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REPORT:テラリウム・ワールド ―虫けら異世界道蟲―  作者: Hexapoda
憧れの君へ、七つ星に願う
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共生、あるいは一方的な利害関係

さっくりと街まで。


 少し前に雑談していた話をしよう。

 外界においてユスリカ型の蠱獣は、比較的ポピュラーな蠱獣である。それは、アリスやメリーが知っていたことからもそれなりに伺えることだろう。


 割とどこでも浮遊していて、場合によっては大群で蚊柱を形成しているのを見かけることもある。

 けれど、何よりも彼らを知らしめている原因は、彼らのほとんどが持っている蠱術だろう。




 蠱術――虫の知らせ。



 これは人々の間では他人にメッセージを伝える手段として扱われている蠱術であり、その利便性から老若男女問わず広く習得している人が多い蠱術だ。

 こういった蠱獣由来の蠱術は、蟲眼玉オーブから習得するわけだが、この場合その「蟲眼玉」はユスリカ型蠱獣のものが選ばれることが多い。


 倒しやすく、かつ極力無害。その為、蟲眼玉も回収しやすい。


 上記の関係で、このような印象が強いユスリカ型の蠱獣だが、外界においてはその評価は一変する。



 『虫の知らせ』は、本来は仲間へと危機を知らせる蠱術であり、自分たちが襲われていることを近辺の仲間へと伝える手段であった。

 『自分たちが襲われている』ことを無差別に周囲へと知らせる行動。それは逆にそこに餌があることを知らしめる行動でもある。


 捕食、被捕食の関係。

 餌を求めて多様な蠱獣が集まる。そして、その集まった蠱獣を狙うものもまたいる、と言うことだ。



 ワンダリングファーガ。こいつは中型蠱獣の捕食者としては、ここクエルクスの外界において、かなりの脅威であることは疑いようもない。

けれど、それはあくまでも「中型蠱獣」としての枠組みでだ。



 彼らですら、それをも凌ぐ上位の捕食者の前では、哀れな獲物でしかなく――




蟲  蟲  蟲




 圧倒的な存在感が、世界を支配する。

 枯れ葉一枚ほどでも動けば、途端に瓦解してしまいそうなほど、張りつめた緊張感。

 動かないのか、それとも動けないのか。自分の身体が自分のものではなくなったような感覚だ。


 大きさとは、分かりやすく力に直結する。小型種より中型種、中型種よりも大型種と。

 個で考えた場合、物理的かつ単純な力の差で見れば、比べるべくもなく勝つのは大型種だ。


 この全てが静止した世界を、我がものとばかりに振舞えるのは、その主たる証だろう。

 威風堂々と、いっそ傲岸不遜なさまは、しかし彼こそに相応しい。


 ぎゅむ、と竜の頭にくわえ込まれた蠱獣が、そこから逃れようと脚をばたつかせるものの、大型蠱獣はそれをものともせず、逆に挟み込む力を強めた。

 必死の抵抗むなしく、次第に動きも鈍っていくワンダリングファーガ。



 やがて、胴部にある牙が左右に開き、そこに獲物が咥え込まれる。

 よくよく見れば竜の頭に付いている眼は、ガラス質でほとんど実用性があるわけではないようだ。


 大型蠱獣は、イオたちには欠片も興味を示さず、ワンダリングファーガを咥えたまま脚を地面へと降ろした。

 そこで、ようやく金縛りが解けたようにイオの身体が自由を取りもどす。


「ヒィッ!」


 蠱獣からすればただ歩いているだけでも、こちらにとっては死活問題だ。

 慌てて振り下ろされる大質量を必死で避けて、メリーとアリスを樹の傍まで引きずる。このままだと踏みつぶされかねない。


 ゆっくりと動き始める大型蠱獣。


「こ、この蠱獣は……?」

「あー……、多分僕らに危害は加えない、んじゃないかなぁ」


 危害は加えない、ではなく、そのような対象にすらならないくらいに僕らが矮小な存在、と言った方が良いかもしれない。

 仮に人のような小さな生き物も餌とする奴であっても、今は手元の中型種ワンダリングファーガに夢中のようだが。

 もっとも、そもそも万全であっても戦う以前の問題だろう。

 蠱獣の姿を見てかすれた声で呆然と呟くメリーに、そう返す。


 ただただ強大で、大自然に伏すかのような感覚を覚える。



「……間違いなくムカデ列車の下手人はコイツだろうなぁ」



 直感でしかないが、恐らく危険はないだろう。そう理解したイオは、少しばかりその大型種を観察する余裕が出てきた。


 種類的には蜘蛛形種になるのだろうか。

 なんとなく見えたフォルムと、遠くに見える脚の形状とか本数から推測しただけだが、どうにも自信が持てないのはあのドラゴンヘッドのせいである。

 蜘蛛形種、であるならばあのドラゴンヘッドは部位的に触肢か? いや……ないだろ、どういう進化したらそうなるんだ……?


 ある意味望み通りの状況ではあるが、まさかこんな奇怪な化け物が来るとは思わなかった。







 ワンダリングファーガに襲われた時点で、逃げ切れない可能性は考えられた。

 仮に一匹を倒しても、あの森の状況では次々と敵が寄ってきてもおかしくない。

 事実、お替りのワンダリングファーガが寄ってきたので、その予想は残念ながら間違っていなかったわけだ。

 まあ、あそこまでメリーたちが負傷するのは想定外ではあったが。



 普段よりも蠱獣の活動が活発なのは、恐らく中途半端に大型蠱獣の気配が近くにあるからだ。決まり切った区間での往復と違う、森全体を無差別に駆け回るようなその動きは、小型種や中型種を惑わせる。

