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REPORT:テラリウム・ワールド ―虫けら異世界道蟲―  作者: Hexapoda
憧れの君へ、七つ星に願う
19/53

幼き日の憧れを夢に見る

the 街。


『あ、あ、危ないよ、これツチハンミョウ! 手づかみで持ってきて大丈夫だった? これ危険な虫だからね?』


『お、良く知ってるね。あそこに飛んでるのはスミナガシだよ』


『そう、このちょっと青く光ってるの。きれいでしょ? これがルリコガシラハネカクシって言うんだ』


『これはヤマトタマムシって言うんだ。ん? 何でしょうお母さん。昔はよくいたのに最近は見ることが無くなったって?

 いやあ、意外と探せばいるものですよ。ただ大人になるとだんだん気に留めなくなりますからねぇ』


『クロハサミムシじゃないか。どこに居たんだい?』


『お、セイボ――――……』


『――……』


『……』




蟲  蟲  蟲




「……うわぁ、めっちゃ懐かしい夢見た」


 てんで見なくなって久しいのに、地球の時の夢とかいつぶりだろう。

 確か小学生とかその頃だったっけ。近所に住んでいたお兄さん、虫が好きだったらしく色々と教えてもらった覚えがある。

 伊織が初めて見るような見知らぬ虫に対しても、何の虫か聞けば大体答えが返ってきたのには、子供心に感心したものだ。


 その人はそのうち、虫捕りもやめてしまい、どこか遠くに引っ越してしまった。

 そして多分伊織が地球で死んだ頃には、その人よりも色々と知識は付いていたと思う。


 記憶は美化されるもの。別に悪くはないけど子供の憧れは厄介なもので、記憶の中のその人はいつまでも物知り博士であり続ける。

 もうどんな顔だったかとかは全然覚えてないけどね。思い出補正と言う奴だろうか。


 こんな夢を見たのも、柄にもなく外界を他人と歩いたからか。おいこらぼっちとか言うな、一匹オオカミと言え一匹オオカミと。





 ベッドから身を起こすと、シトシトと葉を伝って雨粒が落ちる音が聞こえてくる。

 雨の大部分はクエルクスの樹冠で遮られるため、街の中を出回る分には実はそこまで影響がなかったりするけれど。


「今日も雨、か」


 雨音が生活音を飲み込みいつになく静かな街の様子を、大樹の枝の上に建てられた宿の窓から眺めた。




 イオが外界でメリーとアリス、二人の少女と出会い、すったもんだの末に命からがら街にたどり着いてから一週間が経とうとしていた。

 治療院に二人を放り込んで、自分は集めていた素材やら、ちゃっかりと回収していたワンダリングファーガの破片やらを鑑定に出して宿に戻った。


 そして疲れを癒すため、宿でゴロゴロすること一週間。


 はぁ……。


「……拙者、働きたくないでござる」


 どーーーせ、こんな天気だし外に行っても大した収穫無いんだしさぁ!

 けれど手持ちの武器は折れたり潰れたり無くなったりで、新調しなければいけない。


 朝起きた時に雨が降ってると、一日のテンションが下がるんだよなぁ。

 でも、もうそろそろ手持ちの資金が怪しいのも間違いなく。


 あぁ、面倒くさい。



 降りしきる雨の中、背嚢を引っ提げて脱引きこもりを図ることにしたのだった。




蟲  蟲  蟲




 見上げれば青々と茂る葉が頭上を覆い隠す。反面見下ろせば遥か下方に大地が見える。

 展望良し、絶景哉絶景哉。地球の高層ビルなんて目じゃないほどの高さは、中々のタマヒュンものである。

 これで晴れていればもっと気分も爽快だっただろう。


 クエルクス・ツリータウン。

 イオが現在拠点としているこの街は、見ての通りツリータウン、一本の巨木からなる街である。

 根元に立って空を見上げれば、視界一面を覆う樹冠の緑。途中から張り出した枝には家が建てられ、幹にも足場が作られた上で、洞の中に住んでる人もいる。

 枝の上を人が歩き回る姿は、さながら地球で見た樹木の上を行き交う蟻のようだ。


 樹木自体にはラボラトリーの連中が開発した蠱術器の技術が用いられて、半ば恒久的な虫除けが施されている。

 ただ、それで避けられるのは中型以上の大き目の蠱獣くらいだし、小型蠱獣は割と普通に街中でも見かける。

 それに小型蠱獣の活動もツリータウン、と言うより樹木の維持には必要不可欠であるのだから、まあ仕方がない所ではあるだろう。



 イオは樹の幹近くにある昇降機に乗って下層まで移動することにした。

 翅をもつ人にとってはひとっ飛びで行ける距離も、イオにとってはどうしようもなく。落ちたら軽く死ねるわけだ。

 まあ、他にウイングレスの種族の人や、翅をもつ前の、子供――未成年も飛翔による移動は出来ないわけで、そういう人のためにこういった昇降機も一応ある。


 短い距離で何回かに分けて、いくつもの足場から足場へと乗り継いでどんどん下がっていく。

 一回で一気に降り切らないのは、ひとえに事故防止のためだ。長距離を降りてる最中に昇降機の糸が切られたら、一巻の終わりじゃん?


