けていた。
黄金の果実はどうやって実がなるのか全くわかっていなかった。どこかの国は実のなる草を刈って研究を行ったらしいがその成果は全くなくてただ単に黄金の果実を得る機会を失っただけだった。そのために黄金の果実は神が与えてくれる果物として宗教によってはその果物の形をしたシンボルを掲げているところもあった。
俺はこの光景を前にして長い間止まっていた。時計がないため正確にはわからないが一時間は動けてないとそんな気がした。そしてこの光景を前にして動き出した俺がとった行動は目の前の実を食べることだった。これだけ実がなっていて地面にもこれだけ落ちているのだから誰も踏み入れたことのないというのは一目瞭然だ。その場所にたどり着いた俺がどうしようと誰もわかるはずがないのだから貴重な実を食べようが俺の自由だ。そう言い聞かせながら果実にかぶりつく。その味は表現できるようなものではなく、神が与えてくれているものだという考えは間違いではないのかと無信教の俺でも思うほどに美味かった。
1つの実を食べ終わったとき美味さに至福を感じると同時に体の異変も感じていた。黄金の果実の効果であるレベルアップとステータスアップだ。レベルアップとステータスアップは別物でレベルアップでステータスが上がるのはもちろんだがそれとは別にステータスがさらに上がる。この素晴らしさに恐怖さえ感じた。
一 もしここになっている実をすべて食べたら 一
そう思って次の実を食べようと思ったが黄金の果実の効果なのかお腹が一杯で受け付けなかった。ここになっている実を食べられないのはもったいないと思った俺はある決意をする。
一 ここで食べられる実を食べ尽くすまで外に出るのはよそう 一
そう決意した俺はここで1年間を過ごすこととなった。黄金の果実は1個食べるとお腹一杯になるが1日3回は食べることができた。この世界では1年は10ヶ月、1ヶ月は30日なので300日間1日3回黄金の果実を食べていることになる。木になっている実はそれだけの数はなかったのだがどうしてそれだけの数を食べられ続けたかというと地面に落ちている実も食べたからだ。落ちているものもちゃんと効果があるのは体の変化で実感していた。
俺が落ちてきたときのレベルは3で素質は5だったが単純に考えて900個の実を食べたのだからレベルは5で素質は905になっているはずだ。最高レベルに達してからは素質をあげるだけで現在のレベルはあげられないと聞いていたからだ。しかし、気がつくとスキルをいくつか習得しておりその中の〈観察〉というスキルを自分に使うと自分のレベル、パラメーター、スキルをみることができた。
現在のレベル:312
最高レベル:905
攻撃力:31565
防御力:29412
魔力:29653
魔法抵抗力:30006
素早さ:28009
スキル:経験値アップ、観察、虚偽、自由走行、隠密、連続切り、高速切り、集団切り、火魔法レベル2、水魔法レベル2、風魔法レベル2、土魔法レベル2、聖魔法レベル2、闇魔法レベル2
観察が使える時点でおかしいと思ったがやはり現在のレベルが上がっていた。恐らくだが黄金の果実を食べることで経験値が入ったのだと思われる。ステータスも訳がわからなかった。勇者と呼ばれる人がレベル120を越えてやっと10000を越えるステータスが出てくるのに、30000を越えるステータスがある時点で俺は自分が化け物になったのではないかと思ってしまう。黄金の果実によるステータスアップがこんなことになるとは想像できなかった。
この結果を考えたら外の世界は一年たっているがそれでもこのステータスを越える人間がいるとは考えにくい。恐らくだが俺は世界最強の人間になってしまったのだろう。そう思った。しかし、スキルをみたところやはり俺は凡人なのだと実感できた。魔法をそれぞれ覚えているが魔法の最高レベルは5で魔法レベル3を越えるには才能がいると言われている。つまり素質がないやつでもレベルが上がれば2レベルにはなるのだ。そして俺の魔法は全てが2レベルなのだから1つも3レベルに到達してない時点で才能がないのは一目瞭然だった。
戦士系のスキルも明らかに少なすぎる、こんなの勇者の素質があれば恐らくだが70レベルくらいで全て覚えられるはずだ。
戦士の素質も魔法使いの素質もないのだから俺は凡人なのだと、しかしパラメーターをみれば最強なのだと、つまり最強の凡人なのだと理解した。
俺がこうやって自分の事を観察しているのには訳がある、それは遂に黄金の果実がなくなってしまったからだった。最初にみたあの幻想的な光景はなくなり、目の前に広がるのはただ大きな木がたっているだけなのだった。
黄金の果実がなくなった以上俺はここにいる必要はなくなってしまった。だからここから出ようと思うのだがもともと出る方法なんてわからなかった。落ちてきた穴は塞がっており、木がたっている空間はとてつもなく広く、木のてっぺんくらいの高さのところに横穴があいているのは見えていたがどうやってそこに行けばいいのか方法がわからなかった。
だからこそ方法が見つかるまで黄金の果実を食べているしか生きる方法はなかったのだ。しかし、観察を使ったお陰で出る方法があることがわかった。スキル〈自由走行〉だ。このスキルは自分の脚力が持つかぎり壁だろうが水の上だろうがどこでも走れるスキルなのだ。つまり横穴の空いているとこまでこれで壁を走りそのまま横穴を伝って出るだけなのだ。ちなみに、横穴から出られるのはスキル〈観察〉をつかってわかっていることだった。観察のスキルは能力の確認だけでなく見えない通路の先を見通したり、鍵のかかった宝箱の中を確認したりと透視に近いこともできる便利なスキルなのだ。
そうして一年ぶりに外に出た俺は最初は迷いながらも途中から一目散にとある場所へ向かった。外に出て自分がどこにいるかわからないはずだが〈観察〉のお陰なのか一度みたことある場所に出たとたん自分が進むべき方向がわかったのだ。本当に便利だこのスキル。
俺が向かった場所はもちろん自分の生まれ育った村 アマルド村だ。1年も姿を見せていなければ死んだと思われていても仕方ないが姿を見せればきっと喜んでくれるはず。そう思って俺は自分の家に向かった。その途中たまたま村の人には誰にも会わなかったが、最初に会うのは家族がよかった俺は誰にも会わないとこなどどうでもよかった。
家についた俺は明らかに異変を感じた。いつも母が掃除をしているので外観もきれいなはずなのだが、明らかに半年以上は整備されていないような雰囲気だった。家に電気はついてなく俺は鍵の空いていなかった扉をあけ家に入る。そこはどうみても空き家そのものだった。生活するためのものがなにもなかったのだ。床には埃がたまっており、掃除どころか人が通ったあとが見られなかった。外観と同じく少なくとも半年以上は住んではいないような内観だった。
俺は家を飛び出して途方もなく走った。どうしていいのかわからなかった。大好きな家族に会えると思ったのだがその家族は引っ越してしまっていたのだった。村の人に事情を聞けばよかったのかもしれないが、1年も姿を見せなかった人間が急に現れたらどう考えても不自然だ。俺は後ろめたいことがあった。黄金の果実を1人で食べ尽くしたのだ。そんなことをしたことがばれたら俺はどうなってしまうか想像できなかった。独り占めしたことによって処罰されることになればせっかくここまで生きてきた意味がなくなる。とは言えど自分は最強なのだから取り押さえられる前に倒すこともできるだろう。そんなことをするために生き長らえたわけではないのに、犯罪者になりたいわけではない。勇者になりたかっただけなのだ。
そんな風に頭のなかがごちゃごちゃになりながら途方もなく走り続け、とある出会いがあり更に1年が過ぎようとしていたのだった。