第124話練習をしよう
ガチャガチャガチャとボタンを押す激しい音が聞こえる。
人間離れした反射神経と、深い知識のぶつかり合い。
今そこで行われているのは、格闘という名の熱いバトルでもあり、壮絶な頭脳戦
でもある。
激しい波動を放ち、敵を釘づけにしていた男は隙を突かれて、裏に回られた。
「!!」
たった一瞬のミスは取り返しがつかず、致命的な連打は男の体をまともに打ち据えていた。
残りHPは確殺圏内。
HPゲージは、あっという間に底を叩いた。
KO
「アッーーーー!」
「……フッ。やったでござる」
「うううっ……結構やりこんで来たのに。悔しいです!」
「今その弾キャラ調整入って今一でござるよ? コンボも微妙でござるし」
「キャラが好きだからいいんです! このキャラで頑張ります!」
「そ、そうでござるか。じゃあ―――もう一戦行ってみるでござるか?」
「もちろんです! 今度こそ床を舐めて貰います!」
ああ……楽し気な声が聞こえる。僕は一瞬羨ましさが顔に出たが、慌てて表情を引きしめた。
「……桃山君こういうの強いんだよなぁ」
「違和感がすごい。……ダンジョンはもっと緊張感がある場所のはずなんだけど」
「……そうですねぇ」
「……昔はタメキャラが強かったけどなぁ。グラフィックヤバいな最近の格ゲー」
「……先生? 集中してください?」
「ああ、すまない」
僕は龍宮院先生に投げられて、地面に転がりながら無力感に打ちひしがれていた。
いったん実力が知りたいと言われ、挑んでみたわけだが結果はこの通りだ。
力が強いとかは、本気のプロを前にしてみると確かに話が違って感じる。
しかもその中でも上澄みの龍宮院先生の技術は、まるで自分の力を全部使って僕自身が投げられたみたいに鮮やかだった。
しかしこうやって投げられたからか、龍宮院先生が言うように隣の平和な風景は違和感がすごい。
カフェの中に大画面を置いて、格闘ゲームに興じているレイナさんと桃山君は絶賛テスト中だった。
だいぶんひりついてきていて何より。後で僕も混ぜてもらいたい。
人数がいる時の格闘ゲームは中々いいものだ。
ちなみに弾キャラは飛び道具が強力なキャラで、コンボが強いバランスキャラや投げ技が強い投げキャラ。タメて、待った状態から技を繰り出すタメキャラなど色々と種類があるので、自分に合ったキャラを探すのもこういうゲームの醍醐味だ。
だけどその前に、僕は龍宮院先生からいただいた道着に身を包んでリアル格闘技入門編である。
一度手合わせを終えた龍宮院先生は、一枚の藁を巻いた板を地面に突き刺してさぁ始めようと仕切り直した。
「というかだね……君に教えるのは要するに手加減だ」
「手加減ですか」
「そう。前提として、ダンジョンってところは昔からもめ事も多くてね。学校では監督役の一人もいるが……外ではそうじゃない。人間相手のもめごとに発展したら荒事になる場合もある。そんな時、今の君は……かなり危ないんじゃないかと思っているんだ」
「そうですかね? エキスポでもうまくやってませんでしたか?」
僕の自認としては、日常生活に支障はないし、対人の試合でもうまく手加減をできたんじゃないかと思っていたが、龍宮院先生は苦笑していた。
「いや、彼らを一般基準で考えてはダメだ。あの舞台に立っている時点で本来超人の上澄みなんだよ。それを触れもせずに気絶させるなんていうのは常軌を逸している。そこでだ……まずは君の上限を知ることから始めようか」
「上限。……そういえば、そういうことはしたことがなかったかもです」
「モンスター相手には思い切り戦ったことはあるんだろう?」
「それはもう。下の層ではもう思い切りぶん殴っても一撃じゃダメなんですよね。威力重視なのにショックですよ」
すぐ再生する場合もあるし、単にすぐに体勢を立て直される場合もある。
ダメージを与えられなかったことはないのがせめてもの慰めだった。
「……じゃあ適当な……いや、君が絶対壊せないと思うものをぶん殴ってみようか」
「絶対壊せないものですか?……じゃあ」
一旦考えて、僕は愛用のリュックサックを持ってきて、鉱石フロアから採ってきた鉄鉱石を用意した。
何かに使えないかと確保していたものだが、結構ため込んでいてちょっとした小山ができるくらい入っていたのには自分でもビックリだ。
僕は更にそれを錬金スキルで生成して、巨大な鋼鉄のブロックに変化させた。
「……絶対に壊せないって言ったよね? スキルで自由自在じゃないか」
「使いませんよ。パワーの話ですよね? さすがにこの鉄の塊は壊せないと思うんですよ」
少なくとも、僕のイメージでは壊せない。
流石に本気で工場で精製された鋼鉄には敵わないはずだが、それでも高純度の鋼鉄で空洞もない塊だ。
コンコンと指先で軽く叩いて、龍宮院先生もその硬さに驚いているみたいだった。
「じゃあこれを……思い切り手加減抜きで殴ってみてくれ」
「分かりました」
龍宮院先生の指示に従って、気合を入れて拳を握れば、気分はもう格闘家だった。
さてどうしよう? こんな前振りを自分でしておいて、へこませもできなかったらちょっと恥ずかしいかもしれない。
僕としてもレベルのすさまじさは理解しているから、まぁ力が弱いわけはないとは思っている。
ひょっとするとこのサイズの鉄の塊でも、横からぶん殴ったらどこかに飛んで行って危ない可能性もあった。
ならば上から地面に向かって打ち下ろせば、全力でも大丈夫かも?