 そんなこんなで長い時間をかけてゆっくりと樹木を降り切って、ようやく地面に足が付く。




 クエルクスの街の麓、というか根元。

 樹冠や枝のある中層以上が居住区として扱われている一方、根元やそれに近い下層は人やモノの流通の拠点としての役割が与えられている。


 ムカデ列車の発着場から始まり、各種店舗などなど。上層に店舗が無いのは、単純に輸送の手間によるものだ。いくらこの世界の大多数の人が空を飛べるとはいえ、マンパワーでこの巨大な樹木の上まで物を運ぶのは非常に労力を要する。ならば麓で全て済ませてしまおう、という魂胆だ。



 そしてイオが向かっている目的地、彷徨者を統括している組織「蟲籠」の建物も同じ考えで下層に設けられている。

 こちらの理由としては蠱獣の素材諸々、個人で持ち運べるような小さいものや、小さい状態に分けられたものならまだしも、中型、大型種なんてものになると、充分に解体が済んでないことも多く、場合によっては持ち運ぶのも一苦労なためだ。

 体液など衛生的にもあまりよろしくないものを一般居住区へと持ち込むことへの是非、という側面もあるみたいで、そういった諸々を考慮した結果、ファガスの国においては蟲籠は下層に設置されるようになっているのだ。






――シュリリリリリリ


 軋みを上げて、木造の扉が開く。安っぽくない程度にはしっかりとした造りの扉に仕込まれた、直翅種の発音器官がこすれ合い、「蟲籠」内に人の来訪を告げる。

 流石に慣れはしたが、地球であればベルが鳴るであろう部分にこういった機構を組み込むあたり、異世界情緒甚だしい。

 ちなみに、クツワムシ系とかのやかましい音ではなく、コオロギとかに近い澄んだ音の方である辺り、まだ耳に優しくて助かっている。




 蟲籠内は程よく閑散としていた。まだ昼前だが、彷徨者をやってる奴らの活動時間なんて不規則極まりないので、いつ行ってもこんな感じだ。

 たまにものすごく少なかったり、ものすごく混んでたりするけれど、そこに規則性はない。

 おっと、一応彼ら、巡り巡って自分の擁護のために言っておくが、彼らも好き好んで不定期な活動をしているわけじゃなくて、大体蠱獣のせいである。


 蠱獣は下手な人間よりも時間に正確だ。それは時計の針がどうというものではなく、気候や温度などの環境を含めた、もっと本能的な部分によるものである。

 早朝――それこそ朝陽が昇るとかそういった時間帯しか活動しないもの、日光が強くなるため多くの蠱獣の活動が控えめになる正午付近にあえて活動するもの、夕刻に活動を始めるもの、深夜にこそ活動が活発になるもの。


 蠱獣の数だけその違いは存在して、そういった蠱獣を狩ることを考えるとそれに合わせて必然的に彷徨者の活動時間も決まってくる。


 夜行性の蠱獣とかを専門で狙う彷徨者とか、マジで夜行性になってるからなぁ、自主的夜勤かよ。

 でも成果があるとすごく満足そうに獲物狩って帰ってくるから、まあ本人が納得してるならいいんだけど。

 たまに夜に血走った眼で「くそ、今夜は風が、風が強い……」とか呟いて建物内をうろついている姿は中々ドン引きする。




 建物に入ってすぐの所にはカウンターが並び、暇そうな職員が肘をついている。いわゆる換金所と言うところだ。

 そのうちの一つにイオは近づいた。近くで見なくても完全に船を漕いで夢の世界に旅立っているのがまるわかりだ。



「うへへ、……お金、お金がいっぱいです」

「おーいピノ、起きろー。給料減るぞー」

「ほへぇ? ぷぇ?! あ、ち、ちがいますちがいます、起きてるですよ!」



 寝ぼけ眼でだらしなく口を開きながら、間の抜けた声と共に顔を上げるその少女。

 慌てて取り繕った言葉を発しながら、やおらその目の焦点が合いイオを認識した。



「ピ! ピノは寝ていないので、逆説的にオマエが居眠りしてて、ピノが寝ている夢を見ていたですね! ふてぇ野郎ですね!」

「いや、意味わからんから。アホなこと言ってないで仕事してくれない?」

「……って、なんです、スカベンジャー野郎じゃないですか! 今日も生きてやがったんですね! てっきりジメジメとしてキノコでも生やしてるかと思ってたですよ!」

「毎回毎回人のことを殺さないと気が済まないのかいアンタは」



 シャー! と両手を挙げて謎の威嚇ポーズを取る少女に、イオは残念なものを見るような哀れみの視線を投げかけるのだった。


ツリータウンのイメージは、国立科学博物館の「一本の樹に何種類の虫がいるか」の展示ですかね。あんな感じで1本の樹木に一杯人が群がって生活している様子を想像してもらえれば。はい。

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