 ならば、いっそのことその原因を呼び寄せてしまえば良い。



 賢いやり方ではない。邪道ともいえる手段だ。

 当然思い通りに行く保証なんてさらさらない。場合によっては、さらに危険に陥る可能性だって充分考えられるようなものだった。


 もちろん、勝算が無かったわけではない。

 ムカデ列車の残骸があった場所や、蠱獣たちの騒ぎっぷりなども考えると、上手くいけばムカデ列車を襲った大型種が釣れる・・・はず。

 その算段で博打とばかりにユスリカ型蠱獣を殴ったのだが、予想通りというか、予想以上に大物が釣れてしまったようだ。




 その大型蠱獣は、しばらくは緩慢な動作でゆっくりと歩いていたと思いきや、唐突に速度を上げ、驚くほどの速度で疾走していった。


 巨体からは想像もつかないほど器用に、木々の間へと体を滑り込ませながら、用は済んだとばかりに立ち去っていく大型蠱獣。

 また、他の餌を探しに行くのだろうか。現れた時と同じくらいあっという間にその姿は遠くなっていく。


 空間を占めていた大質量が三つも無くなり、その隙間を埋めるように一気に静寂が流れ込んできた。



 しばらくの間、呆けたように立ち尽くすイオ。

 何の気なしに振り向き、そこにあった蠱獣の死骸が無くなっているのを見て、ようやく危機を脱したことに実感が湧いてきた。


「えっと。助かった、んだろうなぁ?」


 結果的には賭けに勝ったと言っていいのか。


 この世界は容赦なく、そして残酷だ。しかし時としてその残酷さに救われる。

 何が正解で、何が失敗かなんて、全てが終わってみなければ分からないものだ。



 この世界を、一人の力で生き抜くのは厳しい。

 だからこそ、利用できるものは、たとえ大型種でも利用してみせる強かさが時に必要とされる。

 結果論でしかないが、とにかく、生き残ることは出来たのだ。



 辺りはまるで空白のように蠱獣の姿が消え、少し前まで居たはずの小型種の姿すらも伺うことは出来なかった。

 これも大型種が居たおかげだろう。余計な戦いを避けられるのは、今のイオたちにとってはありがたいことだ。

 けれど、それも一過性のものであり、徐々に元のざわめきを取り戻していくのだろう。


「助かった……の、ですか?  わぷっ!」


 半信半疑でそう口にするメリーを持ち上げる。俵を持ち運ぶ要領で肩に乗せもう片方の手でアリスを持ち上げた。

 もちろん、ようやく使えるようになった『外骨格』を使ってだ。


「ちょ、ちょっと何を!」

「いい感じに蠱獣がはけたんで進みますよー。セクハラで訴えるのは勘弁ね」


 ほんと、そこは目をつぶっていただけると。他に良い持ち運び方が思いつかなかったので。


 あちこちに散らばった荷物も可能な範囲で回収した。

 正直なところ、イオとしても倒れ込みたいくらいだが、そういうわけにはいかない。

