第365話僕のために争わないで?
「なんで逃げたのかな? 説明を求めてもいいわよね?」
だが……次の日のダンジョン実習中にさっそくミアさんに捕まってしまった。
朝は何とか逃げきったというのに、あっさり捕捉されてしまうとは不甲斐ない話だった。
「ええっと、逃げたわけでは……ちょっと用事がありまして」
「用事ってなに? こちらとしては最大限譲歩する用意があるわ」
「なんか……学内で雇用する前提でお話しされると、戸惑ってしまうと言いますかですね?」
「あ! ひょっとして、もうすでにレイナと雇用関係にあるってわけ? 大丈夫、私達の方が雇用条件はいいはずよ? 少なくとも今の2倍の条件は確約できるわ!」
「いやぁ……僕では力になれないかなって思いますが」
……何が大丈夫なんだろう?
ぐいぐい来るミアさんは最初からまず僕を懐に入れる作戦だったようである。
まぁそもそもなんの手伝いをさせられるかと言えば自分が負けた誰かさんのあぶり出しに強制参加となると、絶対お断りせねばならない。
「そう言うなよ、悪い話じゃないんだぜ?」
「ああ。探索者なら、絶対将来のためになる。オレらはともかく、ミアのネームバリューは一級品だ」
「そういう問題ではないので……」
だが、今にも圧に負けそうだとそう感じていた時、思わぬ助けは現れた。
僕らの間に割って入ったのは、黒髪の我らがクイーンだった。
「……あなた達。ワタヌキ君が困っているでしょう? そういう話は授業中にしない方がいいわ」
「……何かしらアナタ?」
鋭い言葉でミアさんがけん制したが、月読さんはひるまない。
「月読 カノンです。同じクラスのクラスメイトよ」
「……そう。よろしく。じゃあ用はないから引っ込んでいてくれない? 私は彼に用があるの」
「……聞こえなかったかしら? それをやめなさいと言っているの」
「は? 嫌だけど?」
バチチッ!
空気が震え、目の前で火花が散った音が聞こえた気がした。
僕をめぐって美少女二人が争っている。
僕にそんな状況を止められるわけもなく、激流に漂う木の葉みたいな気分だ。
だが僕はこの時、人生の経験値から似た状況を思い出し戦慄してしまった。
こ、これは、もしかして、モテ期ってやつでは!?
…………いや違うな。
一瞬とち狂ってしまったようだ。非常に馬鹿である。
ただ僕が流されている間にも、事態は進行していた。
「ふぅん……まぁ、アナタが彼を気にかけているのはわかったわ。でも私にも事情があるの。やめさせたかったら力尽くで黙らせてみなさいな」
「力づくで? 馬鹿なことを言わないで、校則違反じゃない」
「それ、なんか意味ある? 気に入らないことがあったら力でどうにかするのが探索者ってものでしょう?」
「……野蛮だわ」
「武器を持って化け物と戦うお仕事が、お上品な世界だとでも思ってるの? 怖いなら引っ込んでいなさい」
「……」
ピリッとその瞬間、月読さんの周囲にゆがみが起きた。
それは召喚された大気の精霊のようで、風の魔法が月読さんの周囲で渦を巻く。
「「!」」
その瞬間臨戦態勢に入る留学生達は優秀だった。
斧と、拳。
すかさず構えてミアさんの前に出たところを見ると、彼ら二人は彼女の護衛でもあるのかもしれない。
そんな二人は、現れた精霊の気配に気が付いているようだった。
「……おい、ミア。なにかやばいぞ?」
「……分かってるわ」
「……やっぱ、この学校自体に何かあるな。じゃなきゃこんなのありえない」
敵意に剣呑な殺気が混じり始めると、月読さんのパーティメンバーも黙ってはいなかった。
「そこまでだ。そっちの二人も武器はないだろう?」
「そうだな。そこまでにしてもらおうか」
剣と、槍を構えて前に出る草薙君とハバキリ君も迫力では負けていなかった。
そして今のハバキリ君の頭上には翼を広げて飛ぶ、小さなドラゴンまでいるのだから、そんな異様な光景に留学生達の目は一瞬で釘付けになった。
そしてふっと微笑み、好戦的な視線を彼らに向けたミアさんは杖を抜いて構えた。
「へぇ……なるほどね。彼を特別にアドバイザーにする必要はないってことかな? うん……ちょっとアナタ達に興味が湧いた」
「……」
なるほど?
完全に、もう僕は蚊帳の外にいるな、これは?
というか、最早僕は誰の眼中にもないか。
今まで蒔いた種が仕事をしたと言えるのかもしれないが、これでモテ期は終了だね。
僕は、こいつは都合がいいと、そっと気配を消してその場を後にすることにした。