「よし」
やり方は決まった。
フッフッフッ。先生は僕の力の制御がご不安の様ですが、この鐘太郎。自分の力くらい把握しているってところを見せてあげましょう。
僕は全身に力を籠める。
そして自分の全力という慣れ親しんでいるようで、中々出す機会がない未知の部分を解き放った。
「よい――――しょっ!」
そして僕はトンと高く飛び上がると、鉄のキューブめがけて思い切り拳を振り下ろした。
とたんズドン! とすさまじい音がした。
するとゲームに夢中だったメンバーが全員飛び出してきてしまった。
「何事でござる!」
「爆発ですか!? 戦争ですか!?」
「おおっと……これはすごい。いきなり模擬戦は危なかったかな?」
「……」
僕は自分の拳と、それを交互に見比べて呆然としてしまった。
粘土の塊を拳で叩いた時みたいに鉄の塊がぺっちゃんこだ。
種も仕掛けもなく、シンプルに拳が鉄拳になっていた。
いつもはここに特別製のハンマーがつくと思うと、正直威力は考えたくはない。
「うーん……これは想像以上だね」
龍宮院先生の言葉に、僕は頷いた。
「……レベルアップってすごいですね」
素直に認めよう。ビックリした。
そこは隠したらまずそうだと感想を口にすると龍宮院先生は軽く唸り。
「えっとそうだな……じゃあ次の訓練なんだが」
自分の突き刺した自前の板を見て、ちょっとだけ深く突き刺し直すと、僕の肩を叩いた。
「……とりあえず。板に藁を巻いているから。壊さないように手加減して殴る事」
「……御意」
「心配しなくても、レベルが上がりたての探索者にはよくあるんだ。戦闘のスイッチが入ると手加減ができない。私の感覚で言うと、目覚めた探索者には日常用と戦闘用のスイッチがある。こういうのは地道にやっていればなれるだろう。せっかくだから怪我をしないように正しいフォームを確認しながらね。とりあえず基本だけは教えるからやってみようか」
「……そうですね」
「一応終わったらトレーニングの器具もあげるから、君の場合は壊さないように加減してやってみなさい」
「……何からなにまで申し訳ない」
「いや。申し訳ないなんて思ってはダメだ。こういうことはどんどん聞くこと。私達のような探索者が教師をやっているのは、まさにこういうことに対応できるからなんだから」
まったくもってその通りですね。
威力を確認したからか、先生のケアが至れり尽くせりに感じた。
ちょっと我ながらバカげた威力だったから、真面目にやることに反論する気も起きない。
しかしこの特殊な状況に危機感を持ってくれたのは素直にありがたい。
せっかくなので感謝ついでにこのタイミングで僕は龍宮院先生に伝えておくべきことを伝えておくことにした。
「そう言えば先生って、もうモンスター1000匹倒し終わりましたか?」
「ああ。終わったよ。レベルアップはまだだから実感がないんだが……」
「ああ、そうですよね。レベルアップは近いうちにやるとして……モンクは上級職に派生がありますから、今からでも少し方向性を決めておいてください」
「ん? 方向性?」
聞き返す龍宮院先生に頷いて。まぁ練習をやりながらでもいいかと僕は板を叩き始めた。
「ちょうどいいんで、例えますけど……弾キャラか、溜めキャラか、投げキャラです」
「…………ちょっと待とう。そのくちぶりじゃ、モンクの上がまだあるように聞こえるんだけど……」
「そうですよ。条件を満たすと選べるようになります」
「まさかの選択制? ひょっとして切り替えたりも?」
「……ああ……折れた。……えっと、そうですね。できると思いますよ」
巻き藁が折れたと言うか、粉々になってしまった。
手加減って難しい。
板を拾い上げようとすると、龍宮院先生から肩を掴まれた。
そして彼女の目は残念ながらさっきまでのできる教師のものではなく、割と血走っていた。
「……よし。基礎練習はいったん中止して先にちゃんと教えてくれないか?」
「……さっきの自分の言葉を思い出してください?」
先生もダンジョンに魅入られた一人という事か……情報の収集に余念がない。
でも先生? 今は先に基本を教えてくださいお願いします。