 こんな状況ではあっても休んでいられない。

 脅威が去ってゴールじゃない。折角、綱渡りでも命を繋ぐことが出来たのだ。ならば街にたどり着いてこそようやく胸を張って生き残ったと言える。



 命の重みを両肩に感じる。

 この世界の人達は存外逞しい。何、死んでなければどうにかなるさ。





蟲  蟲  蟲





 気が付けばうっすらとしていた森の中が明るんでいる。

 夜が明け、眠っていた朝が目を覚ます。

 朝陽がいつになく輝いて見える。



 歩いて歩いて、森を歩く。

 次第に踏み圧の影響なのか下草が短くなる。

 幸いなことにそれ以降は危険な蠱獣に出会うことは無かった。



 二人を休ませながら、蠱獣を仕留め食事をとる。

 途中、薬によってある程度回復したメリーが、枝を支えにしながらも自分の脚で歩きだした。正直筋力的に限界だったので、助かった。

 太陽も天辺に差し掛かった頃、携帯食料を口に放り込みながら何度目かの休憩を取った。

 アリスはイオの背中に背負われたままで、未だに気を失っていている。


 そして昼を幾分か過ぎた頃だった。イオにとってどこか見覚えのある景色が、そこらに見えてきた。

 舗装された石畳。歩きやすく整えられた道。

 蠱獣も数を減らし、気が付けば森を抜けていた。



――クエルクス周域。



「ぁ……」



 やさしく風が吹き抜け、イオたちの髪を揺らした。



 メリーが小さく息を漏らす。その胸に安堵が広がったのかこわばっていた顔が、口元がほころぶ。

 と同時に、張りつめていた緊張が途切れたのか、ふっと倒れ込むメリーをイオが受け止めようとして、流石にアリスを背負ったままでは無理があったのか一緒に草原へと倒れ込む。


「っおうぷ! あーあー。まったく」


 気が抜けたのか……あとちょっとなんだけどね。まあ、仕方が無いか。

 それだけ、激動の数日間だったのだろうから。



 森を抜けた先。ぽっかりと、大樹海の中にできた空間のその中央に果てしなく巨大な樹木が聳え立つ。

 その周りで人があちこちに飛び交う姿が、見て取れる。



「二人とも、お疲れさま」



 遂に辿り着いたあれこそが、彼女たちの目的地にしてイオの暮らす街、クエルクス・ツリータウンだ。


空目して閃いた。完全に思いついた名前のまま考えた蠱獣。すでに誰か考えてそうだけど、その時はごめんなさい。


大型蠱獣「アシ・ダカーハ」。何がモデルかは言いませんが、つまりそんな感じのフォルムです。

触肢が発達してトタテグモ類みたいに長くなって、その先端がドラゴンヘッドになってる感じをイメージしていただければ。

ちなみに形態的に言うのであれば下顎は付節が、頭は脛節が変化したものです。つまりドラゴンヘッドはサソリの鋏と同一。


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